悪い奴らは罰せられなければならない3
仕事を始めてはや5年。仕事にはだいぶ慣れた。
この5年は大変だった。
俺が入社した2019年は、翌年に東京オリンピックを控えて日本全体がなんとなくうきうきしていたが、2020年の1月にそれは一変した。新型コロナ発生のニュースを、俺はナコの家のテレビで見た。
もう少しで1年目が終わるというときに仕事は突然リモートに切りかわった。リモートになってからは自分一人で対応せねばならないことが増えた。お客さんから急な問い合わせが来てもすぐに答えられない。聞ける人がそばにいないため、「折り返し連絡いたします。」ということが増えた。少しは仕事ができるようになったというのは完全な俺の勘違いで、先輩方がどれだけお膳立てしてくれていたのかを思い知らされた。お客さんに怒鳴られ失望される日々が続き、リモートが解除されるまでは心労で激やせをした。
ナコの代はさらに大変そうだった。
卒業式はできたものの、家族の入校も禁じられていた。
就職も採用枠が縮小され、内定をとるのはかなり難しかった。やっと内定が取れたときにナコはほっとして泣いていた。
ナコの職場はリモートができる職場ではないため、出勤必須だった。マスクを二重にしてもコロナにかかる人は日に日に多くなり、ナコ自身も濃厚接触者として隔離されたこともあった。互いの家でデートを重ね、なんとか支えあって乗り越えた。
田舎の母にはこまめに連絡をし様子を確認した。高齢なので優先的にワクチンを打てたようだが、やはり心配だった。母のことはナコの家族が気にかけてくれてしょっちゅう様子を見に行ってくれた。コロナによってわがモモタ家とイヌイ家は深い絆でつながった。
最近のイヌイ家の話題は、俺とナコがいつ結婚するのかという話でもちきりらしい。俺が27で、ナコは25歳。外堀をきっちり埋められたこともあり、そろそろプロポーズしようかと思っている。
そんな中、ナコから気になる話を聞いた。
「リカーショップKIJITANIがなくなるらしい。」と。
キジタニの両親の笑顔が浮かぶ。
「なんでだ?キジタニの親はまだ若いし引退する年じゃないだろう。キジタニも店に出てるっていう話も聞いてるぞ。」
コロナでちょい呑みコーナーはやめたと聞いたが、家呑みが普及したおかげで、酒の販売や配達は好調だと前にキジタニ本人から聞いていた。キジタニは大学卒業後、跡取りとしてリカーショップKIJITANIで働いていた。
「ソーラーパネル山覚えてる?」
ナコの言葉に、山の斜面に急にソーラーパネルがびっしり備え付けられた日のことを思い出す。山が切り開かれ茶色の肌があらわになったと思ったら、翌日にはいきなり真っ黒のパネルがずらっと並べられていた。その異様な光景に村中がざわついた。子供たちはその山を「ソーラーパネル山」と呼ぶようになった。あれはたしか俺が小学校の高学年の時の出来事だったから、2010年くらいか。
「ああ。でもあれ、土砂崩れの事故がちょうど隣の県で起きて、それ以降の計画はなくなったよな。」
これからも増えると言っていたが、ちょうど隣の県で同じような太陽光発電所が土砂崩れで壊滅するというニュースがあって、計画自体はとん挫したはずだ。
「私たちは知らなかったけど、あの時大変だったらしいのよ。」
ナコの話によると、その山は県外に出たとある資産家一族が所有していて、トップに君臨していたおじいさんが入院したすきに、ドラ息子が勝手に売ってしまったらしい。
田舎は村八分にされたらおしまいだ。だから土地を売るときにはどんな人に売るのか、どんな用途で使われるのか周辺の人にあらかじめ話があるものだ。しかし、ドラ息子はその手順を踏まなかった。それゆえ、あとから大人同士でもめて大変だったらしい。
「結局、話をつけに行ったのが、りょうちゃんのお父さんとキジタニ君のお父さんだったらしいの。」
そういえば隣町で土砂崩れが起きたとき、斜面の下にあった家が飲まれて一家がなくなったと聞いた。急に山を切り開き、斜面に土砂崩れ防止の処理もしないままソーラーパネルを並べたため、梅雨の長雨で全て流れてしまったのだ。
同じことが村で起きては大変だということで、大人たちが毎夜集会所で対策を話し合っていた。父も深夜までその会合に参加していたのを覚えている。
「結局、りょうちゃんとキジタニ君のお父さんたちがその一族のトップであるおじいさんの入院先に話をつけに行ったみたい。入院しているおじいさんは、息子が勝手に山を売ったことを知って激怒したらしいわ。息子を叱り飛ばして残りの山を売るのも禁止したらしくて、その時は計画を中止させたらしいの。」
ナコの話は初耳だった。同時に、父が村の世話人のような立ち位置だったことを思い出す。
「それがリカーショップがなくなることとなんの関係があるんだ?」
「今そいつらに目の敵にされているの。キジタニ君のお父さんが。」
ナコは悔しそうに言った。