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出生の秘密3

 あれから、母は毎日俺を説得しようとした。けれど、俺は大学にはいかないと突っぱね続けた。本当の子供じゃないのにここまで育ててくれたんだ。そんな母親に、これ以上負担はかけられない。本当だったら高校もやめて今すぐ働きたいくらいだ。母がそれだけはやめてくれと泣くから、仕方なく学校に通い、放課後はバイトの許可をもらって働いていた。母は、俺がバイトをするのをよしとはしなかったが、ここは俺が押し切った。


 

 ある日の放課後、担任に呼ばれた。

 「悪いが、生徒指導室に一緒に来てくれないか?」

 なんだろう、俺何かしたか?心当たりがないまま、ついていく。進路指導室のドアを開けた担任の後に続いて、中に入った。進路指導室は、一人掛けのソファが2つずつ、テーブルを挟んでおいてあるだけの殺風景な部屋だった。

 「こんなふうになってるんだ。」

 3年間この学校に通いながら、進路指導室には入ったことがなかった。友人のキジタニはしょっちゅうここにきていたが、俺は一応優等生だったしな。

 そこには先客がいた。世界史の先生で、たしか、進路指導課の主任だったはずだ。世界史はとっていないし、進路も迷ったことがないから今まで一度も話したことはなかった。

 俺は母親が学校に電話したんだなと察した。主任の前のソファに座るように促した担任は、そのまま主任の横に座った。仕方なく二人の向かい会う形で腰を下ろした。


 「君のお母さんから、学校へ連絡があったんです。」

やっぱりか。

 「大学に行かないって言ってるそうだね?」

 中高大と柔道をしていた担任とは違い、めがねをかけたやせ男の主任は、やわらかな口調で俺に尋ねた。学校にまで連絡したのか。俺はため息をつきながら、相手ができるだけ怯むような言い方を必死で考えた。

 「今、うちは父親が倒れて大変なんです。実際に生活は日々苦しくなっている。幸い生活保護の申請が通って少し楽にはなりました。でも申請が通るまでの一か月、母は預金を切り崩して生活をしていた。母は父親の病院に行かないといけないからパートの時間を今以上に増やすわけにはいかない。今だって本当なら俺がのんきに学校に来ている場合じゃないんです。今すぐ高校をやめて働きたいと思っているくらいです。」

 俺が言い終わると、メガネ主任は頷いた。

 「君のお母さんからも担任からも、君のお父さんが入院して大変な状況だというのは聞いています。そして、特別に君にアルバイトを許可しているということもね。」

 うちの高校は、基本的にアルバイトは禁止だ。しかし、特別な事情がある場合は、学校の許可を得て、アルバイトをすることができる。しかし、職種は限られている。できれば工事現場など、実入りがいいバイトをしたいが、危険だということで許可されなかった。

 今は事情を知ったキジタニの父親がやっている酒屋でアルバイトをしている。酒屋ということで許可がおりるか心配だったが、そこはキジタニの母ちゃんが学校に話をつけてくれたらしい。キジタニんちの酒屋は、店の一角にちょい呑みスペースがあり、夜まで営業しているから、長時間働けて助かっている。18時までは、学校の自習室で勉強すること、22時にはバイトを上がること、帰りは必ずうちまで大人が送ること、それが、学校が許可を出す条件の一つだったらしい。キジタニの家はうちから歩いて15分だ。過保護だと思ったが、その間に何かが起きてはいけないという学校の意向だ。ちなみにいつも常連客の誰かが(これまた近所のおっちゃんたち)が酔い覚ましがてらの散歩だと言いながら送ってくれる。

 学校からうちの集落までは1時間弱。19時から22時まで5時間働けるのは本当に助かった。しかも酔っぱらいの相手もしてくれるからと、キジタニの父ちゃんは多めの時給をくれた。酔っぱらいと称された常連客は、俺が休憩時間になると横に呼んで、つまみやジュースをおごってくれた。キジタニの母ちゃんも軽い食事を出してくれるから、30分の休憩時間が終わるころには俺の腹はパンパンになっていた。

 土日も働きたいというと、キジタニの両親は少し考えてから許可してくれた。ただし、9時から15時まではキジタニの家でキジタニと一緒に勉強することを命じられた。キジタニの勉強の見張り兼キジタニに勉強を教える家庭教師役ということで、バイト代とさらに昼食が支給された。

 キジタニの父ちゃん母ちゃん、近所の常連客のおっちゃん達には、感謝してもしきれない。


 

 「君が優秀だというのはこの学校の先生なら誰でも知ってます。もちろん私もね。君の担任は、いかに君が優秀であるか、職員室で自慢ばかりしているんですよ。ひとつ前の試験もね、君の点数をすべて発表してましたよ。」

 メガネ主任は愉快そうに笑った。

 担任を見ると、担任は俺の顔を見て力強く頷いた。人の好いこの担任は、父が入院している病院までお見舞いに来てくれたこともある。

 「力強く頷いてるんじゃねえよ、担任。個人情報どこいった!」

 心の中で毒づく。


 いきなり場を和やかにされてしまった。深刻になったら、バイトの話で畳みかけて、いかに自分がかわいそうか思い知らせて説得をあきらめさせようと思っていたのに。

 

 にっこりと笑ったメガネ主任は、してやったりという顔をして、おもむろに机の上に大量の印刷物を置いた。すべて奨学金やスカラシップ制度のものだった。

 「頭のいい君のことです。きっといろいろ調べたと思います。しかし、君一人で全ての制度を調べ  

るのは不可能でしょう。ここにいる君の担任は、君のお母さんから連絡をもらって、すぐに職員室で大騒ぎをはじめたんです。とびきりの大声でね。『あいつが大学に行かないと言っているそうだ、どうしよう!』と。」

 それは個人情報の観点からみて正しいことなのか?俺は再度、担任を見た。担任は、今回はさすがにまずいとわかったらしい。

 「すまん、動揺してしまってつい大きい声になってしまった。ほかの先生たちに話していいか、お前の許可も取らないまま、みんなにばらしてしまった。」

 大きな図体を小さくしながら担任は俺に謝った。額には汗がにじんでいる。

 「もちろんみんなざわつきました。学年トップの君が、大学に行かなくなったら一大事だとね。そして、先生方が知っている奨学金制度やスカラシップについて情報を出し合い、情報の先生たちが必死で色々調べてくれたんです。あっという間に集まったのが、これらの印刷物です。」

  俺は何も言えなかった。

 「君の担任は、とてつもなく馬鹿だが、とてつもなく生徒思いです。」

 メガネ主任は、ニヤッと笑いながら、はっきり、きっぱりと言った。担任は、褒められたと喜んだ後、途中けなされたことに気づいたようで、首を傾げた。


 「ふっ。」

 大人が大人に馬鹿と言っていいものかと思ったが、思わず笑ってしまった。


 メガネ主任は真面目な顔に戻り、俺の目をまっすぐに見た。

 「奨学金には返済のいらないものがいくつかあります。審査は厳しいが、君の成績は申し分ないし、家庭状況から考えても受けられる可能性が高いでしょう。重複して受けられるものもありますので、まずはこれらに申し込んでいきましょう。また、君の成績なら少し大学のランクを下げればスカラシップも受かるはずです。内申のコメントは私たちが責任をもって完ぺきなものに仕上げてみせます。」

「そうそう、調べてみたら、必要単位を月数回のボランティア活動やインターンシップなどで変換できる大学も今は多いようですね。これなら必修単位とうまく組み合わせれば、就活やガクチカに力を入れながら、とる授業を減らせそうですね。たくさんアルバイトをすることもできるんじゃないでしょうか。苦労すると思いますし、大変だと思います。でもね、何とかなるものですよ。大学の空き時間に近所のスーパーでバイト、20時から繁華街の居酒屋でバイト、23時からホストをしながら、無事大学を卒業した私が言うんです。」

 担任は驚いて、メガネ主任のほうを向いて目を白黒させている。


「なので、行きましょうよ。大学。」

メガネ主任は、メガネを外して、ニヤッと笑った。




 


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