2.仕事を探す
とにかく仕事を探さなければ。
ミレーナは歩いている中年の女性を捕まえて、仕事を探したいのだと伝えた。
「仕事斡旋所に行きな。そこの角にある緑の屋根の大きな建物だよ」
お礼を言うと、ミレーナは教えてもらった建物に向かって歩き出した。
ーーこの国も言語は同じなのね。助かったわ。できれば住み込みがいいわね。あるかしら?
「住み込みですか? あるにはありますが、メイドや侍女の経験は?」
「ありません」
「それだと難しいですね。身元の保証をしてくれる人がいるか、実績がないと……
連れ込み宿や娼館の紹介でしたら、花街に行けば専門の斡旋所がありますよ」
ーーそれって風俗よね? まだ身を売る勇気はないわ。私にはそんな技術もないし。と途方に暮れることになった。
住み込みでない場合、どこかに部屋を借りなければならないが、そんなお金はミレーナには無かった。仕事を見つけても、帰る家がないのは困る。
最終手段として、家名を名乗って街長のところに押しかけるか……と考えたが、追放された今、それもなかなか難しいことのように思えた。
貼り出された求人を見てみたけど、住み込みはなかった。それでも、この国の文字が読めることが分かったし、書かれた金額から、一般市民の給料がだいたい月に銀貨三枚程度だということも分かったから、得るものもあった。
仕事斡旋所を出て、周りの人が話している内容に聞き耳を立ててみる。どうやって暮らしているのか、物の値段なども分かるかもしれない。
「お前、やっとギルドの安宿を出たのか?」
「これで冒険者として一人前になった気がするぜ」
「いや、まだだろ」
「銅貨二枚で泊まれるおかげで、この剣も買えたしよ! これからガンガン稼いで高ランク目指すぞ!」
ミレーナは男たちの会話に聞き耳を立てていた。銅貨二枚で泊まれる宿。これは聞くしかない。
「お兄さんたち、その話詳しく教えてくださらない?」
面倒くさそうな顔をした男たちだったが、彼らは優しかった。
冒険者は魔物を討伐したり薬草を摘んだり、清掃やお使いなどの依頼を受けて稼ぐ仕事だということ。冒険者登録をすると専用の宿に一日当たり銅貨二枚で泊まれること、貨幣の価値も教えてくれた。
ちなみに御者が渡してくれた硬貨は、銅貨と小銀貨だった。銅貨一枚でパンが二つ買えるらしい。普通の宿に泊まる場合は、安くても小銀貨二枚だということも教えてもらった。
「お兄さんたちありがとう! 稼いだら食事を奢るわ」
「ははは、ミレーナちゃんが早く稼げるようになるのを期待せずに待っといてやるよ」
ミレーナは彼らと別れると、早速冒険者ギルドに向かった。
ーーいい人たちでよかったわ。治安も分からないのに、たまたま尋ねた人が悪い人でなくてよかった。高位貴族や日本人の感覚ではダメね。これからは気をつけようと思った。
建物に入ると、人はほとんどいなかった。さっきのお兄さんたちに聞いた通り、受付があって、依頼の掲示板はランクごとに分かれて依頼が貼られていた。
「冒険者登録をしたいのだけど」
ミレーナは真っ直ぐ受付に向かうと、受付の女性にそう伝えた。
「あなたが冒険者に?」
受付の女性には訝しげな視線を送られたが、ミレーナにも登録して冒険者だけが使える宿に泊まるいう事情がある。それに色々な依頼があるということは、少しは稼げるだろう。ここで部屋を借りるくらいのお金を貯めて、それから別の仕事をするか考えようと思った。
「街の中でする仕事もあると聞きました」
「あぁ、なるほど。討伐依頼を受けないのならいいですが、戦闘される時は防具を身につけて下さいね」
ーー優しい人だわ。私のことを心配してくれたのね。でも大丈夫よ、こう見えて結構魔法が得意なの。このワンピース一枚という格好で山や森に入ったら足も腕も傷だらけになりそうだけど、森に入る時はちゃんと服を着替えるわ。
ミレーナは武器も使える。今は武器を持っていないけど、授業ではそれなりの成績を収めていた、はず……
忖度の可能性もあるので、武器はあまり期待しないでおこう、戦うなら魔法にすることを決めた。
この世界での本名はミレーナ・デサンティスだけど、悪評がこの国にも届いているかもしれないと思い、レイナで登録した。
無事、ギルドが提供する宿に部屋を確保したミレーナはようやくホッとした。
しかし安宿のため、風呂などという贅沢なものはなかった。体は濡らした布で拭くのだとして、髪はどうしているんだろう? 受付で聞いてみると、裏にある井戸で水を汲んでそこで髪を洗うか、川に行くのだと教えてくれた。
蛇口を捻れば水が出てくるような便利な世界ではない。ミレーナが今まで不自由なく過ごしてきたのは、侯爵家に仕える使用人たちのおかげだった。
ーー確かミレーナは使用人達にもキツイ態度だったわね……
気分が乗らないというだけで物を投げつけたこともあった気がする。ミレーナの記憶を辿ると、どれも頭を抱えたくなるようなものだった。