炎上鎮火3
「あのおっさん、調子に乗りすぎじゃねー?お前が来いやー!!!」
秘書から電話があって、すぐに会社に来いと言われたのが30分前。運転もしていないのに、金時は助手席でずっとぼやいている。悪態をつきながら、しきりに左手をさする。
「中堅企業の社長なんてあんなもんだろう。小物なくせに自分が一番偉いと勘違いしている。ありがちだな。それより左手痛むのか?冷房弱めようか?」
「へーきー。お前こそ明るいの大丈夫ー?」
金時が俺のサングラスの前に掌をかざしてきた。
「おいやめろ!」事故る!」
慌ててその手を払いのけると、金時はへへへと笑った。
俺が助手席側のパワーウインドを全開にすると、
「へーきだっつってんだろー! 過保護かー!!」
と言いながら金時がプイっと外を向く。生暖かい風が、金時の金色の髪をゆらした。
昔一緒に働いていたモモから連絡がきたときには、驚いた。モモが卒業してから一度もあってないから5年ぶりか?
モモがいなくなった後も、俺たちの日常は変わらなかった。モモは俺たちの中では群を抜いて酒に強かったのでモモの抜けた穴はそこそこでかかったが、それよりも大変だったのは外国人対応を再びやらなければならなくなったオーナーだろう。
「何言ってんのかわかんねえよ!日本に来るなら日本語しゃべりやがれ!!」
キレてるオーナーを見たのは一度や二度じゃない。俺たちはそこそこ楽しくやっていた。
コロナ禍になって、状況は変わった。
客足は急速に遠のいていった。外国からのインバウンドが減り、夜職の嬢も減った。キャバもフーゾクも客足が遠のき、嬢たちの収入減もなくなってきていた。必死に金を手に入れて通ってきてくれる嬢もいたが、嬢たちの羽振りもよくなく、ボトルがジャンジャンあくという世界ではなくなった
そのうち嬢もホストも、コロナにかかる人間が増えてきた。狭いところで話をする夜職は、一人が感染すると一気に感染が広まる。テレビでもやり玉にあがり、嫌がらせがはじまった。営業している店に嫌がらせをする馬鹿は想像以上に多く、看板を壊されたり壁に「店閉めろ」とスプレーで落書きされたりもした。
店を閉めようにも、閉められない。閉めた分、維持費は重くのしかかってくる。店賃は待ったなしだ。オーナーも頭を抱えていた。幸いオーナーの店は内装費用分の回収が済んでいたが、オープンしたばかりの店はその分の支払いのめどさえ立たないだろう。
とにかく感染症対策をするしかなかった。空気清浄機を増設し、ドアを開けっぱなしにして空気がこもらないようにし、30分ごとにアルコール消毒をし、手洗いうがいもしっかりと行った。それでも大規模感染が発生してしまった。店は即、営業停止に追い込まれた。
オーナーはそのまま店を閉めることを決断した。事務所は開けておくから、変えるところがない奴はそこで寝泊まりをしていいと言われ、家賃が払えず家を失ったものはそこで寝泊まりをすることになった。もちろん俺と金時もそこで生活をした。
大量の感染者を出したと連日ネットで叩かれた。店の名前、店の写真、ホストの写真や源氏名が面白おかしくリツイートされ、実家の場所や通っていた学校の名前、本名までさらされるホストも出てきた。
金時の実家も同じようにさらされた。田舎の旧家である金時の実家は、「コロナをばらまいた家」としてすさまじい村八分にあっているらしい。金時の携帯には、親戚中からの「二度と帰ってくるな!」という電話が狂ったようにかかってきていた。
怒りがわいた俺は、金時の代わりに怒鳴ろうと携帯を奪い取ろうとしたが、金時はひょうひょうと受け流していた。
「あいつらと縁が切れてちょうどよかったぜー。」
金時はにやりと笑っていた。
その後、俺も金時も発症者の仲間入りをした。というより、事務所で一緒に生活した奴は、みんな感染していた。全員かかっているのだから、事務所自体が隔離部屋となった。
とりわけ痩せて小さかった金時の症状は重く、集中治療室で生死の境をさまようことになった。
重症化しなかった俺たちの症状が落ち着いてきて、事務所には日常が戻りつつあった。国から支給された食料箱の中にはたばこなんぞあるわけがなく、金もないので買うこともできない。仕方なくコロナにかかる前に吸っていたシケモクを、灰皿から取り出して火をつけた。
ふと金時の携帯が鳴っていないことに気づいた俺は、充電ケーブルを差した。
充電するとすぐ電話が鳴り始めた。マナーモードにして音が出ないようにする。
相も変わらず「ひひじじい」「あほ女」「くず②」だの喜ばしくない人間たちからの電話だとわかる画面がでてくる。それを見ながら、「あいつ、死んじまうのかな?」とぼんやり考えた。
家族に縁がない人間というのは一定数いる。あいつが死んでもこいつらには連絡しないほうがいいだろうと思いながら、シケモクをもみ消した。
つい電話を取ってしまったのは、「ねえちゃん」と書かれた画面が見えたからだ。「ねえちゃん」という言葉をだけで、この人が金時の唯一の味方であったことがわかる。
金時が死にかけていることを、この人にだけは伝えておこう。
「なん、で?・・・なん、で・・・わ、私の、邪魔、を、す、するの?」
嗚咽交じりの声が聞こえてきた。
「つ、つかさの・・・つかさのせいでっ、私、だ、大好きな、あ、あの人、あの人の、おくさんに・・・
なれなく、なっちゃったじゃない・・・。」
金時が名家の出だということは、あいつが酔っ払ったときに話す内容からうっすらとわかっていた。それでも深く聞かなかったのは、俺も人に自慢できるような生い立ちをしていなかったからだ。
そんな金時が、姉の結婚が決まったことをうれしそうに話していたことを思い出した。
そうか、ダメになったんだな。
「あいつ、ほんとはツカサっていうんですね。墓にツカサってかいてやれますよ。」
向こうでハッと息をのむ声が聞こえてきた。
金時は死に損ねた。代わりに体の左側には、軽い麻痺が残った。
「ねえちゃん」から電話があったことは話していない。金時の退院前に、履歴は全部消した。「ねえちゃん」からの電話は二度となかった。
金時が左手をさするということは、あのおっさんに相当イライラがたまっているからだろう。
それでもおっさんの前ではそれを隠しているんだから、金時は相当我慢強くなった。
モモは英語が堪能で外国人の接客が得意だったが、漢字もろくに書けない俺たちを馬鹿にするそぶりは一切見せなかった。それどころか、気持ちよくお金を出させるために必死で盛り上げる俺たちのことを、「すごい。」と思っている節さえあった。
小・中時代、俺たちを馬鹿にするような奴らは、親の職業や自分の知識をひけらかすいけ好かない奴らばかりだった。まあ高校に入って体がでかくなってからは、お私学さまに通うそいつらを見つけては金を巻き上げて、昔の憂さを晴らしていたが。。。
モモはそういう奴らとは全然違った。本当はT大に行けるくらい頭がいいらしいとオーナーから聞いてはいたが、本人はそれを鼻にかけることもなかった。金時もモモのことは気に入っていた。
頭のいい奴にもこんなやつがいるんだな。
「自立してるみんなのほうがずっと偉いよ。俺は人の世話になってばかりだから。」
つぶれたホストたちを二人で開放しているときに、モモはボソッとそう言ったっけ。
なんて声を掛けたらいいのか考えた瞬間、金時が盛大に寝ゲロして、話は終わりになったけど。
そんなモモが連絡をしてきた。
「二人にお願いしたいことがあるんだ。二人にしかお願いできないことなんだ。」
モモが頼み事をするなんて珍しい。それだけで俄然興味がわいた。
「罠にはめたい奴がいる。手伝ってほしいんだ。」




