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第23話:『余白』

規定値の内側に、

まだ触れられていない余白が見え始める。

資料の端に、

ごくわずかな余白が生まれていた。


昨日までは、

きっちり揃っていたはずの余白だ。

数ミリにも満たない差。

紙が歪んだわけでも、

印刷がずれたわけでもない。


それでも、

その“空き”が目に残る。


(……前から、あったっけ)


配合表。

営業コメント。

保存試験のデータ。


並びは変わっていない。

順序も同じ。

規定値のまま。


なのに、

全体がわずかに“呼吸”しているように見える。


画面を立ち上げる。


グラフは安定している。

数値も変わらない。

ログにも異常はない。


それでも、

ピークとピークの間に

ほんの少しだけ“間”がある。


(詰まってない……)


悪い意味ではない。

むしろ、

詰まりが取れたような感覚。


ホログラムはすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

規定値に最適化された位置にある。

そこから一歩も動いていない。


「なあ……」


言いかけて、止める。


質問ではない。

確認でもない。


ただ、

この“余白”が

自分の気のせいではないことを

誰かと共有したかっただけだ。


一行。


《変動、未発生》


未発生。

つまり、

世界はまだ動いていない。


(じゃあ、この感じは……)


後輩が、試作室から戻ってくる。


「南条さん、

 さっきのサンプルなんですけど……」


言葉を選んでいる様子。


「なんか、

 もう一段いけそうな“余地”ありますよね」


余地。


その言葉が、

さっき見えた余白と重なる。


「そうだな」


即答だった。


理由は説明しない。

必要もない。


後輩はそれ以上踏み込まず、

軽く頷いて戻っていった。


(世界が……

 次の動きを待ってる)


選択は終わった。

規定値は固定された。


それなのに、

その規定値の“内側”に

新しい空間が生まれている。


変更ではない。

修正でもない。


余白。


アークの表示を見る。


「これ……

 規定値の中だよな」


一行。


《内部自由度、存在》


自由度。


制御されていないのではない。

許可されていないわけでもない。


最初から、含まれていた可能性。


(固定されたからこそ、

 見える余白か)


規定値は、

世界を止めたのではなかった。


揺れを一度、収束させただけだ。


その結果、

揺れていなかった部分が

ようやく輪郭を持った。


机の上のペンを、

無意識に余白の近くへ置く。


書くつもりはない。

動かすつもりもない。


ただ、

そこに“余地”があるからだ。


窓の外を見る。


雲は、

規定された形を保ったまま、

その内部でわずかに膨らんでいる。


崩れない。

流れない。


でも、

次に変わるとしたら

この“膨らみ”からだと分かる。


(世界は……

 完全には閉じない)


規定値は終点じゃない。

スタートでもない。


ただ、

次の揺れが生まれるための、

いちばん静かな状態。


選択は、

また必要になる。


でもそれは、

まだ少し先の話だ。


今はただ、

余白が生まれたことを

覚えておけばいい。


世界は、

もう一度だけ、

深呼吸をしようとしている。

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