21.運命の日2
オリヤンの声に、凍り付くエヴァとラーシュ。
そして、エリアスとパトリックもむくりと起き上がる。
「……そんな馬鹿な!まだ動けるのか!?」
「……三人とも何か、魔道具を、持っているみたい」
オリヤンに喉元に剣を突き付けられたまま、エヴァはラーシュの独り言のような疑問に答える。
「おい!この孤児が傷つくのが嫌なら、お前は手を出すなよ」
ラーシュを睨み付けながらオリヤンがそう言うと、エリアスとパトリックがラーシュを拘束するべく動き出した。
ラーシュが抵抗するそぶりを見せると、オリヤンはエヴァに突きつけた剣を動かす。エヴァは、喉をそらすようにして剣を避けた。
「うっ……」
避けきれずかすった剣先が、エヴァの喉を傷つける。じわりと薄く血がにじんだ。
「くそ……!」
それを見て、ラーシュは動きを止める。
「はは、策は尽きたようだな!あの魔道具は1回しか使用できないんだろう?……お前はそこで、この孤児が無残にやられるところを指を咥えて見ているんだな!!」
高らかに笑うと、オリヤンはエヴァを地面に引き倒し、立ち上がる。
「やめろ……!」
叫ぶラーシュを嘲笑うかのように、オリヤンは見せつけるようにエヴァの頭を力一杯蹴り飛ばす。
「ぐ……!」
「やめろっ!!」
痛みに呻くエヴァ。ラーシュの叫びを、オリヤンは気にもとめない。
そして、エヴァの頭を靴で踏みつけ固定すると、刀身を下に向けた剣をそのまま頭上まで高く振りかぶる。
エリアスとパトリックに両腕を拘束されたまま、ラーシュは必死で首を振る。
「やめろ、やめろ、やめろ!!!」
ラーシュから視線をそらさずに、ニヤニヤとした笑顔を向けるオリヤン。
そして、振りかぶった剣をエヴァ目掛けて振り下ろそうとした刹那。
ラーシュの体が、ぶわっと光に包まれた。光の正体は、ラーシュの魔力だった。
膨れ上がった魔力は、一瞬とどまった後、ラーシュの周囲を巻き込んで爆発した。
辺り一面を覆う激しい砂ぼこりと爆風をもろにくらって、身動きがとれないエヴァは咳込む。オリヤンも咽ているが、エヴァを踏みつける足はそのままだ。
身動きできないまま、エヴァはラーシュの方を見ようと必死に目を凝らした。
「げほ、げほ……何が起きた…!?」
ゆっくりと砂ぼこりが消えていく。
そこにはラーシュだけが立っていた。
「な……!エリアスとパトリックは……!?」
狼狽するオリヤンを、ラーシュがじろりと睨み付ける。
ラーシュの体からは、魔力がほとばしっている。そして、ラーシュの腕に着いた腕輪が半分ほどに数を減らしていた。
「……お前も消し飛びたくなかったら、さっさとエディを離せ」
ラーシュの言葉に、オリヤンがぎりっと奥歯をかみしめた。
「はっ……そんな脅しが通じるか!」
オリヤンは、ぐっと、エヴァを踏みつける足に力を籠める。
「俺がこの孤児を殺る方が早い!」
オリヤンはそう言うや否や、エヴァに向けて思い切り剣を振り上げた。
その瞬間、ラーシュを取り巻く魔力がまた一段濃さを増す。ラーシュの腕輪が全て粉々になり、弾け飛んだ。
「がぁぁぁああああ!!!」
ラーシュの叫び声と共にものすごい魔力の塊が、オリヤンとエヴァに向かって、飛んでくる。
そのあまりの衝撃に、エヴァの上でオリヤンが成すすべなく消し飛んだ。
またしても、辺り一面の視界を奪う砂ぼこりに、エヴァは激しく咳込む。
「ああああああああああああああああああ」
ラーシュは、オリヤンが消滅したことにも気づいていないようで、魔力をあちこちに向かって爆発させている。
エヴァは目を見張った。
「……大変だ!我を失っている」
もはや敵味方、見境なしなのだろう。
バルトサールは、ラーシュの腕輪を魔力封じの魔道具だと言った。魔道具が消滅したことで、ラーシュは魔力を自分でコントロールできなくなったに違いないと、エヴァは気づいた。
「止めないと…!」
エヴァはよろよろと起き上がると、ラーシュの方へと近づいていく。
幸いにも、ラーシュは溢れる魔力の塊を闇雲に爆発させているだけで、特に何かを狙っているわけではないようだった。
エヴァは飛んでくる魔力の塊を受け止めながら、着実にラーシュの元まで歩いていく。
そして、エヴァはそっとラーシュを抱きしめた。
ラーシュはエヴァの腕の中でバタバタと暴れたが、エヴァはその手を離さなかった。
背中に手を回し、更にぎゅっとしがみつく。
ラーシュから膨れ上がる魔力によって、エヴァとラーシュは淡い光に包まれた。本来であれば、そのまま爆発するはずの魔力は、ゆっくりと、しかし確実にその勢いを失っていく。
二人の体を包む光が収まってきたところで、にわかに正気に戻ったのであろうラーシュに突き飛ばされた。
「何で!?お前……!!」
ラーシュの顔は驚愕に染まっていた。
「どうして……何ともないんだ?今、俺が……!」
そして、ラーシュは自分の両手を見たあと、その手で顔を覆った。
「俺は、俺は……お前を殺すとこだった……!」
エヴァは、ラーシュにそっと近づく。ラーシュはびくりと震え、何度も首を横に振る。
「来るな!来るな、来るな!!!……力を制御できないんだ……俺は傷つけることしかできない!こんなの……ただの化け物だ…!!!」
「ねぇ、見て、ラーシュ。僕が怪我をしている?それに今、君の魔力はどうなっている?」
エヴァの問いかけに、ハッとしたようにラーシュは動きを止める。そして自分の魔力の流れを確認した。
「魔力が……減っている!?いつも発散しても発散しても溢れそうだったのに……!」
エヴァは、ラーシュにいたずらっぽく微笑んだ。
「ねぇ、ラーシュ。君が秘密を教えてくれたように、僕の秘密も君に教えてあげる」
そしてエヴァは右手を上げる。
その手から、エヴァはほわほわと魔力の塊をいくつも作り出し、目の前に浮かべていく。
小さな魔力の塊は球体となり、淡く発光しながら空中を漂っていく。それは幻想的な光景だった。
その魔力の塊をラタが、ぱくりぱくりと食べている。
ラーシュは目を見張った。
「……お前、魔法が使えるのか?……いや待て、お前平民じゃ……?」
エヴァは魔力の塊を作り出す手を止めて、ラーシュににこりと笑ってみせた。
「これは君の魔力だよ。平民の僕には魔力はない。でも、僕はね、魔力を取り込んで自分の魔力として使えるんだ」
「そんな……馬鹿な…!」
あんぐりと口を開けたラーシュにエヴァはあっけらかんと言う。
「あはは、でも仕方ないよね。出来るんだから」
そして、ラーシュの両手を自分の両手でぎゅっと握った。
「君がこれ以上誰かを傷つけることがないよう、僕がずっと側にいる。魔力が溢れそうになったら、僕が吸収してあげる。もし君の魔力が暴走したって大丈夫。僕なら、君を止められる」
事態がうまく飲み込めず、ポカンとした顔のラーシュにエヴァは真剣な顔をして言った。
「二人なら、怖くない。大丈夫だよ、ラーシュ」
ラーシュは、エヴァの言葉を噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じた。
――――あぁ、コイツが欲しい。性別とか、年齢とか、そんなものどうだっていい
それは強烈な渇望だった。
ラーシュは、神が自分のためにエヴァを遣わしてくれたのではないか、そんな気持ちにすらなった。
家族愛として、ゆっくりと育てていた感情が、唐突に花開いたのだ。
――――コイツが側にいてくれるだけで、俺は人間になれる。
ぽろりと両目から涙を流すラーシュに、エヴァはおろおろと慌てる。
「な、泣かないでラーシュ」
「泣いてない」
「え?えええ?」