隙はお好き?2
「絵にかいたような再炎上だねー。」
金時さんは笑っていた。
「モモさんは最初からこれを狙って準備していたんでしょうね。」
結局、鬼頭クリーンサービスは、法的処分を免れなかった。
炎上が収まったころ、あのスケベ社長はせっせとクラブ通いを再開し、そこの若い女の子に入れあげた。よしおきさんはその写真をこまめにとり続け、モモさんに渡していた。
その間にモモさんはもう一度、最初に告発したYoutuberさんのチャンネルに出て、鬼頭クリーンサービスの悪事を告発した。
それだけでなく、炎上が去ったと思い込んだ社長が激しい女遊びをしていることも、写真付きで一緒にばらしていた。
モモさんの最初の計画では、鬼頭クリーンサービスの不正をYoutubeで一気に暴く予定だった。ところが鬼頭クリーンサービスの処理施設は、意外にもまっとうな仕事をしており、不正の証拠をつかむのは難しい状態だった。
決定的な証拠をつかむため、モモさんは顧客に探りを入れ始めた。そのうちに、請け負う量と処理された量が違うことに気づき、どこかで不正に処理されている場所があるはずだと考えた。
ところがその場所がなかなかつかめない。
そこで一度、明らかな不正をしている別の会社の中に鬼頭クリーンサービスをむりやり組みいれて炎上させ、証拠不十分で放免されることを狙ったのだ。
相手を弱らせるだけ弱らせて、判断力を鈍らせる。
そうすれば、普段うさん臭くて受け入れられるはずもない者が付け入るスキができるはずだ、そう踏んだのだ。
その狙いは的中し、金時さんとよしおきさんは、内部に入り込むことができた。
社長は二人を自分の手駒だと勘違いし、転覆を招いた。
よしおきさんはフリーパスを手を入れた。
社長は「処理場に入るためのフリーパスを与えた」と思っていたが、社長以外は、「どこにでも入れるフリーパスを与えた」と勘違いした。
上の意向が下に正しく伝わらないのは、威張り散らす者がトップに立つ弊害だ。
「社長!あんな輩を放っておいていいんですか?」
「かまわん。俺が入っていいと許可したんだ!」
社長がいつものように怒鳴りちらせば、下は黙って従うしかない。その風土が、誤解を生んだ。
誤解はさらに大きくなっていく。
「工場長、あいつ入れてもいいんですか?」
「社長が許可したそうだ。あいつのことは放っておけ。」
誤解はついに末端へ。
「なんか、うろついてるやつがいるんですけどいいんすか?」
「工場長が放っとけと言ってたらしいぞ。社長がいいと言ったんだからいいんだろう。」
「ふーん。じゃ、ほっときます。」
こんな感じで、よしおきさんは、どこの施設にも大手を振って入り、その堂々とした様子で本社からの監査人のような扱いにまでなってしまった。
なかなかしっぽのつかめなかった不正の場所は、巧妙に隠されていた。
各事業所から廃棄物を集めた後、収集トラックは処理場の中へ乗り入れる。
半分だけ廃棄物をおろし、残り半分を積んだまま車庫に戻る。
車庫の奥にはバラック小屋があり、その中で残りの積み荷を降ろす。
バラック小屋は何の処理もされておらず、実質、不法投棄をしているようなものだった。
汚染物質は垂れ流し状態で、土壌はすでに汚染が始まっていた。
車庫は山の奥にあり、道は舗装もされてなかった。
途中のゲートには、日中は門番がおり、夜間はカギがかけられて入れないようになっていた。
彼らは、よしおきさんの前では積み荷をすべて降ろすパフォーマンスをしていた。だが見ていないときには、いつもと同じように積み荷を半分だけおろしていた。
しかし、よしおきさんは、すぐからくりに気が付いた。
どうしてわかったのかというと、タイヤのきしみの音が違うと言っていた。
よしおきさんは片目が見えない分、人よりも耳がいいそうだ。空っぽのトラックの音と、積み残しのあるトラック音は、車体の揺れる音やタイヤのきしむ音が違うらしい。
トラックに積み荷が残っているなら、処理場の後に行くところが怪しいということを探り当てていた。
本来なら、処理場以外には入れないはずだったが、上記のような勘違いで、よしおきさんは完全フリーな人物になっていた。
「すごいですね。」
そう声をかけたとき、よしおきさんは首を振った。
「ここまで俺がすんなり動けたのは、あなたのおかげでしょう。秘書のあなたがうまく立ち回ってくれなかったら、ここまでうまくいかなかったはずだ。」
「お役に立てて何よりです。」
私はにっこりとほほ笑んだ。
社長にかわってよしおきさんを処理場内に案内する前、私は処理場の工場長にこっそり耳打ちをした。
「社長の大事な客を連れてきた、これから彼はこの中を見て回る。ごまかさなければいけない『まずいこと』は、徹底的に彼から隠すこと。」
と。
工場長は頷き、こそこそと電話をかけていた。
「ああ、今日は君が担当だったな。今日の積み荷はきっちり全部おろしてくれ。ああ、またPR動画を撮るんだ。ああ、いや、今回は町の広報やテレビ局とかではなく、Youtubeに挙げる動画らしい。いつも通りやってくれればいいから。」
私は秘書とはいえ、処理場内部の内部には詳しくなく、もちろん不正のことは何一つ知らなかった。
よしおきさんから頼まれたことはただ一つ。「社長がまずいことは隠せといっていた。」と意味ありげに言うだけ。
工場長の態度から、工場長も運搬ドライバーも不正に加担していることが明らかになった。同時に、工場長は、秘書の私も不正について知っている『同士』であると思い込んだようだった。
それでいい。
工場長は安心して私に隙を見せるようになるだろう。