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【改稿版】守護者の乙女  作者: 胡暖
3章 悪魔裁判
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6.弟

 帰り道、エヴァは騎士団の寮に着くまで、馬車の中でなぜこうなったのか考えた。しかし、考えても考えても、原因はまるで思い当たらなかった。

 自室に戻る前に、戻ってきたことを伝えようとラーシュの部屋の扉をノックする。そして、いつも通り応答の声を待たずに部屋の扉を開けた。


「……あれ?ユーハン?」


 開けた部屋の中には、優雅(ゆうが)にお茶を飲むユーハンと、呆れた顔で腰を浮かすラーシュがいた。


「お前な、返事をする前に開けるなよ。……まぁいい。呼びに行く手間が省けた」


 ラーシュの言葉に曖昧(あいまい)に微笑んで、エヴァはラーシュの隣に腰を下ろす。


「ユーハン朝ぶりだね。どうしたの?」

「……面倒なことになった」


 エヴァは気軽にユーハンに声をかけたが、返ってきたのはいつもより数段重々しい声だった。

 深刻な表情のユーハンに、エヴァも顔を引き締める。横でラーシュも同じように顔を引き締めていた。


「エディ、お前が異教徒であることが最悪の形で露見(ろけん)した。神殿の働きかけによって、お前は悪魔裁判にかけられる可能性が高い」

「な……!!」


 要点を簡潔に伝えるユーハンの言葉に、反応したのはラーシュだった。再び腰を浮かし、机に手をついて身を乗り出している。

 エヴァはポリポリと頬を掻く。


「……らしいね。王女様に聞いたよ」

「お前は……!何を平然と……!!」


 エヴァよりも余程激高(げっこう)しているラーシュがどんと机を叩く。


「本日、王宮より緊急の召集令状が届き父上が呼ばれた。今頃、丁度話し合いの最中だろう。私はお前にこの事実を伝えるために来た」

「そっか、ありがとうユーハン」

「……オールストレーム公爵家としては、お前を守り切れぬかもしれぬ」

「……そっか」


 何かを諦めたように、微かに笑みを浮かべながら(うつむ)くエヴァを一瞥(いちべつ)して、ユーハンはぎゅっとこぶしを握る。


「……信仰するものが違うだけで悪魔などと……このような馬鹿らしいことがまかり通るものか」

「え?」

「公爵家としては表立ってお前をかばえぬかもしれぬが、私はお前を諦めない。……それだけ伝えておく」


 ユーハンの言葉にエヴァはポカンと口を開ける。言うことは言ったとばかりに席を立とうとするユーハンにエヴァは慌てる。


「ちょ、ちょっと待って。……それ、ユーハンは大丈夫なの?」

「……自分の命がかかっている時に、他人の心配などしている場合ではないだろう?」

「え、それって大丈夫じゃないってことじゃ……」


 一瞬エヴァは呆気にとられる。


「……どうして僕のために?」

「……お前も弟だからな」


 少しだけ目元をやわらげたユーハンに、エヴァは泣きそうになる。


 今のユーハンの言葉は、損得を考えてのものではないだろう。ただのエヴァを守ろうとしてくれた、その事が震えるほど嬉しかった。


 エヴァは、ぎゅっと拳を握る。


 そして、一度視線を下げたあと、エヴァはラタを呼びだした。隣でラーシュの肩が強ばったのを感じる。

 窓から部屋に入ってきた小リスの魔獣に、ユーハンは目を見張った。


「……こいつは」

「この子、僕の偵察部隊(ていさつぶたい)。ラタって言うんだ。故郷から連れてきたの」

「……何故急に私に?」

「僕もユーハンには危ない目に()ってほしくないから、僕の切り札を見せる」

「切り札……」

「うん、ラタは魔獣だから、魔獣だけが通れる『魔の道』を使って瞬時(しゅんじ)に移動できる。それに、ラタは小さき獣たちの声が聞こえる。今、情報を集めてるんだ。……ユーハンも何か分かったらラタに伝えて?ラタと呟けば、直ぐに来る」

「……便利だな」


 ユーハンは「ほう」と呟きながら(あご)を撫でる。

 エヴァはユーハンに頷き返した。


 ラタは弱いが、その代わりに諜報活動(ちょうほうかつどう)に特化している。普通の魔獣は、魔獣以外の獣の声を聞くことはできないが、ラタは鳥や(ねずみ)などの小さき獣の声を聞き、情報を集めることができる。

 これまではそこまでの警戒をしていなかったが、これからはこの王都中から情報を集めるつもりだった。


「僕も死にたくないから頑張る」

「ああ」


 ユーハンはくしゃりとエヴァの頭をひとなでして去っていった。扉が閉まるのを見送って、ラーシュが足を組む。


「それじゃあ最初から説明してもらおうか?このままだと俺だけ置いてきぼりだ」


 静かに立腹しているらしいラーシュに苦笑して、エヴァはこれまでのいきさつを伝えることにした。



 ◆



 ラーシュの部屋を出たユーハンは、その足で王宮を目指していた。恐らく話し合いがもうすぐ終わるだろう。出てきたアンディシュに呼び出しの仔細(しさい)を尋ねるつもりだった。

 事は一刻を争う。少しの時間も無駄にする気はなかった。

 城の前で待ち伏せたユーハンに、アンディシュは少しだけ目を見張った。


「……話し合いはどうなりましたか?」

「……それほど熱心になることか?」

「父上」

「ふん。ベルマンがきな臭い。ベルマンの思惑を暴くのに、あいつは良い餌になるだろう……それまで、生かすように動く」


 ユーハンは組んでいた腕を解いて、アンディシュに頭を下げた。ユーハンは別に自分一人で動いても良いと考えていたが、家の後ろ楯があるとないとではできることが変わってくる。アンディシュが、エヴァを生かす方向に舵を切ってくれたのは僥倖だった。


「……別にお前たちのためではない。家の利のためだ」


 アンディシュはつまらなそうに呟くと、ユーハンを振り返らず、馬車へと歩き出した。

 ユーハンは、アンディシュの後ろへ続く。帰りの馬車の中でもう少し仔細を尋ねる必要があるだろう。


 ◆


 その夜、エヴァの元にさっそくユーハンの伝言が伝えられる。ラタはその手に小さな手紙を持たされていた。ラタから受け取ってそれを読んだエヴァは首をかしげる。


「一昨日の爆発の件で、身の潔白を証明できれば悪魔裁判を回避できる……て、僕は完全に被害者なんだけどなぁ」


 ――――どうしてそんなことになったのか。全く意味が分からない……


 そう思いながら、エヴァは布団に潜り込む。


「まぁ、明日の朝、ラーシュに相談してみよう」


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