表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/45

第22話:『既定値』

理由は残らず、

結果だけが基準になる。

資料の並びは、昨日と同じだった。


配合表が手前。

営業コメントがその横。

保存試験のデータは、少し奥。


誰かが整えた形ではない。

気づいたら、そうなっている。


(……もう、この並びが“普通”か)


違和感はない。

むしろ、落ち着く。


画面を立ち上げると、

グラフはすでに更新後の状態を示している。


立ち上がりは、わずかに前。

後段のカーブは、その変化を前提に自然に続いている。


どこにも“変更点”の印はない。

履歴を開けば分かるはずだが、

今日はそれを見る気にならなかった。


(最初から、こうだったみたいだ)


ホログラムはもう起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

中央でも端でもなく、

資料全体を俯瞰する位置にある。


「……今日、変だな」


自分に向けた言葉だった。


変なのは、

何も変じゃないことだ。


後輩が、打ち合わせ資料を抱えてやってくる。


「南条さん、

 昨日のやつなんですけど……」


一拍、言葉を探す間。


「説明しやすくなってますね」


それだけ。


理由も、評価もない。

ただ、“扱いやすい”という感触だけが置かれる。


「そう?」


「はい。

 入口の話から入れるので、

 後ろの説明が自然に流れます」


入口。

その言葉が、今日も正確に聞こえた。


(もう、共有されてる)


自分が選んだ配置は、

個人の内部に留まらなかった。


世界の“使い方”として、

すでに配布されている。


営業の担当者が、

短いメモを残していく。


「これ、

 前からこうでしたっけ?」


笑いながら言う。

冗談の調子で。


「前から……

 だったと思います」


自分の返事も、

どこか曖昧だ。


嘘をついている感覚はない。

ただ、

前と後の境界が消えている。


(履歴が、薄い)


昼前、試作サンプルの追加が届く。


同じ配合。

同じ工程。

同じ条件。


それでも、

口に含んだ瞬間の印象は

“昨日の続き”として立ち上がる。


新しさはない。

違いも小さい。


だが、

迷いがない。


(世界が、決めている)


アークの表示に視線を向ける。


「これ……

 もう戻らないよな」


確認ではない。

覚悟でもない。


ただ、

現在地の確認。


一行だけ。


《復元、不可》


短く、淡々と。


不可。

不可能ではなく、不可。


理由も説明もない。

状態として、そうなっている。


(“できない”じゃない。

 “しない”でもない。

 “もう、ない”だけだ)


世界は、

変更後の状態を

既定値として扱い始めている。


誰も疑わない。

誰も驚かない。


修正は、

修正として認識されなかった。


ただ、

“そういうもの”になった。


会議の途中、

誰かがこう言った。


「この流れ、

 最初からこの順番でしたよね?」


頷く人。

メモを取る人。


誰も、

“違った可能性”を口にしない。


(世界は……

 過去を保存しない)


保存されるのは、

今の使い方だけだ。


選択の痕跡は、

結果として残るが、

理由としては消える。


それが、

この世界のやり方。


席に戻ると、

資料の角が揃っている。


揃えた覚えはない。

だが、

揃っている方が自然だ。


ペンを置く位置も、

マウスの距離も、

すでに“更新後”に最適化されている。


(適応が、早いな)


自分ではなく、

世界の方が。


アークの表示が、

わずかに明度を落とす。


《状態、固定》


固定。

閉じた、という意味ではない。


基準になった、というだけだ。


窓の外を見る。


雲は流れている。

けれど、

どこか“最初からこの形だった”ように見える。


さっき変わったはずなのに、

変化の記憶が追いつかない。


世界は、

更新を終えたあと、

何事もなかった顔で

前に進む。


(……これが、書き換えの正体か)


力ではない。

意志でもない。


ただ、

配置が変わり、

世界がそれを採用した。


それだけのこと。


選択は終わった。

だが、

物語はまだ続く。


なぜなら、

既定値の上でも

世界はまた動くからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ