14.繋がる悪意
報告のために謁見に向かったランバルドを待っていたのは、王だけではなかった。王の側に当然のように佇むコンラードと神殿長にため息を吐きたい気分になる。そして、当然のようにいないアンディシュにも。
――――オールストレーム公爵は、いくら養子とはいえエディに愛が無さすぎではないか?
同じ年頃の子を持つ親としてランバルドは密かに憤っていた。
また、養い親から愛情を受けられない分、自分が守ってやらねばとも。ランバルドは一人、幼くして入団したエヴァに、ひっそりと同情を寄せていた。
――――大体、あのような幼い子どもが悪魔だなんて。一体何が出来るというのだ。エディは、普通の子どもだ。ただ魔獣と心を通わせることが出来るだけの……。
「報告を聞こう」
マクシミリアンから声をかけられ、ランバルドははっと、表情を引き締めた。
「は。本日の、鴉・鼠の異常発生ですが……」
「あの異教徒がやったに決まっている!」
ランバルドの報告を遮って、声を張り上げたのは神殿長のクリストフだった。
「ごみ漁りをする不浄の害獣を操るなど、悪魔らしい!あやつらは神聖な神殿も踏み荒らして行ったのだぞ!あぁ、忌々しい!!!」
妄言甚だしいクリストフの言葉に気色ばんだ表情をして、ランバルドは改めてマクシミリアンを見据えて声を張り上げた。
「ご報告いたします。今回の騒動に、エディ・オールストレームは全くの関わりがありません。騒動の最中、彼は眠っており、それを私は確認しております」
「ほう?都合よく寝ていたと?騒動は日中の事であったが?」
マクシミリアンはゆったりと腰かけた玉座の上で、顎を撫でる。
「はい。連日の疲労からくる、エディの顔色の悪さを心配した宮廷魔道具師長が、睡眠導入剤を処方したとの事です」
「そんな筈がない!きっと奴は寝ていても獣を操れるのだ!」
クリストフはわめいたが、ランバルドは元より、マクシミリアンも相手にはしなかった。
「では、エディ・オールストレームが原因ではないとして、鼠・鴉の異常発生の原因は何だ?」
「バルトサールの報告では、恐らく今回も魔道具が使われたのではないかと……」
「は、随分と都合の良いものだな。何でも魔道具だよりか?」
鼻で笑ったマクシミリアンの言葉にランバルドは口をつぐむ。その問いの答えを持ち合わせていなかったからだ。
「……しかし、魔道具であれば、犯行は誰にでも可能となります。今回の騒動は、彼の意識が無い時に起きたこと。そうと知らぬものが、エディに罪を着せようと動いている可能性があります」
静かに頭を下げるランバルドをつまらなさそうに見た後、マクシミリアンは手を振る。
「早急に原因の追求を。以上だ」
「は」
◆
謁見の間を出て、クリストフはギリリと唇を噛み締めた。
もともと、クリストフはエヴァの事を良く思っていなかった。
――――折角、力の無い王のお陰で神殿の権威が正しく評価されているのだ。魔獣を操るなどという、神のような力を持った人間――――しかも異教徒を、のさばらせておくわけにはいかないのだ。
先代の王が即位するまで王族だったクリストフは、虹の橋を渡って神に相見えたことがある。
神は魔獣を側に侍らすのだ。騎士団のように魔道具に操られた、意思の無い傀儡ではない。意思を持った魔獣を調伏し、意のままに操る。
それは正しく人ならざる所業だった。
そう、クリストフは、エヴァの能力を自身の優位を脅かす脅威だと考えていたのだ。そして、アンナリーナとの婚姻で、再び王家が力を持つことを恐れていた。
大義名分を手に入れてからは、全力でエヴァの排除に動いている。それなのに、彼女を排除することはクリストフが思ったより難航していた。
今日の謁見であっても、彼の意図した方向に話は進まなかった。
人目がなければ地団駄踏んでいたであろう彼に、後ろから声がかけられる。
「本日は残念でしたわね」
ばっと振り返ったクリストフは、相好を崩した。
「これはこれは、サンドラ様。こんな夜更けにどうされました」
「沢山の鼠が部屋を這い回ったでしょう?清めが中々終わりませんの」
現れたサンドラは頬に手を当てて、困ったわ、と首をかしげる。それに同意してクリストフは頷いた。
「だから、少しお話ししましょう?」とサンドラは笑う。
「私見ましたの。本日、勇敢にも騎士団に乗り込んでいかれていたでしょう?どうしてエディ・オールストレームを捕縛しませんでしたの?」
クリストフは、その時の事を思いだし、顔を歪めた。
「忌々しい。騎士団の連中の邪魔にあったのですよ」
その言葉に、サンドラはわざとらしく目を見張り、口許に手をやる。
「まぁ、恐ろしい。神殿の取り決めに逆らおうなんて」
「全くです。信心の足りない連中ですよ」
サンドラの同意に気を良くしたクリストフは、調子良くいかにエヴァが危険な存在で、早く捕縛するべきなのかを話す。
イライラを隠しもしないクリストフに、サンドラはにいっと真っ赤な唇を吊り上げた。
「そうですか、それは大変ですね。では、微力ながら私もお手伝いいたしますわ」