隙はお好き?5
彼らの共犯者となって間もなく、私は初めてモモさんに会った。そして、彼が今回の事件の黒幕であることを知った。
「こんなに優しそうな人がなぜ?」と思ったが、彼は自分の為でなく、自分の大事な人たちのために奮闘しているのだという。
「大事な人の大事な店がなくなるのが許せないし、ネットを使った卑怯な手を使ったことも許せない。だから、ネットを使って仕返ししてやりたかったんです。」
彼は穏やかな口調で淡々と話す人だ。
「俺の生まれ育った村を守りたいんです。何もないところだけれど、自分を受け入れてくれた優しい村だから。自分にとって大事なところを踏み荒らされたら、誰だってむかつくでしょう?」
彼は優しい人だと思う。なのに、なんといえばいいだろう、とてつもない暗さを感じるのだ。恋人にも友人にも恵まれている人だと聞いたが、なにが彼をこれほど苦しめているのだろう。
彼は自分の村の状況を細かく話し始めた。
昔いきなりソーラーパネルが山一面に設置されたこと。
本当はもっとそれが増えるはずだったこと、
隣の県であった不幸な事件のあと、すさまじい反対運動が起き、計画がとん挫したこと。
ああ、彼が言っているのはあの事件のことなのね。
ドクドクとこめかみが脈を打つ。体の中で血が沸騰している。強烈な頭痛に思わずぎゅっと目をつぶった。呼吸が荒くなってきてるのがわかる。
「あの、大丈夫ですか?顔が真っ青ですけど?。」
ゆっくり目を開けると、モモさんが私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
「私・・・私・・・」
声が震える。
ソファに座る自分の膝に、ぽたぽたと水摘が落ちた。泣いているの?涙など、とうに枯れ果てたと思っていたのに。
水滴は容赦なくスーツのスカート生地に落ち、じわっと染みてはにじんでいく。
モモさんも、金時さんも、よしおきさんも、何も言わず静かに私の言葉を待っている。
「・・・その事件の・・・遺族・・・。」
自分の口から語られる言葉が、自分をひどく傷つけてくる。
出張先に警察から電話が来たのは夕方のことだったか。
前日からの大雨で地盤が緩み、一気にソーラーパネルが滑り落ちてきたという。
避難指示が出され、山の近くの民家の住民は避難したらしいが、うちは山から少し離れていたこと、そしてちょうど娘が体調を崩して発熱していたことから、2階に避難して過ごそうとしたらしい。
轟音がしたと同時に土砂崩れが起き、山の斜面に近い民家を、次々に飲み込んだ。
運が悪かったのは、ソーラーパネルの重み分、土砂に勢いが増してしまったことだ。まさかここまで来ることはないだろうというところまで、被害が大きく広がったのだ。
優しい夫とかわいい娘は、その土砂にのみこまれてしまった。
数日後、発見された二人の遺体は、原形をとどめていなかった。二人の姿を見ようとした私を、近所の人たちは「見ないほうがいい!」と必死に止めた。それを振りほどき対面した瞬間、私は意識を失って倒れた。
いわゆる毒親の元で育った私は、早く家を出たくて必死に勉強した。幸い見栄っ張りな両親は一流の大学に入った娘を自慢して回り、学費を出してくれた。卒業後は一流企業に就職し、私は無事家から逃げることができた。
技術者として働く中で夫と出会い、穏やかで幸せな家庭を築いてきた。かわいい娘ができた時、二人で話し合って地方に異動希望を出した。環境のいいところで子育てをしようと決めたのだ。
近くの山に大量のソーラーパネルが設置されたのは、引っ越して1年ほどたった時だった。
山のふもと近い人たちは、気味が悪いものができて不安だと言っていた。
「うちは少し離れているからよかったけど、ふもとの家の人は嫌だろうね。」
という私の言葉に、
「まあ、土台とかはちゃんとしているだろうから心配はないだろうけどなあ。」
と夫は言った。
事故後にわかったことであるが、土台は杭を打ち付けただけで土砂対策などろくにされていなかった。パネル同士も金属棒で継いでいるだけだったとは。
金属棒の一部が土砂の重みで折れてからは、五月雨式にパネルが外れて雪崩となった。
あれだけの事故を起こしたにも関わらず、奴らは、「想定外のゲリラ豪雨が起きたため」と責任逃れをした。
私の夫と娘の葬儀にも、来もしなかった。
責任を全て、土地の所有者と下請けの施工業者に押し付け、奴らはのうのうと営業を続けた。
奴らは「避難しないのが悪いんだ。」と、「とっとと避難すればよかったのに。」と言ったらしい。
私の大切なものをすべて奪ったくせに、奴らは今も笑っている。
許せなかった。
私は笑えなくなったのに、夫も娘も二度と笑えないのに、なんであいつらは笑っていけるのだ?
「許せない、許せない、許せない!!」
狂ったように叫び、のたうち回り、物を投げ、さんざん自分を傷つけ、頭がはっきりした時にはベッドに縛り付けられていた。
自分で傷つけた体の傷あとは、時とともにふさがったが、心は血を噴き上げるばかりだった。
ここを出なければ!奴らを殺さなければ!
その思いだけで、必死に食べて体重を戻し、笑顔を顔に張り付けた。穏やかに話すように心掛けたことで、なんとか隔離病棟から脱出することができたんだ。
「・・・奴らは・・・私の夫と娘を・・・殺した。私は・・・絶対・・・絶対許さない・・・。」