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プロローグ
その広場にある木の枝は、空を見上げている。大きな葉が、暑い日射しの中に僅かな涼を作りだしていた。木漏れ日は風に踊り、せわしなく地面を動き回り、不可思議な影の文様を描き出す。ウエストを絞り上げた白いリネンの服の裾がなびいている。私は肩までの髪をさらりと掻き上げ、西風に揺れる枝を仰ぎ見た。
「この風。少し早めに切り上げなくちゃ」
独り言も、辺りで遊ぶ子供たちの声も、次第に強くなる風の唸り声に打ち消されて行く。 無邪気で楽しかった想い出も、心凍る孤独な日々も、今の自分を作り上げてきたに違いない。辛かった思い出と胸を焦がす郷愁は、一つにまとめられた荷物となって、私の心の部屋に転がっている。これからの喜びも苦労も、同じように自分の血肉となるのだと思う。だからと言って、そんな重い物を抱えて、幼い日に離れなければならなかった故郷を見に行く気には、全くならなかった。