悪い奴らは罰せられなければならない1
門を出るとナコが待っていた。
「卒業式はどうだった?」
笑顔で聞いてくる。
「いや、何の感慨もないな。うちは総合大学だし、各学部の代表が挨拶して終わりだし。」
「その代表挨拶したんでしょ。」
ナコがあきれ顔で言う。
自慢じゃないが、中学校も高校も総代を務めてきた。卒業式だけでなく、入学式もだ。今更、挨拶ごときになんの思い入れもない。
大学入学と同時に、父親は息を引き取った。
入院費は高額医療費制度のおかげで数万円で済んだ。父親がいなくなったうちは、いわゆる低所得家庭だということで、自己負担額はかなり抑えられた。
俺は大学のランクを下げ、マンモス校として有名な某総合大学に入学した。いくつかの返済不要型の奨学金が受けられたうえ、4年間スカラシップの資格を死守したので、学費に関しては困ることはなかった。
母は年齢もあり、父の死去後、急速に老いていった。
はっきりと目に見える老い方に、焦る気持ちはつのった。今度は母の介護も視野に入れるべきだろう。学生のうちに稼げるだけ稼いでおきたかった。
それに、スカラシップを受けるため大学のランクを下げたことは、就職時にマイナスに作用するだろう。
一流大学のネームバリューに負けないためにも、取れそうな資格は全て取ることにした。受講料、受験料、参考書代も必要になるし、バイトをしないわけにはいかない。スカラシップを死守するための勉強と資格試験の勉強時間を確保するには、効率のいいバイトを探すしかなかった。
「モモタ君、ひさしぶりですね。」
そんな矢先に呼び出され、向かった先には懐かしい赤い車が待っていた。パワーウインドが静かな音を立てて下がる。整った横顔は相変わらずかっこいいな。
「お久しぶりです、先生。今日はメガネをしてないんですね。」
「基本、学校に行かないときはコンタクト派なんですよ。」
さわやかな笑顔のメガネ主任は、助手席に座るように促した。
メガネ主任に連れられたところは、いわゆるホストクラブというところだった。
「先生、ここって。」
面喰らう俺に、メガネ主任はにやりと笑った。
「おう、こいつか。まずまずだな。お前くらいのイケメンだとよかったんだけどな。まあ、おまえほどのイケメンなんてそうそういないけどな。」
げらげら笑いながら、茶髪男がやってきた。
「あなたは相変わらず失礼な人間ですね。40にもなって常識も身についていないとは嘆かわしい。不惑の年代に入ったというのに、まだ茶髪にして頭皮をいじめるなんて本当にあなたは愚かだ。禿げたいんですか?」
メガネ主任はさらりと辛らつだ。
「お前、相変わらずの毒舌だな。」
茶髪男はあきれていたように言った。
「こんな軽薄な人間ですが、商才は見かけによらずあるようで、一応ここのオーナーなんですよ。まあ、店長が優秀なだけなんですけどね。」
「お前、口の悪さにキレが増してやがるな?」
茶髪男は、顔をゆがめた。
メガネ主任が苦学生だというのは前に聞いていたが、茶髪店長から聞かされたその半生は、あまりに壮絶だった。
茶髪店長とメガネ主任は、同じホストクラブで働いていた時の同僚だということらしい。憎まれ口をたたきあうけれど、二人のきずなが深いことは見ているだけでわかる。
「ここでなら、効率的に稼げるでしょう。」
教師が、元生徒に夜の仕事を斡旋するなんて。
「君はそこまで顔がいいというわけではありませんが、頭がよく機転が利くタイプです。分析力も確かなので、相手に合わせた言葉を理解できるでしょう。君なら、うまくやれると思います。」
ほめているのか、けなしているのか。
でも、うれしかった。心配してくれていることも、自分の過去を包み隠さず聞かせてくれたことも、信用している友人を紹介してくれたことも。
そして、そういう話をしても大丈夫だと、俺を信じてくれていることも。