6 怪しい歌、ではない
「続きがあるかもしれませんが、現存している資料はこれだけでした。意味としては朝と夜に祝詞や呪禁を唱えよう、東にはみんなの為に祝詞を、西には元気な子供を産んでもらえるよう母親にまじないを唱えよう、南へ行くなら気をつけて通れ、北は神様の居場所だから行くな、というものらしいです。残念ながら肝心の祝詞と呪禁そのものは残っていなかったそうですが」
「よく調べてくれたね、これだけわかれば十分だ。まあ祝詞そのものはあまり残っていないだろう、そういうのは口伝だ。それに歌詞と霊道の東西南北も一致している」
言いながら町の地図を広げると、商店街は東西南北に道が伸びており十字路になっている。中嶋が先日子供の霊を見たのは丁度中心だ。
「北には行くな、というように子供達は北には進もうとしなかった。中心から東、西、南に分かれて歌を歌っているようだ。道祖神は丁度中心あたりにあって、三人分のまじないを一気に受けて破裂してしまったんだろう。これであの歌が悪いモンじゃないがやっかいなモンだっていうのは証明できた。問題は子供達だな」
「……んなもんさっさと成仏させりゃいいじゃねえか……」
横からボソっと口を挟む総弦だったが、清愁は首を振る。
「こんなものを歌って多大な影響を生み出してるんだ、もはやただの子供の霊じゃない。神格化しているといえばいいのか、人間であるこちらの手の出せる相手じゃない。だいたいどうやって成仏させるんだ? 何かに強力に守られているのに」
父親からのもっともなツッコミに総弦は答えられない。難しい顔をして考え込む住職親子に、一華はきょとんとした様子で気になった事を聞いてみる。
『その辺の事情よくわからないんでピンと来ないんですけど、成仏って強制的に送る方法もあれば自分が納得して逝くパターンもあるんですよね? 力が上で太刀打ちできないなら、後者パターンでなんとか対応できないんですか?』
一華の意見に清愁も総弦も「あ」と声を上げる。考えてもいなかったというような顔だ。
「つまりその子供達はなんでそんな歌を歌って現世を彷徨ってるのかって事か。その原因を取り除けばあの世に逝く準備ができるかもな」
中嶋も思っていた疑問を口にした。道祖神が壊れたのはつい最近となるとおそらく子供達の霊もつい最近現れた。聞き込みによればそういった異変は今までなかったという事なので間違いない。
そうなると消去法で考えても歌っているのは亡くなった三人の子供達だ。大昔からそういう子供の霊が存在していたのならまだしも、医療も進みよほどの事がないと子供が死ななくなった現代でそんな霊が現れる事がそもそもおかしい。
『んー、なんでいるのか、かあ……。歌自体は悪いモノをやっつける歌みたいですし、正義のヒーローみたいな心境とか? 自分達がやらなきゃ、みたいな。あとは火の用心~みたいな注意喚起のつもりだったりして』
何気なく一華が案を出せば、大人たち三人はポカンとした様子で一華を見る。さすがになかったかなあ、と思っていると中嶋が呟いた。
「え、目からウロコ。その発想なかった」
『え?』
中嶋の心底感心したような言葉に一華も驚く。滅多に人を褒めることがないので驚いたというのが本音だ。
「いや、考えたらそうだよな。子供の行動なんてそんなもんだ。自分達が何をしてるのかなんてあんま自覚ないよな普通」
「年食うとそういう柔軟な考えができなくなるなあ、イカンイカン。神格だからって何も小難しく考えて行動してるわけじゃないよなあの子たちも。神格だろうがなんだろうが子供は子供だ。一華ちゃんナイス」
『え、ええ? まあ、役に立ったならいいんですけど』
中嶋と清愁に納得され、驚いたものの悪い気はしない。霊関係などに詳しくない自分がその手のプロも思いつかない事を言えたのがなんだか嬉しく、じっと総弦を見る。
「……。なんだよ」
『総弦さんからも感想プリーズ』
「単に精神年齢近かったんじゃね」
ケッ、とでも言いたそうな態度で言えば一華が文句を言う前にバチコーンと物凄い音を立てて清愁に後頭部をひっぱたかれた。驚いて固まる一華と頭を抱えてうずくまる総弦。平然とした様子で何もなかったかのようにしている清愁を見ながら一華は思う。人が良さそうに見えても一応上下関係は成立してるんだなこの親子……と。