19.隠謀
これといった成果もなく、サンドラ主催のお茶会の日を迎えた。
尋問すれば死んでしまうのでは、捕えた者達から話を聞くこともできない。
エヴァはラタの収集してきた情報を、魔道具試作棟で聞きながら、一向に進まない事態に焦っていた。
ラーシュも日に日に口数が少なくなっていた。彼はエヴァには何も言わないが、ラタの報告を聞く限りでは、騎士団の雰囲気も良くなさそうだった。
早朝に迎えに来たベルタに連れられて、貴族然とした装いに着替えたエヴァは、重い足どりで馬車に乗る。衣装はもちろん、ベルタが選んで持ってきてくれたものだ。
桃色のふわふわした衣装を着たアンナリーナと合流して、お茶会の会場に向かう。アンナリーナも、どことなく疲れた顔をしていたが、エヴァがエスコートするために差し出した腕を、しっかりと握ってくれた。
案内された会場は、今回も外だった。
サンドラはガーデンパーティが好きなのかなぁ、とぼんやり考えたエヴァは、会場の様子が見えるにつれて、自分の考えを改めた。
会場にはサンドラとヴィオラ。そして、明らかに年が釣り合っていない年配者が三人。さらに、その5人を取り囲むように配置された、警備にしては多すぎる物々しすぎる集団。
「クロンヘイム侯爵……」
エヴァを掴む手に力を込めたアンナリーナが、ポツリと呟く。
ということは、後の二人はブラント伯爵とハーララ子爵なのだろう。オリヤン、エリアス、パトリックの父親だ。
「やられたわね」
アンナリーナが、空いた片手で扇を広げ、口許を覆う。
「何か企んでるとは思っていたけどねぇ」
苦笑するしかできないエヴァは、のんびりとした口調で言った。
椅子に座ったゲストを覆い隠さんばかりの護衛達の中には魔獣を率いている者もいる。
明らかに何かあります、という雰囲気に、エヴァは今すぐ回れ右をして帰りたくなったが、そういうわけにもいかない。
エヴァと、アンナリーナはゆっくりとサンドラの前に近づいていく。
「あら、アンナ。今日は傷心のお三方をお慰めする会ですのに……」
驚いた、と言うように目を見張るサンドラに対して、さらに大きく目を見張ったアンナリーナは、被せるように言葉を紡ぐ。
「あら、お姉さま。本日のお茶会の趣旨をわたくし初めて伺いましたわ。次回からは是非事前にお知らせくださいませね」
ニッコリとサンドラとアンナリーナが微笑み合う。アンナリーナはパチンと扇を閉じて、つっと護衛達を指で差す。
「それにしてもこの無粋な方々は?」
「私がお願いしましたの。先日、鼠や鴉の大群が現れたでしょう?今日も現れないとも限らないですもの」
「そうですか。そんなに恐ろしいのでしたら、落ち着くまで茶会は延期で結構でしたのに。魔獣まで引き連れて……」
「あぁ、それは、今回の余興にと思ってだね。オールストレーム公爵家の彼は魔獣を操れるのだろう?」
無礼にもサンドラとアンナリーナの会話を割って、クロンヘイム侯爵が立ち上がる。彼がさっと手を上げると、魔獣達の雰囲気が殺気立つ。
エヴァはその様子にやれやれとため息をついた。
まさか、こんなに堂々と仕掛けてくるとは。
王族をもし万が一巻き込んだらどうするつもりだろう?と、クロンヘイム侯爵をじっと見て、またため息をついた。
――――ダメだ。多分何も考えていない
狂気の宿るその眼には、見覚えがある。
目的の遂行しか考えていない、その眼は……。
――――オリヤン達と同じだ
クロンヘイム侯爵が手を下ろした瞬間、魔獣達が一斉にこちらに向かって飛んでくる。
「止まって」
エヴァは声を張る。まるで時が止まったかのように、一斉にぴたりと動きを止めた魔獣達に、クロンヘイム侯爵が狼狽える。その様子を横目で見ながら、エヴァは笑う。
「どうしたんです?余興でしょう?ご満足いただけましたか?……あぁ、これで足りないと言うのならば、彼らをあなた方の元に差し向けましょうか?」
「……な、何を」
じりっと一歩後ろに下がったクロンヘイム侯爵に、ふん、とエヴァは鼻を鳴らすと、頭上に向かって指を振る。
「もう良いよ。皆、お家に帰ると良い」
それは、もちろん魔獣舎にということではない。魔獣達のもともとの住処へ帰るように促した。これくらいの意趣返しは許されるだろう。
――――魔道具は後でラタに取ってもらうといいよ。
心で呟く。
一斉に彼方に向かっていく魔獣達にエヴァ以外の全員がざわめいていた。
その瞬間、ガサガサと茂みが揺れ、神官長と数人の神兵が現れた。
「全てこの眼で見させてもらった!やはり、魔獣を操るなど、悪魔の所業に違いない。その力をもって、いずれ国に牙を剥くに違いない!!サンドラ様、あの悪魔を捕らえる許可を!」
「えぇ、えぇ。確かに彼は危険すぎますわ。すぐに捕まえて!」
サンドラとクリストフの芝居じみたやり取りがあり、神兵達がエヴァを取り囲む。
「そうか、これが目的か……」
エヴァはため息を付く。このお茶会は他でもない、クリストフの前にエヴァを引きずり出すのが目的だったのだろう。
「エディ……!」
「ごめん、アンナ。ちょっと行ってくるよ」
心配そうにこちらを見つめるアンナリーナに、エヴァは力なく笑う。味方に出来そうな魔獣は先程全て解き放ってしまった。今のエヴァは丸腰だ。
魔獣ならともかく、人間相手にエヴァは無力だ。
なんと言っても、たった10歳の少女でしかないのだから。
それに、ここで事を荒立ててしまうと、オールストレーム公爵家の立場がなくなる。エヴァを信じて動いてくれているユーハンとラーシュのためにも、今はまだ、エヴァが魔法を使えることは秘密にしておいた方がいい。切り札の存在も。
エヴァは、大人しく投降した。