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第20話:『配置』

世界が、

選べる形に並び終えた。

机の上には、すでに三種類の資料が広がっていた。


甘味設計の配合表。

保存試験の経時データ。

営業から戻された短いコメントの束。


どれも見慣れたもののはずなのに、

今日は“並び方”だけが違って見える。


(……こう並んでたっけ)


紙の位置を変えた覚えはない。

けれど、自然と視線は

左から右へではなく、

手前から奥へと流れていく。


配合表は手前。

保存試験は少し奥。

営業コメントは、そのさらに向こう。


距離が、そのまま意味になっている。


(入口、使用感、時間……)


言葉にしなくても、

どの資料がどの層を担当しているのかが

配置だけで分かってしまう。


PCの画面には、

グラフが三つ並んで表示されている。


ピーク位置。

減衰カーブ。

ばらつき。


カーソルを動かしていないのに、

視線だけが一つのグラフに吸い寄せられる。


それは“正解”に近いからではない。

ただ、今の配置では、そこに手が届く というだけだ。


(触れたら、変わるな)


確信ではない。

予測でもない。

ただ、そういう“位置”にある。


ホログラムがすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

今日は画面の中央ではなく、

わずかに右へ寄っていた。


「……そこか」


独り言のように漏れた声は、

誰にも向いていない。


右側には、

営業コメントの中でも

一番短いメモが置かれている。


「自然な甘味」


それだけの言葉。

具体性はない。

けれど、この配置だと

それが“入口の調整”を意味しているのが分かる。


(入口を動かせば、後ろは勝手についてくる)


逆も可能だ。

保存側から詰める配置も見えている。


だが、

その位置は今、少し遠い。


遠いから悪いわけではない。

ただ、今は選ばれていない。


選んでいないのに、

選ばれていないことが分かる。


その状態自体が、

今までになかった。


「アーク、この配置……」


言いかけて、止める。


何を聞くつもりだったのか、

自分でもはっきりしない。


選択肢の確認でも、

判断の相談でもない。


ただ、

“今の並び”を共有したかっただけだ。


一行だけ、返ってくる。


《配置、安定》


安定。

動いていない、という意味ではない。


選べる状態で、止まっている。

そのことを示す言葉。


机の上の資料を、

一枚だけ、数センチずらす。


配合表が、

ほんの少し奥へ移動する。


それだけで、

視線の流れが変わった。


営業コメントが、

手前に出てくる。


(……世界、素直だな)


選んでいない。

ただ、置き直しただけ。


それなのに、

意味の重心が移動する。


誰にも指示されていない。

締切も、要望も、変わっていない。


変わったのは、

自分が立っている位置 だけだ。


「もし……」


言葉にならない仮定が浮かぶ。


もし、この配置のまま

一行だけ数値を動かしたら。


もし、入口の立ち上がりを

ほんの0.1だけ早めたら。


後ろの層が

どう反応するかが、

ほとんど見えてしまう。


(やめておこう)


判断ではない。

慎重さでもない。


ただ、

選べてしまう場所に長く立つと、

選択が雑になる ことを知っているだけだ。


後輩の足音が近づいてくる。


「南条さん、次の会議、

 この方向で話進めても大丈夫そうですか?」


方向、という言葉が

やけに正確に聞こえる。


「……まだ」


即答だった。


「配置を、もう少し見る」


後輩は不思議そうな顔をしたが、

それ以上は聞いてこなかった。


配置を見る。

それは、何もしないことではない。


選択が発生する条件を、

整えているだけ だ。


アークの表示が、

わずかに明度を変える。


《分岐、潜在》


潜在。

まだ起きていない。

だが、存在している。


机の上には、

はっきりと三つの“進め方”が並んでいる。


入口を触る配置。

時間を触る配置。

意味づけを触る配置。


どれも正しい。

どれも、選べる。


だからこそ、

今日は選ばない。


窓の外で、

雲がゆっくりと形を変えている。


流れているわけでも、

散っているわけでもない。


ただ、

どちらへでも変われる形 を保っている。


その状態が、

今日の世界とよく似ていた。


選択は、

まだ起きていない。


けれど、

もう“偶然”ではなくなっている。


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