03 言葉
病室の中にノックの音が響いた。その方向を見るとドアが開いて鷹崎さんが顔を覗かせた。中に僕以外の人がいると緊張するんだろうか、病室の中にほかの人がいないかを恐る恐る確認していた。
「こんにちは」
10秒ほどかけてようやく鷹崎さんは僕に挨拶してくれた。
「こんにちは、鷹崎さん、今日も来てくれてありがとうね」
「気にしないでちょうだい、私がやりたくてやってるんだから」
鷹崎さんは僕の隣にある椅子に腰かけて鞄の中からノートを取り出した。
「じゃあ今日も始めましょうか。今日の部分のノートはここよ」
そういって今日のノートを見せてくれた。昨日よりは若干文字が汚くなってはいるが依然としてきれいな文字でわかりやすくまとめられていた。
「やっぱり鷹崎さんのノートのまとめ方上手だよね」
「多分先の内容を知っているから、どうやってまとめればいいかがわかってるからっていうのもあると思うわ」
「そうだったんだ、だからこんなにわかりやすいんだね」
「それもそうだけど、昔はノートをきれいに書くのが好きだったのよ」
そういう鷹崎さんの顔はかすかではあるが、くもりがみえたような気がした。
気のせいならいいんだけど、そう思いながら僕は鷹崎さんのノートにもう一度目をやった。
「そういえば、昨日聞きそびれてしまったのだけれど、笠倉くんはどこからわからないところがあるのかしら」
「三角比のところからだと思う。復習しなきゃ授業についていけなかったのもそこからだから」
「わかったわ、じゃあそこから始めましょうか。まとめたものがあると理解しやすいと思うから明日からでもいいかしら」
「え、そこまでしてもらわなくてもいいよ、申し訳ないし」
「多分まとめたものがあった方が私も説明しやすいから」
「わざわざありがとう。助かるよ」
そういわれた鷹崎さんの表情は少し緩んでいた。ここ何日かの鷹崎さんの表情は前までに比べて気のせいかもしれないけど柔らかくなった気がする。僕が学校にいない間に何かあったんだろうこのままいけば鷹崎さんはクラスの人とも普通に話せるようになるかもしれない。そう考えると少しだけさみしくなってしまう。
しばらくして今日の授業の内容を終えた僕は鷹崎さんにノートを返した。
すると鷹崎さんはなにか言いたげな様子で僕の方を見てきた。
「どうしたの」
「あ、あの少しお話してもいい、かしら」
驚いた、鷹崎さんがそんなことを言うなんて思わなかった。でもこんな機会めったにないだろう。
「うん、大丈夫だよ」
「あ、ありがとう」
その声は凄く小さくて少し鷹崎さんがかわいく見えてしまった。
鷹崎さんが何を話すのかを考えているとすでに30秒ほどの沈黙が病室を支配していた。
「鷹崎さん、もしかして、なに話せばいいかわからない感じ?」
恐る恐る聞いてみると少し時間がたった後
「え、えぇ、中学になってから私の方から話しかけることなんてなかったし、そもそも友達と呼べるような人はいなかったから」
そういう鷹崎さんの顔はまた少しくもっているような気がした。まただ、昔のことを話すと鷹崎さんの顔がくもる気がする。でも今はこの空気をどうにかした方がいいかも。
「鷹崎さんって放課後とか休みの日って何してるの?」
そうすると鷹崎さんは少し悩む素振を見せた。
「そうね、基本的には勉強してるわ、でも最近は漫画を読むことが増えたと思うわ」
意外だ、鷹崎さんって漫画読むんだ。
「そうだったんだ、僕もよく漫画読むんだよね、どんな漫画読んでるの?」
「恋愛のジャンルを読むことが多いわね。この前は『初恋はまだ終わらない』を読んだわ」
「それ、最近人気だよね、僕も読んでるんだけど結構面白いよね。主人公の子が高校で再会した時に思わずいきなり告白したシーンはよかったよね」
「そうね、あのシーンは私も良かったと思うわ、感動したもの」
「でも意外だな、鷹崎さんってあんまり漫画って読むイメージなかったからこんな話ができるなんて思わなかったよ」
「私のおねえちゃんがよくこういうのを読んでいたのよ、最初は小説をよく読んでいたからあまり気乗りしなかったのだけど読み始めると案外面白くて息抜きによく読んでいるわ」
そんな鷹崎さんの目はなんだか少し遠くの何かを見ているような、何か寂しそうな顔をしていた。なぜだろう、なんだかその顔が僕には妙に綺麗に映っていた。
「でも、本を置けるような場所があまりなくて最近は漫画が多くなりすぎて若干家を圧迫しはじめているのよね。かと言って捨ててしまうのもなんだかそれはそれで勿体なく感じてしまうのよね」
「それならいっその事、電子書籍とかにしてみるのはどうそれならかさばらないし、好きな時に見れるからいいんじゃないかな」
「確かにそうかもしれないわね、漫画なら小説よりもページの進みが早いから、紙特有の残りの文量を気にしながら読むのも気になりづらいからいいかもしれないわね」
「そうだね、漫画ならではの事ながするよね、なんか小説だとどうしても残りの文量を気にしながら読むことになっちゃうから小説はさすがに紙の方が僕もいいと思うな」
「そうね、電子書籍が出てきてから紙のありがたみに気づかされたわ。でも、漫画のことについては考えてみるわ、意見をくれてありがとう、笠倉くん」
そういう鷹崎さんの顔はいつもよりおさなく、しかし、とてもかわいらしく見えた。
今日の鷹崎さんはよく表情が変わって少し子供っぽい様な感じがした。鷹崎さんと関わる前は冷たい、素っ気ないそんなようなイメージだったけど全然そんなことなくて少しびっくりしたけどそんな顔もできるのかって知れてうれしいな。
「鷹崎さん、学校で友達とかって作ったりしないの?最近話してて、鷹崎さんなら友達なんてすぐに作れそうだけど」
長い間沈黙が流れた。しかし、先ほどのような軽い沈黙ではなく重い重い空気が病室中に流れているのが肌から否応なしに伝わってきた。
この沈黙を破ったのは院内で内科の先生を呼び出す放送だった。
ガタッと、少し大きな音を立てた
「ごめんなさい、今日は帰らせてもらうわね。」
その一言だけ言って鷹崎さんは病室を出て行ってしまった。
分かっていた。謝るべきだったんだ。でも、動けなかった。重い空気に。そんなことを考えながら僕は深い後悔に包まれた。
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