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親友との約束を守るため、わたしはゴーストマンションと呼ばれる建物の前に立っていた。ここは国際的なイベント誘致のために開発された土地の一部で、計画が他の市に決まる前に建てられてしまった、15階建てのマンションだ。入居者はほとんどおらず、工事中の事故や営業開始後の管理会社の不祥事で転がるように価値が下がり、今では数人の物好きが住むだけとなっている。営業されているのに人気ひとけがなく、新しくて綺麗なのにどこか薄暗い雰囲気で、近所の子ども達からゴーストマンションと呼ばれるようになってしまった。近所とはいえ、普段なら好き好んで近付くような場所じゃない。それでも、今からわたしがやろうとしていることにはうってつけの場所だった。
がらんと広いエントランスに入る。外は立っているだけでも汗がにじむような真夏日だったけど、空調のおかげか、ひんやりと空気が冷えている。視線をめぐらせて人がいないのを確認すると、正面にあるエレベーターに乗り込む。ドアが閉まってから、まずは4階のボタンを押す。エレベーターがゆっくりと動き出し、ドアの上にある表示が変わっていく。4階に着き、ドアが開くと、エントランスと同じように人気ひとけのない廊下が見えた。同じ要領で、2階、6階、もう一度2階、10階と順番に押していく。さすがゴーストマンションと呼ばれているだけあって、それだけ移動しても誰も乗ってこなかったし、廊下を歩いている人もいなかった。
ボタンを押すたびに高まっていく緊張を落ち着けるように、一度大きく深呼吸をする。かすかに震える指で、次は5階のボタンを押す。エレベーターは同じ速度でゆっくり降りていき、カウントダウンのように表示が変わる。あっという間に5階に着き、ポーンという間の抜けた音でドアが開いた。
「⎯⎯⎯⎯⎯⎯ッ!」
わたしは必死で悲鳴を飲み込んだ。ドアの前には、地味なグレーのワンピースを着た女の人が立っていた。
すぐに目を逸らしてしまったので曖昧だが、ゆったりとカールした髪と丸くて大きな目の美人のようだ。その人は無言のままエレベーターに乗り込み、わたしの左後ろに立った。ドクドクと心臓がうるさい。恐怖心を振り切るように慌てて1階のボタンを押した。重苦しい機械音と、それを塗り潰すような異様な沈黙。空調がきいているはずなのに、全身にじっとりと汗をかいていた。ポーン、とまたドアが開き、がらんと広いエントランスが見える。
止めるなら、ここが最後のチャンス。
わたしは制服のポケットからスマホを取り出し、待ち受けにしている親友との写真を表示させた。迷いが消え、覚悟が決まる。10階のボタンを押すと、ゆっくりとドアが閉まり、エレベーターが上がっていく。後ろに立つ女の人は相変わらず無言で、ドアにうっすらと映るシルエットがなければ、いるのかいないのかわからなくなりそうだった。
俯いてしまいたくなるのをぐっと堪え、ドアの上の表示を見つめる。2、3、4…と増えていく数字と、大きくなる心臓の音。手足が震えて、呼吸も浅くなる。やがて数字は9から10に変わり、ポーン…と間の抜けた音とともに、ドアが開く。この数分で見慣れたマンションの廊下には、今度こそ人影があった。
「…れ、蓮華れんげ……」
「おつかれさま、夜空よぞら」
つやつやの黒髪を揺らして楽しそうにほほえむ親友に、思わず駆け寄り、その勢いのまま抱き着く。
「まっ、マジでこわかった〜〜〜!!」
「やだ夜空、泣いてるの?」
「だって1人でこんな…っ!本当に女の人乗ってくるし…っ!」
そこまで言って、ハッとして後ろを振り返ったが、もうドアは閉まる直前で、女の人も見えなかった。そのまま閉まったドアを見ていると、1階へ降りていったようだった。
蓮華にきつくしがみついていた腕を恐る恐る離し、改めて向かい合う。まだ楽しそうに口角を上げている蓮華の顔に、安心感が込み上げてくる。確かめるようにもう一度ぎゅっと抱き着くと、落ち着かせるように背中を優しく撫でてくれた。
「はぁ…もう蓮華に会えないかと思ったよ」
「大げさじゃない?私は心配なんてしてなかったわよ」
くすくす、耳元で笑われてくすぐったい。少しおもしろくなくて、肩を押して離れて後ろを向く。拗ねた態度も蓮華からしたら大してダメージじゃないのか、楽しそうな雰囲気のまま手を握られた。
「待ってよ夜空」
「……蓮華はわたしに会えなくなっても良かったんだ」
「そんなことないわ、夜空のこと信じて待ってたのよ?」
そんなありきたりなセリフで機嫌が上向く自分が腹立たしい。それでももう無視はできなくて、ぎゅ、と手を握り返した。
非常階段を使って、シンと静まり返ったマンションを降りていく。ここ最近の学校や家での様子を話すと、蓮華は楽しそうに相槌を打つ。蓮華の様子を聞くと、なかなか満喫していたようだ。
降くだりとはいえ、10階分の階段はなかなか大変だった。外に出る頃には、怖かった反動もあってくたくたになっていて、朝から何も食べていないわたしは空腹も限界だった。
「蓮華、何か食べに行こうよ。行ける?」
「うん、ファミレスとかカフェとか、ハンバーガーもラーメンもあったわよ」
「あ、ハンバーガーいいね、最近食べてなかったし」
「ダイエットはいいの?」
「もういいの!」
腰に手を当て、自慢げに言うと、蓮華はキョトンとした後、少しだけ困ったように笑って、そうね、とだけ言う。形の良い眉が下がったのは一瞬で、またすぐ楽しそうな顔になった。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
蓮華に手を引かれ、見慣れない街を歩く。信号機がチカチカと光る横断歩道を渡り、色々な国の言葉で書かれた看板を眺めながら、ビルの間を進んでいく。そんな街並みにも飽きてきた頃、唐突に、ハンバーガーチェーンの看板が現れた。久し振りのファストフードにテンションが上がり、早足で店内に入る。残念ながら期間限定の商品は用意されていなかったが、あれこれメニューを眺めるだけでワクワクして、サイドメニューとデザートまで欲張ってしまった。蓮華が、値段は気にしなくていいのよ、と教えてくれたこともあるけど。
カウンターに出されたトレーを持って、席に座る。さっそく包みを開けてひと口かぶりつくと、記憶の中と同じ味が広がって、思わず大きな声を出してしまった。
「おいしい〜!」
普段なら叱られるけど、今は蓮華も許してくれる。ドリンクを追加しながら、蓮華と何時間もおしゃべりをした。外はいまだに太陽が高い位置にあって、いくら暑くないとはいえ、夏の日差しが照りつける外に出たくないというのもあつた。それでもなかなか日は落ちない。諦めて外に出ると、やっぱりかなり眩しかった。帽子も日傘もないと歩きにくい。日陰を選んで歩きながら、蓮華と次の目的地を決める。
「夜空、次はどこに行きたい?」
「うーん…改めてきかれると出てこないなぁ…」
「せっかくだから色々行きましょうよ」
言われて、辺りを見渡す。相変わらず読めない言葉で書かれた看板に、あれはどこの国の言葉に似てるとか、絵が描いてあるからきっと本屋だとか言いながら、当てもなく歩き続ける。太陽はまだ真上にいて、どの店も閉まる心配はなさそうだった。そうしているうちにふと、小学校の修学旅行で東京へ行ったときのことを思い出した。
「ねぇ、あそこは?ほら、小学校で東京に行ったときさ」
「あの、洋服屋さんがいっぱい入ってたビル?」
「そう!また行ってみようよ」
なんとなく、高いビルがありそうな方向へ進む。信号機が黄色くチカチカしている横断歩道を渡り、線路を越えたり川を渡ったりしていると、景色は段々と見覚えのあるものになっていった。大きな通りにオシャレな店が並び、八等身のマネキンが高そうな服を着てポーズをとっている。その通りの向こうに、ひときわ目立つビルがあった。
「こんな感じだったっけ?」
「細かいとこは覚えてないけど…このくらい高くて、人がいっぱいいたわよね」
蓮華と2人、数年振りに入ったビルは広くて、見たことのある店もあれば、聞いたこともないような不思議な名前の店もあった。小学校の修学旅行で、班行動からはぐれたフリをして来たとき、田舎者の小学生から見れば全部がオシャレでかわいくてキラキラしていて、大興奮したのを覚えている。今でももちろんテンションが上がって、2人であちこち見て回った。今はもう日本から撤退してしまった北欧系の雑貨屋とか、数年前にガラッと雰囲気を変えてしまったスイーツショップの懐かしい品揃えとか、見たいと思う場所はだいたいあった。洋服やアクセサリーをショーケースから取って眺めたり身に付けてみたり、食べたいものがあれば好きなだけ箱を開けた。
「これさ、食べて見たかったけど高くて無理だったんだよね」
「本当に宝石みたいなケーキよね。あっちにフォークがあったから、食べましょ」
色とりどりのフルーツが乗ったタルトを、蓮華と2人でつつく。ホールごとなのでさすがに飽きて、定番のショートケーキやモンブラン、ティラミスにプリンアラモードなど、目につくものに手を伸ばしていく。小学生のお小遣いではもちろん、今でもなかなか手を出せないお店の高いケーキはどれも美味しくて、ここに来れたことが改めて嬉しかった。
「はぁ、さすがにお腹いっぱいかも。この後どうしよう、休むとことかあるかな?」
「ホテルとか旅館があると思うわ。それか、ホームセンターの家具コーナーのベッドとか」
「何それおもしろそう!ホテルはまた明日にして、今日はホームセンター探そうよ!」
誰もいないビルの中に、わたしの楽しげな声が響いた。それにくすくす楽しそうに笑いながら、蓮華が手を伸ばす。
「そうね。じゃあ、夜空」
「うん、行こう、蓮華」
その手を取って立ち上がり、出口に向かって歩き出す。たくさん階段を上ったけど、出口はすぐ目の前にあった。外は相変わらず太陽が真上にあって、街頭には夏祭りのポスターが貼ってあるのに、暑さは一切感じない。大都会なのに人はわたし達しかいなくて、街並みはわたし達の会話によって少しずつ変わっていく。
怖くも、寂しくもなかった。この世界にはただ1人、蓮華がいればそれで良い。
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『次のニュースです。昨日、自宅を出てから行方が分からなくなっている10代女性の捜索が続いています。行方が分からなくなっているのは、〇〇県✕✕市の高校生、阿智夜空さん16歳。阿智さんは昨日午前7時過ぎ、登校のため自宅を出た後に行方が分からなくなり、午後9時を過ぎても帰宅しなかったことから、同居する母親が警察へ通報しました。
同市では2週間前にも、同じ高校に通う売木蓮華さん16歳が行方不明となっており、2人が事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、県警が捜査を進めています。
次のニュースです……』




