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【改稿版】守護者の乙女  作者: 胡暖
1章 貴族の養子
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2.出会い

 急に外がざわつく。


「嘘だろ、そんなまさか」

「フェンリルがもう1匹なんて」


 断末魔(だんまつま)の声が馬車の外で響き渡る。その声たちはしかしそれほどたたずに収まった。

 次にドンドン、と扉に体当たりする音。


「…フェン?」


 エヴァの声に呼応するように、体当たりの音が強くなる。ミシッと言う音を立てて、壊れた扉から白い鼻づらがのぞく。

 そこにいたのはリルよりもさらに一回りは大きい立派な狼。

 彼は、あっという間に外の男たちを片付けて、妻と息子を迎えに来たのだった。


「ごめんね、フェン。この網、変なの。力が出ない」

『こちらこそ巻き込んで悪かったな、エヴァ。ケガはないか?』

「うん、ルルもリルもケガはないよ」


 フェンは頷き、手前にあったエヴァとリルの入った網に噛みつく。

 何度か格闘(かくとう)した後うなる。


『本当だ、食いちぎれない…』

「フェンでも無理だとなると困ったな…外に引きずり出すことはできそう?」

『それなら何とか…』


 うんしょうんしょと、フェンがリルとエヴァの入った網を馬車の外に引きずり出そうとする。

 しかし、急に動作を止めて、フェンが耳をぴんと立てた。


『…何か来る……スレイプニルか』



 フェンの言葉に、薄く目を細めたエヴァにも、黒馬の形をした魔獣が2頭駆けてくるのが見えた。


「人が乗っている?」

『おかしいな…奴らも人には慣れぬ獣。なぜ…』


 フェンが牙をむき出し警戒(けいかい)の姿勢をとる。

 声を張れば聞こえるくらいの距離を開け、黒馬が止まった。

 乗っていたのはそれぞれ少し色の違う金髪の男性だった。先ほど対峙(たいじ)していた、ならず者たちの薄汚(うすよご)れ、すり切れた服とは違い、首元まで(えり)のある、(そろ)いの黒い服を着ている。

 エヴァは軍人を見たことがないのでわからなかったが、それは軍に所属する人間の着る制服だった。

 二人は各々に剣を構えている。

 そして、エヴァ達の方を見て息を飲んだように見えた。


「おぉい!君、大丈夫なのか!?何があった!?」


 いくらか若く見える、オレンジの瞳の男性の方が、エヴァに向かって話しかけてきた。エヴァは素直に問いかけに答える。


「わからない。20人くらいの男たちが、いきなり現れて、この網で捕まえてきた」

「…20人くらいの男たちね…」


 男性は呟きながら、あたりに散らばるならず者の残骸(ざんがい)を見渡した。そして、再び向けられた視線に、エヴァは肩を竦める。


「フェンがやつけてくれたんだ」

「フェン…?君、フェンリルと一緒にいるけど、そのフェンリルは君の騎獣(きじゅう)かい?」

「騎獣?」

「君とそのフェンリルは意志疎通(いしそつう)ができるのかい?」


 エヴァはその問いに対しては、少し考え、慎重(しんちょう)に頷いた。

 フェンがエヴァに話しかけてくる。


『こいつらも#やる__・__#か?』


 エヴァはフェンを見据(みす)えてゆっくりと首を振った。

 頭の中で、「敵か味方かわからない。ちょっと様子を見る」と伝える。


 オレンジの瞳の青年が再び話しかけてくる。


「俺はルーカス。見ての通り騎士団の人間だ。君の名前を教えてくれるかな?」


 エヴァは先ほどの意味ありげな男たちの視線を思い出し、とっさに性別を(いつわ)ったほうがいいのかと思いを巡らせる。とりあえず、エヴァという名前はまずい。一発で女だとばれてしまう。


「…エ…エディ」

「エディ、君を保護したい。ご両親は?」


 ルーカスはエヴァの見た目から、少年だということを怪しみはしなかったようだ。そのまま話を続けてくる。エヴァは首を振って答える。


「両親は死んだ」

「…なぜ?そこの密猟者(みつりょうしゃ)たちに(おそ)われたのか?」

「母は、自分を産むときに。…父はその後を追って」


 エヴァの答えに一瞬、痛ましそうに眼を伏せ、ルーカスは続ける。


「すまない。では、保護者は?」

「神殿に」

「…孤児(こじ)か。…よかったら、俺の家に来ないか?」


 一般に、神殿に保護者がいるということは、神殿内の孤児院の所属であることを指すことが多い。

 だから、ルーカスの判断も間違ってはいないのだが、彼は気づかなかった。

 エヴァのその抜けるように白い肌も、散切りではあるものの(つや)のある髪も、何より労働を知らないその手の綺麗(きれい)さも。どれをとっても、大切にお世話をされる立場の人間が持っているものだと言うことに。


 エヴァはルーカスの言った言葉の意味がよく分からなくて首を傾げた。

 ルーカスの横にいた、グレーの瞳の男性が、フェンから目をそらさず、警戒を解かないまま声を上げた。


「おい、連れ帰ってどうする気だ!」

「ウルリク副団長……ここはうちの領地です。親父に判断を(あお)ぎます」


 ウルリク副団長と呼ばれた男性は納得していないような顔をしたまま、ふんと鼻を鳴らす。


『エヴァ、どうする?まだ様子を見るか?』


 フェンが話しかけてきて、ぼんやりと成り行きを見守っていたエヴァははっとした。

 よくは分からないが、ルーカスはエヴァを彼の家に連れ帰ってくれるようだ。

 今の家では、エヴァの欲しいものは一生手に入らない。

 このまま家に戻ったら、きっとエヴァはもう一生決められた定めのまま生きることになる。


「うちなら、腹一杯ご飯が食べられる、髪だって綺麗に整えてやれるし、服だってそんなお下がりのぶかぶかじゃない、エディだけのものが用意できる。…どうかな?」


 正直、今だってお腹一杯食べてるし、髪も綺麗にしてもらっている。この服はたまたま着てきただけだ。だけど、そんなことはどうでもいい。大事なのはここではないどこかに行けるということ。


「……行こうかな」

『おい、エヴァ!』


 フェンに向かってにっと笑顔を見せる。次にルーカスに向かって軽い調子で言った。


「とりあえずお兄さん、ここから出してくれる?」



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