Fire.04 受け取りに行ってきます
総務部の本格的な仕事が始まってから1週間ほどが経過した。特にこれといったトラブルはなかったし、課長や周囲の人も優しいから何か不安になるようなことはなかった。色々業務も覚えてきたし、簡単な書類の仕事や備品発注の仕事を任せてもらえるようになった。
「課長、おはようございます。これが先ほどお伝えした発注書です」
「はい、ありがとう。確認するからちょっと待ってちょうだい」
「わかりました」
今日は朝から頼まれていた備品の発注書を作成して課長に提出しに来た。昨日は残業をしてみてもよかったけど、課長が「明日来てすぐに作っちゃえばいいから無理に残業はしなくていいのよ」と言ってくれたので帰った。その代わり10時の始業開始よりも1時間くらい早く来て作成をはじめたけど。
「うん、OKよ。じゃあ、次に割り振る仕事を考えるから、一度違う部署の様子を見てきてくれるかしら? なんか雑務があったら手伝ってあげて」
「わかりました!」
「ああ、それと。今日の夜、予定開いてるかしら?」
「えーっと……予定はないですよ」
夜に予定がないか聞かれた!? もしかしなくても変な事される!? もしくは残業してくれって感じ? 残業は一度してみたかったからいいけど、前者だとしたら即適当な理由をつけて逃げようそうしよう!
「ああ、別に変な事じゃないわ。今日はわたし主催で新入社員の歓迎会をやるのよ。だからあなたもどうかと思ってね」
「そ、そうですか。だったら行こうかな……」
「わかったわ。じゃあ定時になったらまたここに来て。そ・れ・と、PMC課にも伝えてきてくれる? ミッキーハブったら拗ねられちゃうから」
「ミッキー……ああ、大空課長ですか。わかりました、今から伝えてきますね」
大空課長の下の名前は美紀。だからミッキーなのか。うちの課長はどうも色んな人に愛称やあだ名をつけているようだ。この前も総務部部長の人をヒューちゃんと言ってたし。私はいったいどんなあだ名をつけられるのかと、ワクワクとビクビクをミックスした謎の感情に襲われてながら課長のデスクを離れた。ひとまずPMC課に新入社員歓迎会のことを伝えに行かねば。
一度自分の席に戻った私は、スマホだけとって下のフロアにあるPMC課のエリアへ。今日は10人くらいで払っていたが、大空課長は今日もちょこんとデスクに座っていた。
「失礼しま~す……長谷川課長からの伝言を伝えに来たんですけども」
「ああ……えーっと、確か柊だったか。ご苦労様だ。して、伝言とは?」
「はい、今日は自分主催で新入社員の歓迎会をするからどうか、というものです」「ほう、そうかそうか。今年は少し忙しかったからこの時期になってしまったけど、歓迎会やるのか! もちろんPMC課も新入りを連れて参加させてもらおう!」
宴会と聞くや否や、踊りだしそうな勢いで喜びを露わにする大空課長。見た目だけで言えば未成年の飲酒みたいに見えて犯罪臭がやばい。もっとも、短大からの入社6年目だそうだから私よりも4年上なのだが。
やっぱそうは見えないよなぁ~……。
「いま、絶対うちのこと子供っぽいと思っただろ」
「い、いえそのようなことは……あ、そういえばですね。今手持無沙汰になったので、他の部署でなんか雑務とかの仕事とかないかを聞いて回ってるんですが……何かありませんか?」
「ぜっっっったいまだ子供だと思ってるだろ……まあいい、雑務とかの仕事だな。それだったら、ちょっとばかしお使いを頼まれてはくれないか? 例のパソコンが新宿の家電量販店に着いたそうだから、今日受け取りに行かないとなんだ。ただ、今日は依頼が来て結構出払ってしまっててな」
なるほど、おそらくそこそこの規模のイベントとかがあって警備を依頼されたりでもしたのだろう。さっきカリンさんがいたブースものぞいたけどもぬけの殻だったし。なんもなかったらパソコンを教えてあげようと思ってたりしたんだけど。まあいっか。
「運転免許は持ってるか?」
「はい。一応」
「よし。じゃあそっちの上司にはうちから言っておくから。もうちょっとでお昼時だし、ついでに昼食もどこかで食べて帰って来るといいぞ。社用車の鍵は事務員さんにもらってくれ」
「了解しました!」
運転免許を持ってるとはいえ、そこまで運転に慣れているというわけでもないんだけどなぁ……でもここから新宿までだったらそこまで……でも交通量多くてなんか怖そう。安全運転で頑張らねば。
〇 〇 〇
社用車に乗って新宿までやってきた私は、お昼も食べてきていいと言われたので適当なファミレスに入り昼食を食べてから教えてもらった家電量販店に。昼食を食べている時に長谷川課長から追加オーダーでマウスとかの備品予備を買ってきてほしいと言われたので、パソコンを受け取ってから買っていくことに。
「え~っと、受け取りは3階ね」
それにしてもここの電気屋は広い……新宿の一等地でこれだけの売り場の広さをしているくらいだから、ものすごく売り上げがあるんだろう。じゃないとこんなでかいところを維持できないだろうし。
そんなことを思いながらエスカレーターを使って3階まで行って会計の場所を目指す。どこにあるかわからずに2周くらいグルグルと売り場を回ってからようやくレジを発見。ファイルから受け取っていた伝票を取り出して確認。よし、間違いない。
「すいません、これをお願いしたいんですが」
「はい、こちらですね。確認してまいりますので、少々お待ちください」
何も持たずにレジへとやってきた私に怪訝そうな顔を見せた店員は、見せた伝票を見ると驚いた顔をして裏へと下がっていった。金額が金額だし、おそらく従業員の中でも軽く話題になっていたりするんじゃないだろうか。
数分経っても店員が戻ってこないから心配していると、ようやく店員が出て行った場所から登場。よくよく見たら台車に丁寧に乗られた数個の段ボールが載っている。
「お、お待たせしました……こちらですね。では、こちらにサインをいただけますか」
「あ、はい」
なぜか息を切らしている店員さんは、受取証と書かれた紙を私に渡してきた。しっかりと内容を確認したあとでそれを店員に渡すと、ミシン目で分けられた半分の受取証とメーカーの保証書とかを入ったファイルに数個の小さい段ボールが入った袋を渡された。そして2つの大きな段ボールを乗せた台車はレジの横からこっちに運ばれてきた。
「こちら、2つとも重いのでお運びしましょうカ?」
「えーっと、一回持ってみてもいいですか?」
「はい、大丈夫でございます」
流石に駐車場まで店員さんに来てもらうのは申し訳ない。持てそうだったら持った方がいいなと思った私は、一番上の中くらいの大きさの段ボールを持ち上げる。これはキーボードなのか、そこまで重くない。それは一度レジのところに置かせてもらい、肝心の一番でかい段ボールのとってを掴んで持ち上げようとする。
「よっ……と、あれ?」
「だ、大丈夫そうですか?」
「えーっと、あれ?」
え、待ってナニコレ。しっかりと持つ場所があって、そこを掴んで持ち上げようとするも一向に持ち上がらない。自分はそこまで非力というわけでもないと思うが、すっごい持ち上がらない。まるでお相撲さん持ち上げようとしてるくらい重いんだけど……。これは……。
「すいません、駐車場まで運んでもらっていいですか?」
「はい、大丈夫でございます」
素直に人の力に頼ることにした。