22.貴婦人のお茶会
「急なご招待だったので驚いてしまいましたわ」
「あら、いつも貴女の娘さんは私の娘を急に呼び出しますのよ。ご存じ?私、貴女の教育の賜物かと思っておりましたの」
ニッコリと笑うベアトリスに対して、ダニエラは困ったように首を傾げた。
ベアトリスは、アンナリーナから相談を受けた翌日にはサンドラとヴィオラの母であるダニエラとのお茶会の場を整えた。
決して邪魔が入らぬよう、自らの私室に招待する徹底ぶりで、ダニエラは護衛どころか侍女の一人も伴うことなく、たった一人で席に着いていた。
ベアトリスも給仕をするものを最低限配置しただけで、人払いをしていたので、温かみのある繊細な調度品で飾られたベアトリスの私室は、その意匠に似つかわしくない寒々しい空気で満たされることとなった。
ベアトリスは、扇子で口許を隠しながら言葉を続ける。
「私、これまでアンナリーナに良き手本となる二人の義姉がいることを、とても嬉しく思っておりましたの」
ダニエラはおっとりと瞬きをしながら、話の行方を窺っていた。口許を緩く笑みの形にしたその姿は、まるで繊細な磁器人形のようだった。
彼女はいつだってそうだ、とベアトリスは思う。真っ直ぐこちらを見てくる表情からは、内面の思考や感情が一切読めない。
――――案外何も考えていないのかしら?まぁ、でも。知らなかった、で逃がす気はないけれど。
ベアトリスはパチンと扇子を閉じる。
同時に一切の笑顔を消し、こちらを見つめてくるダニエラをまっすぐ見据えた。
「アンナリーナの婚約者を逆恨みする者をお茶会に呼んだばかりか、娘に騎獣を差し向けたんですって?」
「まぁ、そのようなことがあったのですか?」
ベアトリスの言葉に、さも初めて聞いたことのように、ダニエラは目を見開き、口許を押さえる。
ベアトリスは、その様子に倍の驚きをのせて、こぼれ落ちそうな程目を見張る。そこに、嘲りの気持ちが多分に滲んでいるのは仕方のないことであろう。
「あらまぁ、未成年の御息女の行動を、保護者である貴女が知らなかった。で、すまされるとでもお思いかしら?随分とおめでたい頭をしていらっしゃるのね」
侮蔑の気持ちを隠しもしない言葉に、ダニエラは表情を変えた。
しかし、元よりベアトリスは追求を緩める気もなければ、このまま穏便にすませる気もない。そうでなければ、わざわざこんな時に私的なお茶会など開くはずもない。
「でも、私は……」
「事が起こった翌日に、私が動く意味がお分かりになっていないようね」
ベアトリスはダニエラの言葉をさえ切り、鮮やかな赤い唇を吊り上げる。優雅にソファから立ち上がると、扇子の切っ先でつ、とダニエラの顎を掬い上げながら、ベアトリスは優しく微笑んだ。
「王家に皇太子のスペアは必要でも、王女のスペアは必要ありませんわね。ご自分の置かれた立場も分からず、分も弁えない、そんな分からん坊は成人を待つことなく、お外に出すべきだと、そう思わなくって?」
サンドラの王族籍を剥奪して追放するように示唆するベアトリスの言葉に、ダニエラは思わず膝の上で拳を握る。
「た、確かにサンドラは浅慮な事を仕出かしたかもしれません。でも、今の立場を追われるほどの事でしょうか?」
必死に言い募ったダニエラの言葉に、ベアトリスの目がキラリと光る。
――――かかった
ベアトリスは心の中でほくそ笑んだ。ダニエラもやはり自分の娘が可愛いのだろう。
「あらあら、アンナリーナが巻き込まれて怪我をしたかもしれない事態が大したことではないと?それともあれは、あなたのご指示だったのかしら?」
「私は何も……」
「あらそう。貴女ではないのね、良かったわ。ところで、貴女のお兄様はどうお考えなのかしら?連れてきた騎獣は一介の貴族にはとても用意できる数ではなかったそうよ。侯爵の位を持つクロンヘイム家と言えどね。騎獣達はアンナリーナの婚約者によって解き放たれたと聞いたわ。今、ベルマン公爵家の魔獣舎を調べて、不当に騎獣が減っていたら……可愛い姪の頼みにベルマン公爵は我を失ったと言うことかしらね?」
矛先が実家に向いたことに、思わずダニエラは息を詰めた。ベアトリスは追求の手を緩めず、可愛らしく首を傾げるは。
「アンナリーナに手を出されたとあっては、血族の我がカッセル公爵家も黙ってはいませんわ。ベルマン公爵家は王族の暗殺未遂により、王家だけではなく我がカッセル公爵家とも事を構えるおつもりかしら。ご存じ?」
三代公爵家は、同じ家格とはいえ、今は第一妃と、皇太子を排出したカッセル公爵家の勢力が一際強い。ベアトリスの父は宰相であるから、主要ポストは同派閥の者が幅を利かせ、皇太子の側近はカッセル公爵家の縁者で占められている。
無策で逆らえば、露骨にベルマン公爵家は排斥され、以後の政治的関与が難しくなるだろう。閑職に追いやられたら、這い上がるのは難しい。
しかも、ベアトリスの口ぶりではそんな生易しい制裁では済みそうもない。戦争も辞さない口ぶりであった。
ベアトリスは、娘可愛さに庇い立てれば、ベルマン公爵家が王族の暗殺未遂を企てたとして徹底的に争うと言葉の端々に滲ませる。
娘を取るか実家を取るかを迫っているのだ。ベアトリスとしては別にどちらに転んでも良かった。
ニッコリと笑ってダニエラの言葉を待った。
ダニエラは観念したように目を瞑る。
そして、先程と同じ言葉を繰り返した。
「……私は何も」
「あら、貴女何も知らないのね?分かったわ。では、全てこちらで対応させていただきますね。難しいことを聞いてしまってごめんなさいね。最後の娘との時間、大切になさって?」
ベアトリスは満足げに頷き、お茶会は終了した。