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Fire.06 いざこざ

「ん~……」


 天井が見える……ぼやける。起きようと考える……。ダメだ、頭が痛い……。でも、もうちょっとで家を出る準備をしなければいけない。でも身体が起き上がろうとしない。


 これは……。


「かんっっぜんに、二日酔いだぁ……」


 昨日は会社の新入社員歓迎会。新橋にある大きい居酒屋を貸し切って、かなりの人数で宴会が開かれていた・当然私も招かれていたから参加したし、お酒も呑んだ。控えめにしておいたはずだけど、どうにも調子に乗ってしまったようだ。


「み、水……とにかく水を……」


 お酒は自己責任。だから今日も張り切って出社しないといけない。準備もしなければいけないからと、半ば強引に起きた私は、少しでも症状を楽にするために水を1杯飲んで、常備してある二日酔い対策の飲み薬も飲む。そこまでお酒には強くないからと、常に切らさず持っていたのが功を奏したようだ。


「うぅ……ちょっと楽になったし、そろそろ準備しよ」


 まるで昨日なんてあったのかと思うくらい記憶がないけど、その都度確認すればなんとかなるだろう。そう考えた私は、記憶を呼び起こすことはやめて身支度をし始めるのだった。


  〇 〇 〇


 遅刻かとヒヤヒヤしたが、2分ほどの差で間に合った私は時間になると今日のスケジュールを確認するためにメモを開いてみた。しかし、メモ帳の予定は真っ白。たいていは頼まれた書類整理や書類の作成の期限が書かれたりしているのだが、今日にいたっては何もない。だったらこの先締め切りの仕事を片付けようと思ってページをめくってみるが、締め切りと書かれたものには全て丸印……つまり終わった印がついているではないか。


「あれ……?」


 てっきり、私は何か仕事が2個3個あるものだと思っていたが、何もない。明日締め切りの社内の企画書作成の研修も、明々後日締め切りの報告書も。じゃあ仕事ないじゃん。やること探さないとじゃん。課長に言って仕事もらってこないとじゃん。


 何かを忘れているような、何かが引っかかった気になりながら課長デスクに行くと、どこかで見たことがある女性社員が”バン!”と課長のデスクを叩いていた。


「で・す・か・ら! なぜ山梨観光協会の件に私を推薦していただけなかったのかを聞いているんですわ! 私もしっかり仕事をしてここまでミスなく続けているではありませんか!」

「はぁ……いい、田中ちゃん。ミスの量とかそういうのではないのよ」


 入り口付近で少々聞き耳を立てていると、どうもややこしいことになっているようだ。課長デスク前で熱く自分のことをプレゼンする女性は、私が受けた山梨観光協会の案件に自分が推薦されなかったことが気にくわなかったようで、今からでも担当を変えろと言っているようだ。いつもは真摯に部下と向き合う課長も、今日ばかりは面倒くさそうだ。


『な、なんかやばいことになってますね……」

『ですね~。田中さん、仕事のミスとかはないんですが、ちょっと厄介なヒトらしいですよ』


 無意識に入り口近くのデスクの裏に隠れていると、そこのスペースで働いている男性社員がこっそりと教えてくれた。聞けばこの田中さんという人は私の同期で2つ隣のブースにいる人だそう。仕事で今まで事件や事故を起こしたことがないけど、高飛車な性格と少し人を見下すような発言があることで、近寄りがたい人物になっているそうだ。言われてみれば話し方がちょっとお嬢様っぽい気がしなくもない。というかなんで私隠れてんの?


「ひとまず、今決まってる担当の人呼んでください! そこでどっちがふさわしいかを決めてくださいまし!」

「えぇ~」

「えぇ~」


 田中さんが意味不明な発言をした瞬間、課長は抗議の声を上げてみせるが……それと同時に私がだした「どうしてこうなった」という意味の声が見事にハモる。意味は違えど、明らかに不満げな「えぇ~」がブースの中に充満すると、田中さんは課長以外の声の主を探すべく頭を左右に振っている。あー、もうこれ面倒くさい。課長に迷惑をかけるわけにもいかないから、ここは私自ら出ていくべきだ。


「誰よ! 今課長のほかに『ええ~』って思いっきり言った奴誰!? 出てきて!」

「あっはい」


 よしいっちょやったろうと勢いよく飛び上がったはいいけど、いきなりの激昂に少し委縮してしまった。そんな情けない登場にいち早く気づいた課長は何かを止めようとしたけど……それよりも田中さんがこちらにやってくる方が早かった。


「ちょっとあなた! 私になんか文句ありますの!? 山梨の案件を私が担当することになんか不満でもありますの!?」

「あ、いえ。だって、私がその案件受けてるので」

「あら……明乃ちゃん、それ自分で言っちゃうのね。度胸ある~」

「はぁ!? これが!? この女が!? めっちゃどこにでもいる会社員っぽいのが!?」


 そうです。私はまだ入社して2か月ちょっと経ったどこにでもいるイッパンオーエルという哺乳類の生き物です……そうです、この私が担当なんです。なんでやるって言ったか忘れたけど私が担当です、はい。


「ひ、と、ま、ず。二人ともこっち来て。どうして明乃ちゃんに話を持っていったかを説明するわ」

「わ、わかりましたわ……」


 なんか飛んで火にいる夏の虫のように戦火に飛び込み参加をしてしまったように感じるが、どうせあのまま隠れていても、社内メッセで呼ばれていただろうから関係ない。そう思って課長デスクの前に半ば引きずられていくと、最初に課長は私に向かって話しかけてきた。


「ごめんなさいね、面倒ごとに巻き込んで。先に要件を聞くわ」

「あ~、はい。今日やる仕事がないので何か回していただけたらな~っと」

「あら、確か明日締め切りの書類作成を任せていたはずだけど……それはどうなったのかしら? ごめんなさいね、昨日つい呑みすぎて記憶があいまいなのよ」

「え~っと、確か一昨日に確認もらってOKを貰ったはずですよ」


 速報、まさかの課長二日酔い状態。宴会を仕切りながら、居酒屋の隅っこで大ジョッキビールをがぶ飲みしているのを見かけたが、確かにその量は二日酔いにレベルで多かった。私は梅酒2杯でかなり危なかったし二日酔いしたから、相当酒には弱いタイプなのだろう。


「……確かにそうだったわね。じゃあ、明々後日締め切りの報告書は?」

「それは……確か昨日の朝に共有ドライブに入れて、そのことは社内メッセで報告したはずですよ」

「……本当だわ。オーケー、記憶が曖昧だから、これはあとで見ておくわね。ちょっと待ってて頂戴ね」

「了解です」


 と、いうことは今日も私は調べものとかを中心にした生活になりそうですな……調べものと言ってもいい企画書の作り方とか、よく総務部が使うアプリの便利な裏テクとかばっかりだけど。しかし、また会社の中うろつきウーマンにならなくて済んだと考えていると、課長はいつの間にか田中さんの方に向いて話を始めていた。


「今の聞いたかしら? 今のが彼女を今回の案件で推薦した理由の大部分よ。最初のうちだから締め切りは相当遅くにしているけど、締め切りの数日前にはしっかりと言われた作業を終わらせてちゃんとわたしに報告した内容も覚えているでしょ?」

「そ、そのくらい私だってできてますわ!」

「いいえ、あなたの場合は締め切りギリギリが多いし、積極的に仕事を貰いに来ないじゃない。この子は仕事が終われば直接私に仕事があるか聞きに来て、なければ他の部署の仕事を手伝いに行くのよ。そこの差が大きいわ」


 いやいやいや。あれ課長のあなたに言われたから社内を社内を巡回してるんですからね? 部署によってはまたこの人来たわ総務部暇でいいなって言われてるんだからね!? 確かに新人だから難しい仕事振れないだろうから振るの慎重になるのわかりますけど、ここ広すぎるから結構回るのキツイんですからね!!


「じゃ、じゃあそちらの方に聞きますわ。あなた、今回の山梨の件譲ってくださいますわよね? そんな仕事を色々手伝ったりしているようではさぞお疲れでしょうし、出張もあると聞きましたわ。完璧にできるかどうかわからなくて不安そうですから、私が変わって差し上げますわ!」

「え、嫌ですよ」

「はぁ!?」

「だって……だって……! じゃないとまた地味~に激務な社内巡回をしないといけないんですよ! 重い印刷用紙持ったり機械音痴にパソコン教えたりするの結構大変なんですからね!」


 あ、しまった。心の声が漏れてしまった。しかし、こればっかりは言いたかった。そこまで力がない私は、そこまで重いものを運ぶことができない。しかし、たいていの雑務は結構な重さがあるものの運搬だったり買い出しだったりがほとんど。楽なのはPMC課のカリンちゃんにパソコンを教えることだけど、そちらもそちらで精神的に疲れる。いつでも壊しそうな行動ばかりするんだもの。


「と、とにかく。私は今回ばかりは譲りませんよ……! 課長、次の仕事ください」

「わ、わかったわ。だったら、共有ドライブの中のファイルの整理を頼むわ」

「わかりました。それでは」


 これ以上ここで話してても無駄だと思った私は、強引に課長から仕事を1つ貰うとデスクを後にした。去り際に田中さんがこちらに鋭い眼光を送っているのを感じたから、明確に敵意をもたれてしまったことがわかった。


 もしかしなくても、面倒なことになった?

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