3.相談
「全く父上は何を考えているのか……」
エヴァとラーシュはその後、授業のためにユーハンの部屋に 向かった。
そして、エヴァは、顔を見るなりユーハンに嘆かれたのだった。ラーシュも同意するよう、うんうんと頷いている。
そう言えば、騎士団に行くようになったらユーハンの授業も受けられないなぁと、エヴァは思った。ユーハンにどうすれば良いか聞いてみる。
「授業をするほどの時間は取れぬだろうな。ただ、父上から入団後も定期的にお前の話を聞くようには言われている。週に一度は王城に上がるようにするので、困ったことがあればその時に言いなさい。ラーシュ、お前もだ。……まぁ、騎士団にはルーカスもいるから大丈夫だと思うが…」
ユーハンは言いながらきつく眉根を寄せる。
表だって父の考えを否定するようなことは言わないが、実際、心の中は荒れ狂っていた。
――――この年頃の3歳差は大きい。体力も技術も何から何まで違うのだ。他から目をつけられそうなことが分かっていて騎士団に放り込むような真似をするとは……しかも、我が家に利があるとは思えぬ状況で。理解に苦しむ。
だから、ユーハンは自分の出来る精一杯のこととして、アンディシュより報告を受けた後、徹夜で護身用の魔道具を作った。
最初は、エヴァだけに渡そうかと思っていたが、母の違う弟もまた目立つ容姿をしていることで、攻撃される可能性がある、と思い直した。
二人分の魔道具をそっと差し出す。
「物理的な攻撃に対して反転する魔道具だ。「反転」の呪文で発動する。首から下げられるので常に身に付けておくと良い」
エヴァとラーシュは各々、御守りを手に取り首から下げた。
「ありがとう!」
「……ありがとうございます」
◆
エヴァが『相談したいことがある』とだけ書いた手紙を、ラタ経由で送るとすぐに、アンナリーナから迎えの馬車が寄越された。
馬車に乗り、王城に向かったエヴァを、ベルタが迎えに出てきてくれた。
「ご無沙汰しております」
ニコニコとエヴァに対しても丁寧に頭を下げるベルタに、エヴァも笑顔で「久しぶり」と声をかける。
「しばらく振りですから、お嬢様のお話が終わりましたら、髪を整えましょうね。新しい流行の髪型を試してみたいんです」
最近は、頭の下半分を短くして、上半分を長めに残した髪型が流行っているらしい。エヴァは、流行など分からないので「よろしく」と答えておく。
「騎士団に入るんですって?」
エヴァが部屋に入るやいなや、アンナリーナから声をかけられる。アンナリーナは、ソファの上で足を組み、閉じた扇を手の上で弄びながら思案顔をしていた。
エヴァは頷いて、アンナリーナの前に座りながら、相談したかった事を話し始めた。
「うん、そうなんだ。それで、僕、寮に入ろうかと思ってたんだけど、ラーシュ…兄上に、妬まれて嫌がらせをされる可能性があるって言われて……」
エヴァの言葉に、アンナリーナは、もっともだと頷く。
「そうね。ましてや、あなた、本当は女の子ですものね。性別の秘密がばれる危険性はできるだけ排除したいわ。わたくしの婚約者として王城に住まわせることも出来るけど……これは最終手段にしたいわね……ベルタ、あなたニコライが騎士団よね?何か良い方法があるかしら?」
ベルタの息子で、アンナリーナの乳兄弟であるニコライが騎士団にいることから、ベルタは多少、見習いの内情を知っている。
アンナリーナの問いにベルタはうーんと唸る。
「そうですねぇ。日中は、騎士団長様の目がございますし、そうそう無茶なことはできないかと……。寮に関しては、高位貴族の方は個室を使われるはずです。ご兄弟のラーシュ様のお隣にすれば、他の方は手出しがしにくいでしょう」
「ふむ、まぁそれが妥当ね。部屋割くらいなら干渉も容易いでしょう。後はお風呂ね」
「騎士団の寮の個室は確か、ご自身で持ち込めば使えるように、部屋に湯の出る魔道具が使える場所が設置されていたはずです。大浴場は使用できませんが、それで事足りましょう。もし、湯船につかりたい場合は、こちらにいらした際にご準備いたします」
「ふむ、では湯の出る魔道具を準備しましょう」
手際よくアンナリーナとベルタが話を進めていく。寮に入っても、何とかなりそうな様子に、エヴァはホッとした。
そこで、ベルタがポンと手を打った。
「そうですわ。騎士団ですが、入団前に集団での健康診断があるはずです」
「それは不味いわ……適当に口実をつけて、不参加ね」
話し合いが終わり、エヴァはベルタに髪を切ってもらう。
「うちの三男坊は、見習いになって1年ですが、エヴァ様のことをしっかりお守りするように言っておきますからね」
切り終わった後の髪を払いながら、笑顔でそう言うベルタにお礼を言って、エヴァは城を後にした。
◆
「……どうしてエディを騎士団にやるのですか…」
エヴァが、アンナリーナに会いに王城に向かった頃、アンディシュに呼ばれたラーシュは、執務室に入って開口一番そう聞いた。
アンディシュはその問いを、馬鹿にするよう鼻で嗤った。
「ふん、騎士団の主な敵は魔獣。魔獣に襲われないあいつが側にいれば、お前の盾がわりにはなろう」
ラーシュはきつく拳を握る。
「お前は失えない。今は機会ではないが、その時になれば……分かっているな」
アンディシュの言葉に理不尽さを感じながらも、飲み込み頷く。
入団はもうすぐそこまで迫っている。
入団後は出来る限り側にいて守ってやりたいとは思うが、ラーシュにも優先順位がある。
それでも、あの屈託無い笑みが失われるのは嫌だな、と思う。
各々の思惑を孕み、季節が変わる。