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出生の秘密4

 「そんなにイケメンだったのか。そりゃ、俺も見たかったなあ。」

 ベッドの上の父は、小さく笑いながらそう言った。

 「あれはメガネで隠して正解だよ。じゃないと女子がギャーギャー騒いで勉強どころじゃなくなる。」

 父はまだかろうじて口から栄養が取れているが、医者からは胃ろうを進められるところまできていた。


 「それがわかっているから、あえてメガネで隠しているんだろうな。やるなそのメガネ先生。」

 ニヤッと笑ったと思ったら、父は咳込んだ。慌てて背中をさすろうとしたが、細い手がそれを止めた。父はすでに体を動かすのもつらいらしく、背中をさすることもままならなかった。

 胃ろうは父自身がきっぱり断った。

 「口から食べられなくなったらおしまい。それが天命ってもんだ。」

 父は、最後まで気丈だった。


 俺は、バイトの忙しさを言い訳に、父親の病院にはあまり行かなかった。父はいつも気丈だったが、体は正直で容赦なくやせ細る。日に日に骨の在処がはっきりとしてくるのが、見ていて痛々しかった。

 

 そして、とてつもなく怖かった。


 もうじき、この人はいなくなる。それがはっきりとわかるだけに、父の顔をどう見たらいいのかわからなくなってしまうのだ。

 

 俺が今日ここにいるのは、仕方なかった。


 母がパート先で倒れたのだ。

 たまたまスーパーに買い物に来ていたイヌイのおばちゃんから学校に電話があったらしく、轟音を立てて担任がイノシシのように突入して時には、自習室が騒然となった。

 「モモタ!モモタはいるか?」

 担任の大声に、周りの目が一斉に俺に向いた。

 「ここにいます!」

 担任の様子がただ事ではないのはすぐわかった。父に何があったのだろうか。心臓がばくんとはねた。

 担任は俺の手をつかみ、何も言わずに猛スピードで昇降口まで走った。

 昇降口の前には、赤い車が横付けされていて、メガネ主任がそばに立っていた。

 「校長に、公用車使用の許可はとりました。タクシーを呼ぶよりこちらのほうが早い。使ってください。そして、くれぐれも安全運転で走ってください。モモタ君にけがをさせないように。」

 メガネ主任は、鍵を担任に渡しながら言い、もう一方の手で、でかい背中をドンと叩いた。

 「すみません。使わせていただきます。」


 担任は、車を走らせながら何があったか話してくれた。メガネ主任に背中を叩かれたことで少し落ち着いたんだろう。

 「すまん、気が動転して、何も話さず連れてきてしまった。荷物はあとからまた俺が持ってくるから心配するな。」

 「父に何があったんですか?」

 早鐘のように心臓が音を立てている。走ったからか気持ちが急いているからか。

 「お父さんのことじゃない、お母さんが倒れたんだ。」

 目の前がぐにゃりとゆがんだ。担任のそのあとの話は、ほとんど入ってこなかった。


 着いた病院は父が入院している病院だった。このあたりの総合病院はここしかないから当たり前だ。

 幸い母は、イヌイ母娘によってすぐに病院に運ばれ、俺が病院に行ったときには点滴も終わり帰る支度をしていた。無事でよかった。

 「ちょっとふらついちゃっただけなのよ。みんなが大げさにいってるだけよ。先生もすみません。」

 母は、小刻みに手を振って、俺たちに頭を下げた。

 「何言ってるんですか。たまたま横にパンコーナーの棚があったから、床に倒れずに済んだだけでしょう!」

 イヌイのおばちゃんは、怖い顔をして母に言った。

 「モモタさんちのおばさんがいるって気づいて、挨拶をしようとそばに行ったの。そしたら、目の前でおばさんがふらりと横に倒れて、棚にドスンてぶつかったの。慌てて支えたんだけど、その時はもう意識がなくて。多分何もないところだったら、そのまま倒れて頭を打っていたと思う。」

 横からかわいい声が聞こえる。イヌイさんちの一人娘で、俺の彼女のナコだ。

 イヌイ家はうちのはすむかいで、ナコと俺は幼馴染だった。


 「そんな状態だったのか。」

 ナコの顔のこわばりを見たら、どれだけ危なかったかわかる。

 「ただの過労なのよ。点滴を打ってもらってもう元気になったし、お父さんの病室にも行かなきゃーーー」

 慌ててそう言う母に、思わずかっとなり、口を開こうとした瞬間、一足早く担任が声を絞り出した。

 「お母さん、モモタの顔をよく見てください。」


 「心配かけてごめんなさい。」

 母はうつむきながら細く声を紡いだ。

 「横から口を挟んですみませんでした。でも、この顔を見たらわかりますよね。俺はここまでモモタを連れてきて、途中でモモタが折れちまうんじゃないかと、ぽきっと折れちまうんじゃないかと、すごくすごく怖かったです。こいつは普段ひょうひょうとしてて、でもすごくしっかりしてて、いつも俺の至らない部分を助けてくれるんです。でも、今日はそんなモモタはどこにもいなかった。こいつがどれだけ心配していたか、理解してください。」


 イヌイのおばさんは、母の腕を取り

 「今日はもう帰って休みましょう。ね。」

 そう優しく母に声をかけた。

 「おじさんのところには、私とりょうちゃんとでいきます!だからおばさんはうちの母と一緒に先に家に戻っててください。帰りは、りょうちゃんの担任の先生に送ってもらうから大丈夫!」

 ナコが担任の顔を覗き込む。

 「任せてくれ!安全第一でいくぞ!」

 担任はどんと自分の胸を叩いた。


 「私もメガネを外したすがたをみたかったな。」

 ナコがはしゃぐ。

 父は笑いながら

 「お前、そのうち振られるな。」

 と言っていた。

 担任は、その話は男3人だけの秘密だと焦っている。

 病室は、和やかだった。


 担任とナコのおかげで、俺は久しぶりに父と顔を合わすことができた。

 そして、唐突に言葉が沸いていた。


 「俺さ。父さんと母さんの本当の子供じゃないんだな。」






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