2.5 ♢鷹崎杏凛
心臓の鼓動が煩い。
こんなにも早くなっているのがはっきりと感じ取れるのはいつぶりだろうか。一昨日からずっとそうだ。病室から出て帰路に就いた杏凛は電車に乗って家に帰っていた。用事なんてものはない。まるっきり嘘だ。笠倉くんのお母さんが入ってきて、助けてもらったのにのんきな顔をしている自分に気づいて、いたたまれなくなっただけだ。自分の軽率な行動を控えるために、杏凛は昨日からを電車の中で思い返していた。
いつも通り学校の帰路に就いたはずだった。はずだったのに気づいたら病院で人を待っていた。
別に何が起こったのかがわからなかったわけでも見ていなかったわけでもない。私は、ただひたすらに受け入れることができなかった。まともに話したのはついさっきが初めてだったのに。ただクラスが同じだっただけなのに。なぜ、どうして、こんなにも冷たい人のことを何のためらいもなく助けることができるのか。これまでにも少し困ったときほかの人から助けてあげようかと声をかけられたことは何度かあった。だけど、声をかけてくるのは決まって下心が隠せていないどうしようもない人ばかりだった。自分で言うのは気が引けるが、私自身、自分の容姿がほかの人よりも優れていることは高校生にもなれば理解できた。でも、笠倉くんは話してみてわかったが一切の下心はなかった。私に恩を売りたかったわけでもないと思う。自分のことをとても冷たくて面白くない人だということくらい自分自身が一番わかっていた。それは周りから見ても一目瞭然だったのに。なんで。
そんな思考を巡らせていると病室に女性が勢いよく入ってきた。
「伊織!大丈夫!」
おそらく笠倉くんのお母さんだろう。看護師さんがお母さんに笠倉くんは無事であることを伝えて病室を出て行った。ほどなくして病室の端にいる私に気づいた。
「あら?あなたは」
「すみませんでした」
笠倉くんのお母さんに対して勢いよく頭を下げた。
「えっ、えっ、ど、どうしたの」
「私のせいで笠倉くんに大きなケガを負わせてしまいました。本当にすみませんでした」
それからしばらくして女性がゆっくりと声をかけてきた。
「鷹崎杏凛ちゃんよね。先生からお話は聞いているわ。私は伊織の母の笠倉美雪です。伊織に付き添ってくれてありがとうね。杏凛ちゃんは大丈夫?どこかケガしてない?ここまで疲れたでしょうにありがとうね」
「は、はい。私は大丈夫です。本当にすみませんでした。」
「どうしてあなたが謝るの?杏凛ちゃんは何も悪いことしてないじゃない。あなたは何も気にしなくていいのよ。」
「でも、」
「警察の人も杏凛ちゃんに非はないって言っていたわ。それよりも、伊織にずっと付き添ってくれたのよね。本当にありがとう」
「い、いえ!気にしないでください」
そんな話をしていると病院の面会時間を終了を伝える院内放送が鳴った。
「あら、もう帰らなきゃね。ここから学校まで遠いでしょう、杏凛ちゃん、送って行ってあげるわ」
「い、いえ、大丈夫です。そんなご迷惑かけられません」
「杏凛ちゃん、少しお話しない?私杏凛ちゃんに聞きたいことがいっぱいあるの」
「すみません。ありがとうございます」
正直そのあとは覚えてない。ただひたすらに笠倉くんのお母さんからの大量の質問に答えるのに必死で頭が追い付かなかった。
翌日、私はまた笠倉くんのいる病院に足を運んでいた。
この日私は初めて事故後の笠倉くんと話をした。罪悪感が全く拭えない。昨日美雪さんには気にしなくていいとは言われたが気にしないなんて全然できない。誰が悪いということもそうだが、結果的に私を助けたから笠倉くんがけがを負ってしまったことにどうしても罪悪感は消えない。
「助けるのに何か理由が必要かな」
しかし、その一言が私の壁を一瞬にして壊した。別に私自身助けるのにわざわざ理由が必要だとは思ってはいなかった。
実際彼女は迷子の子どもを放っておけるほど他人に関心がないわけではない。しかし、実際に彼女が助けてもらった時には必ずというほどその見返りを求められていた。そう、必ず明確な理由をもって助けられてきた。それゆえに自身がそのようなことを言われたことは彼女にとって大きな衝撃を与えた。
今日は何事もないと、そう思っていた。しかし、笠倉くんと話しているだけで心臓の鼓動がいつもより早い。昨日と笠倉くんは何も変わらないし、私も変わらない。そのはずなのにどうしてだろう。そんなことを考えているともう家についていた。こんなに家族や自分のこと以外に人のことを考えたのはいつぶりだろう。
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