5.ニコライ
見習いになってすぐは仕事を覚えることが仕事になる。だがら、しばらくは年上の見習い達とペアになって行動するという。
見習い初日は、そのペアの発表があった。
演習場の入り口に大きな掲示板が立てられ、新人とペアの者の名前が対になって貼り出されている。
誰と組むことになるかは完全なランダムで、騎士団長がくじで決めると噂されている。年齢も家格も様々な相手と組む。これは、騎士団員としてどんな相手とでも組めるようにする訓練の一環らしい。
なんと、ラーシュはルーカスとペアになり、お互い分かりやすく絶望していた。
ラーシュが「何のために家を離れたのか」とぶつぶつ言っている声が、エヴァには聞こえた気がした。エヴァはルーカスとラーシュが少しでも和解できれば良いと思うが、二人の関係は拗れに拗れている。喧嘩しそうになったら自分が間に入ろう、エヴァは心に決めた。
二人から目を離し、エヴァは自分の名前を探した。
しかし、エヴァが名前を確認する前に、すすすっと近寄ってくる少年がいた。そちらに目を向けると、少年は決まりわるげに頬を掻く。
「お前のペアのニコライ・アンヌッカだ。……歓迎会で挨拶しようと思ってたのに、お前達めちゃめちゃに目立ってるからさ、声かけそびれたよ」
「あ、ベルタの…」
「あぁ、息子だよ」
ニコライは茶色い癖毛と、目元が母であるベルタによく似ていた。
エヴァはにこりと笑って手を差し出した。
「君がペアなんだ。心強いな。よろしく、エディ・オールストレームだよ」
エヴァの手を握り返しながら、ニコライはうーんと唸る。
「俺は、見習いの中でもまだまだ下っ端だし、お前のこと守ったりはたぶん難しいからな。俺自身はお前のこと虐めたりはしないけどさ」
「まったく母さんは無茶振りが過ぎる」とぶつぶつ言うニコライに、エヴァはクスクス笑う。
「君に守ってもらおうとは思ってないよ。普通に接してくれる相手がペアでよかった。仲良くしてくれると嬉しい」
そして、早速ニコライから見習いの仕事を教えてもらう。
まずは毎朝の魔獣舎・厩の掃除、そして、そこで飼育されている獣達の餌やり、訓練後は演習場の整備に、防具や武器の手入れといった細々とした雑用が一日中、多岐に渡ってある。訓練を行いながら、全てをこなすのは難しいので、班ごとに手分けして行うという。
エヴァ達の今日の仕事は、魔獣舎の掃除だった。
魔獣達の寝床の藁を敷き変えるのだが、糞尿を含んだ古い藁はズッシリと重い。エヴァは初めての経験に、最初は意外と楽しく仕事をしていた。しかし、普通でも重労働なこの作業が、小さいエヴァには余計に大変だった。すぐ根を上げる。
「ニコライ、ダメだ。これ大変だ。今日中に終わらないかも」
「えー、エディ全然出来てないじゃないか!もっと頑張れよ!」
ニコライに助けを求めても、彼も自分の分で精一杯だった。
エヴァは、ため息をついて、魔獣舎の魔獣を見る。そして不貞腐れたように言う。
「君たちのベッドなんだからさ、ちょっと協力してくれない?」
そうすると、たちまち魔獣達は自分の寝床の藁を各々の前脚や身体を使って、通路側に寄せ集め始めた。
ニコライは自分の作業の手を止め、あんぐりと口をあける。
「ありがとう!次は、この台車にその藁を積んでくれる?」
エディは魔獣たちの様子にうんうん、と頷き、台車を差し出す。
車輪のついている台車に乗せてくれたら、集積場まで運ぶのはそれほど大変ではない。
魔獣達は、エヴァに台車を差し出されると、せっせとそれに藁を乗せていく。
エヴァはニコライを振り返って叫ぶ。
「ニコライ!こっち運ぶの手伝って!藁を寄せるのはこの子達がしてくれるから」
ニコライは「マジか」と呟きながら、急いで台車を持っていく。
エヴァとニコライはせっせと汚れた藁を運び出した。
魔獣舎は広い、実はエヴァ達の他に3組の見習いが掃除をしていた。その内の1人が叫ぶ。歓迎会でエヴァに突っ掛かってきた人物だ。
「お前達、許可もなく魔獣を使って何やってるんだ!」
エヴァはキョトンとして答える。
「何って……君たちと同じ、魔獣の寝床の清掃だけど。何か問題ある?」
「魔獣に手伝わせたら訓練にならんだろう!ズルするな!」
「……訓練?魔獣舎の掃除でしょ?」
「全ての行動は訓練に繋がるんだ!これだから孤児は」
「あの、僕の身の上って今何か関係ある?」
先輩は怒気をあらわにエヴァに怒鳴り散らしているが、エヴァはその内容が全くぴんとこず、飄々と答える。その様子に、ニコライが慌ててエヴァに近寄ってきて、こっそりと耳打ちする。
「エディ、揉め事は不味い。適当に謝っちまえよ!」
「え?僕が謝るの?……何で?」
ニコライはエヴァに断られるとは思っていなかったらしく、目を白黒させアワアワする。
「何を揉めている?」
入団初日だったので見習い達の様子を見回っていたらしい副団長のウルリクが、魔獣舎の入り口から声をかけてきた。
ここぞとばかりに、エヴァに突っ掛かってきた相手が、ウルリクに訴える。
「聞いてくださいよ!ウルリク副団長。こいつ、魔獣舎の掃除を魔獣を使ってサボってるんです」
「……落ち着け、オリヤン。何だって?」
「こいつ、魔獣に掃除を手伝わせてるんです!」
もう一度聞いても意味が分からない、と首を振って、ウルリクはエヴァを見た。
「何をしたんだ、エディ」
「何って?僕の体格じゃ、寝床の藁をかくのが大変だから、魔獣達に藁を台車に乗せるのを手伝ってもらってただけです。……そんなに言うなら君もやれば良いのに」
エヴァは文句を言っていたオリヤンを軽く見やって言う。
エヴァの言葉に、言われたオリヤンだけでなく、全員が内心で『できるか!』と声を揃えた。
そして、エヴァは首をかしげてウルリクに問う。
「これ、何か問題ありますか?」
ウルリクは言葉に詰まる。
問題はある気はするが、別に魔獣を連れ出したわけでも、魔獣を使役して何か問題を起こしたわけでもない。
確かに、エヴァの体格ではこの仕事は手に余るだろうというのも分かる。
ウルリクは少し悩んでエヴァに伝える。
「まぁ、魔獣を外に出した訳じゃない。藁を運ばすくらいは良いんじゃないか?」
「……!副団長!?」
ウルリクの決定に、不服そうにオリヤンが叫ぶが、ウルリクは黙殺した。そして軽く両手を打ち鳴らす。
「ほら、皆手を止めず、掃除に戻れ!」
ウルリクの一言で全員掃除に戻った。
◆
「お前、今日早速なにかやらかしたらしいな」
訓練が終わり、エヴァはラーシュの部屋に来ていた。
事前の取り決めで、その日にあったことを報告し合う事にしていたからだ。
ラーシュの言葉に、エヴァは首をかしげる。
「魔獣達に掃除を手伝ってもらっただけだよ?」
がくっと、ラーシュは頭を下げる。
「それがやらかしてるんだよ」
何度言われてもエヴァにはそれの何が悪いのか理解できない。使えるものを使って何が悪いというのか。
エヴァは肩をすくめると、これ以上のお説教から逃れるために、話をそらすことにした。
「ラーシュ達は今日は何をやっていたの?」
エヴァの問いにラーシュは、言葉を詰まらせた。
そして視線を下げると、早口で言いきった。
「武器の手入れだ。部屋の端と端に座ってひたすら無言で刀を磨いた」
エヴァは広い部屋の中、無言で黙々と武器の手入れをする二人を想像して可笑しくなった。
口許を弛ませると、それを見咎めたラーシュが憮然とした顔で言う。
「笑うな」
「ごめんごめん。お互い、初日から大変だったね」