5.冒険と告白
「ミレーナ頼む!」
「はい! 『アイスランス!』」
結構連携も取れてきて、ミレーナが魔法で魔物を牽制している間にフロリアーノが剣を振り上げて魔物に向かう。
「久々に冒険者をやったがやはり楽しいな」
「はい」
今、ミレーナはフロリアーノに連れ回され、冒険者をしながら旅をしている。
街の中では手を握っているし、馬に相乗りする時には密着している。宿のベッドは別々だが、同じ部屋で寝ているし、フロリアーノが何を考えているのか、ミレーナには全然分からなかった。
「ミレーナ、俺といるのは楽しいか?」
フロリアーノに唐突にそんなことを聞かれて、ミレーナは考え込んでしまった。
楽しいか楽しくないかで言ったら楽しい。嫌なことはしないし、したくないことはしなくていいと言う。冒険者として旅をするのは楽しすぎる。魔法も楽しいし、剣も教えてもらったし、たぶん怜奈の退屈な人生より楽しいし、周りにいつも不満を持っていた追放される前のミレーナの人生よりも楽しい。それはフロリアーノが与えてくれたものだということも分かっている。
「楽しいです」
「俺のこと好きか?」
「好きか嫌いかで言ったら好きです」
フロリアーノが何を聞きたいのかが分からない。だから無難な回答をしてみたら、フロリアーノは一気に不機嫌になった。
「なんでだよ。好きだと言えよ」
「好きです」
「なんか違うんだよな。心がこもってない。早く俺に落ちろよ」
ーーそれは無茶振りが過ぎるのではないだろうか?
たとえ好きになったところで報われない恋になるんだから。王族と国から追放された女など、釣り合いが取れる訳がない。きっとフロリアーノは揶揄って遊んでいるのだと結論付けた。
「ミレーナ、俺のこと好きになったか?」
フロリアーノはまるで挨拶でもするかのように、毎日ミレーナにそう問いかけてくるようになった。
「好きですよ」
ミレーナはそう答えるが、フロリアーノはいつも不機嫌になって「違う」と言い張るんだから、もうどうしたらいいのか分からない。
「ミレーナ、キスしたい」
「はい?」
「俺のこと好きならキスできるだろ?」
ーーなんという勝手な理屈だろう。日本人としての怜奈なら、別にキスの一度や二度、挨拶みたいなものだと思えるが、この世界ではそうはいかない。キスなどしたら結婚させられてしまう。
フロリアーノはミレーナを妾にでもするつもりかと思ったが、追放された女など妾であってもリスクが高過ぎると思われた。
「キスなどしたら結婚することになりますよ? 困るのはフロリアーノ様ではありませんか?」
「いいぞ。結婚してやる」
「あなたはご自分の立場を分かってらっしゃらない。いけません」
軽々しく結婚するなどと言うフロリアーノに、ミレーナは呆れてしまった。
「俺は真剣だ。ミレーナと結婚したい。嫌か?」
急に真剣な顔でそんなことを言われて、ミレーナはドキドキしてしまった。「嫌か?」なんて聞き方は狡い。ミレーナだってフロリアーノに本気なのだと言われて嬉しくない訳がない。一人で心細い時に一緒にいてくれて、一緒にスローライフも送ったし、冒険者として旅までしている。共にいる時間は心地いいし、毎日楽しいと感じている。この先もずっとこんな生活が続けばいいのにとも思っているけど……
ミレーナは追放された身だ。本国では籍も抜かれて貴族ですらなくなっているかもしれない。それなのに、なんて答えればいい?
「ミレーナ、泣くほど嫌か?」
さっきまで真剣な表情だったフロリアーノは、今は心配そうにミレーナの顔を覗き込み、左手の親指でそっと溢れた涙を拭ってくれた。
答えられないまま、ミレーナは小さく左右に首を振った。嫌じゃない。嫌だと勘違いなどされたくない。
それでも、YESと答えられない理由がミレーナにはある。フロリアーノに迷惑をかけたくはない。追放された女がフロリアーノの妻に名を連ねることはできないと思った。
「私は、国を追放された女ですから……」
毅然とした態度で言ったつもりだったのに、想像以上にか細く震えた声が出て、ミレーナは自分でも驚いていた。
「そんなこと心配するな」
そう言って抱きしめてくれたフロリアーノの背中に、前はそっと腕を回すことしかできなかったけど、今日は腕を回してギュッと抱きついた。
「ミレーナは可愛いな」
フロリアーノはグズグズと泣くミレーナの背中をずっと撫でていてくれた。
「ミレーナ、王城へ行って兄上に相談してみようと思う」
「分かりました」
「ミレーナはあの丘の家で待っていてくれ」
フロリアーノはそう言うと、初めに二人で暮らした丘の上の家へミレーナを送り届けて、馬で去って行った。
ミレーナはフロリアーノがどこまで本気なのかが分からなかった。このまま待っていていいのか、この家をやるからここで一人で暮らせということなのか、行く宛てもないのだからと、ミレーナはしばらくはここで待つことにした。
たまに行商人のような人が食料を届けにきてくれるけれど、フロリアーノは一月待っても、二月待っても戻って来なかった。
そして三月が経とうとしているころ、馬の嘶きと馬車がガタガタとこちらに向かってくる音が聞こえた。
とうとうフロリアーノが帰ってきたのかと思い、外に出てみると、そこにいたのはお父様だった。
「ミレーナ、そのような見窄らしい格好をさせられて、さぞ苦しかったろう」
「お父様……なぜこちらに?」
「迎えに来たんだ。我が家に帰ろう」
ミレーナは父が何を言っているのか分からなかった。ミレーナは追放されたのだから、国に戻ることなどできない。父はミレーナがいない間に頭がおかしくなってしまったのかと思った。
「お父様、私は国外追放となった身です。国に帰ることはできません」
「できるんだよ。ほら」
父がミレーナに見せた書状には、[ミレーナ・デサンティスの国外追放を取り消す]と書かれていた。内容は、各国で魔物討伐に尽力し、その功績をもって罪を償ったこととするという内容だった。
国に帰れると聞いて、追放が取り消されたと知って、嬉しくない訳がない。しかしフロリアーノからの音沙汰がないまま出て行っていいのかが分からない。
「さあミレーナ帰ろう」
ミレーナは父の提案を断るわけにもいかず、父と共に馬車に乗り、実に三年振りに帰国することになった。