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第25話:『返り』

余白に置かれた意図が、

世界から“結果”として返ってくる

サンプルのトレーが、

いつもより一段手前に置かれていた。


誰が動かしたのかは分からない。

自分でもないし、

後輩に頼んだ記憶もない。


それでも、

そこにあるのが自然だった。


(……来たな)


理由のない確信が、

胸の奥に静かに沈む。


トレーの中身は、

昨日と同じ配合だ。

数値も、工程も、条件も変わっていない。


なのに、

“扱われ方”だけが違う。


手前にある、

それだけで。


画面を開く。


グラフは安定している。

規定値のまま。

ログにも変更はない。


ただ、

補助線が一本、

以前よりはっきり見える。


(意図が……

 線になり始めてる)


数値は動いていない。

だが、

読む順序が変わった。


入口。

中間。

余韻。


昨日まで曖昧だった流れが、

ほとんど説明なしで立ち上がる。


後輩が、

スプーンを二本持って近づいてくる。


「南条さん、

 これとこれ、

 どっちからいきます?」


選択肢は二つ。

だが、

迷いはなかった。


「こっちから」


指したのは、

トレーの手前。


「ですよね」


後輩は理由を聞かない。

必要がないからだ。


口に含む。


甘味が先に来る。

強くはない。

だが、

準備ができている。


そのあとで、

他の要素が

順序よく続く。


(……返ってきた)


意図が、

味として戻ってきている。


置いただけだったはずの一文が、

いつの間にか

体験の順序を決めている。


「どうです?」


「……いいな」


評価ではない。

確認に近い。


後輩は頷き、

もう一本のスプーンを差し出す。


こちらは、

昨日までの流れに近い。


悪くない。

だが、

“戻る感じ”がする。


(世界は……

 もう先を見てる)


アークの表示を見る。


「これ、

 結果……だよな」


一行。


《反映、進行》


進行。


完了ではない。

確定でもない。


だが、

意図はすでに結果へ向かって動いている。


サンプルを戻すと、

トレーの位置は変わらない。


世界が、

その位置を覚えている。


誰かが、

営業フロアから声をかけてくる。


「この方向、

 話しやすいですね」


まただ。


評価ではない。

成功でもない。


“使いやすい”。


その言葉が、

何度も重なる。


(結果は、

 数字じゃなく

 使われ方で返る)


資料を閉じる。


閉じても、

流れは消えない。


配置。

余白。

置かれた意図。


それらが、

一つの“扱い方”として

世界に残っている。


アークの表示が、

わずかに位置を変える。


余白の中央から、

少しだけ前へ。


《状態、遷移》


遷移。


固定でも、

揺れでもない。


次の規定値へ向かう途中。


(これが……

 返り、か)


何かをした実感はない。

選択した感触も薄い。


それでも、

世界は確実に

一段、前へ出ている。


窓の外を見る。


雲が、

さっきより

わずかに形を変えている。


崩れたわけではない。

流れたわけでもない。


ただ、

同じ空に戻れなくなった形 をしている。


意図は、

願いでも、

命令でもなかった。


余白に置かれ、

世界に拾われ、

結果として返ってきただけだ。


そして一度返ってきたものは、

もう

余白には戻らない。


世界は、

静かに次の並びを

準備している。


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