Fire.03 初仕事2
その後も色々と社内の備品チェックを続け、自分のデスクに帰ってきたのは12時過ぎ。しかし、午前中だけでは終わらず、午後も少し違う部署を回ることになってしまった。自分の仕事が遅いのか、それとも人が多すぎて備品の不備が起きやすいのかどっちかはわからないが、最初からとても大変だ。普通の企業ならすぐに終わるんだろうけど、ここは約1000人が勤めている日本本社。多分今備品チェックやってるのは私だけだからそれを1人で捌くのは最初から一つの試練といってもいい。
「柊さん、仕事はどうかしら?」
「え、あっ課長。お疲れ様です。すいません、午後までかかっちゃいそうです……」
「ああ、それはいいの。今どのくらい進んだ?」
「他の部署に聞きにいかなきゃいけないのは9割ほど終わって、あとは入力とかです」
嘘をついてもしょうがないので素直に進捗を言うと、オネエな課長は驚いた表情を浮かべてから「優秀なのね」と微笑んで自分のデスクに帰って行ってしまった。多分初めてにしてはってことだと思うから、もうちょっと早くできるように頑張らなければ。
「柊さん、そろそろ昼休憩とったらどう?」
「あ、はい! ありがとうとざいます!」
少しでも作業を進めなければとパソコンに向かおうとしたとき、丁度後ろに座っていた先輩の社員さんが時計を指しながら休憩をとることを提案してくれた。パソコンの時刻を見ても、もうちょっとで午後1時になろうかというところ。確かにだいぶお腹が空いてきた。やはり動いて仕事したからか、座っての作業をした時とはまた違った空腹感だ。
「すいません、ここら辺でお昼を買える場所ってありますか?」
「あるわよ。2階に社員用のコンビニあるし、近くにも安い定食屋さんとか多いからそこで済ませるといいわ。ただ、お昼時だとうちの社員と他の会社の社員で混みあうから、なるべくお弁当を持ってくることを奨めておくわ」
「なるほど」
確かにここの周辺はオフィス街だ。それをターゲットにした定食屋さんとかは多いのだろうけど、そこの店舗の席数と地域で働いている人の総数が合致していない。それに社内に入っているコンビニも人が多いから買いたい商品が買えるとは限らないんだ……。じゃあ尚更お弁当の方が
いいじゃないか!
と、とりあえず今日はお弁当持ってきてないからコンビニに行ってなんか買ってこよう……。
〇 〇 〇
最終的になんとかパンコーナーにあった最後のクリームパンを買って食べた後、私は再び他の部署を回って備品チェックを行った。訪問するブースを間違えて行こうとしたら迷い、親切な人が1つ下のフロアだと教えてくれたり、外国人の社員さんに飴をもらったり、エレベーターが混みすぎて行先階を押せなかったり。相当苦労してデスクに戻ってきたのは14時45分ごろだ。
「あとは、聞いたものをここに入力してっと」
書類はかなりの量になってしまっているけど、入力するのは数と備考欄に書いてもらったものだけ。特に難しい入力もないから1枚30秒ほどで終わる。ほとんどが印刷用紙がなくなったとか、マウスの調子が悪くて変えたいけど予備がないとか、たいていがそんなものだった。だから難しくもない単純な入力をノンストップで続けていた……その時。
「あっ……」
次の書類とめくった瞬間に出てきたのはPMC課のパソコンの破損の件。ひとまず始末書を書いてもらったはいいものの、結局どう報告すればいいかどうかを聞いていなかった。だって力で壊しましたって言えないし、始末書書いてもらいましたでも不十分だろうし。えーっと……ま、まあとりあえずパソコン1台を発注欄に記載してから、どう報告すればいいかを聞くために社内メッセージの機能を呼び出す。
「え~っと、あった」
わからないときは上の立場の人に聞いてみればいい。なのでPMC課の責任者の大空課長に社内メッセで聞いてみることにした。見た目はアレだけど、しっかりしてたから多分応えてくれるだろう。
『お疲れ様です、総務部の柊です。午前にパソコン破損の件でお伺いしましたが、どう報告すればいいかわからず……。アドバイス願えないでしょうか』
ひとまずこの文面でメッセを送った後は返信が来るまで続きを進める。とはいえ、残りは3枚くらいだったからすぐ手持無沙汰になってしまったので、不備がないかチェックを始める。こうしてある意味暇つぶしをしていると、15分くらいで大空課長から返信がやってきた。
『ご苦労様です。あー……どうしようか。社内規則だと弁償案件なんだが。始末書も書かせたからそう処理するのが妥当でものすごく早いんだが……』
『で、でも高い……ですよね』
『ああ、うん。社割適用でも16万とかいくだろうな。アレ結構いい液晶モニターとキーボードだから』
「じゅうろくまんっ……!」
た、確かにPMC課のブースにあったのってデスクトップのクソデカモニターと縦長モニターにいつか自分も買いたいと思っていた便利機能付きのお高いキーボード。流通数はかなりあるからすぐに発注はできるだろうけど、流石に新人の給料では……。
『まあ、数か月にわたって給料から天引きとかだろうな』
『そ、そうですか。じゃあひとまずは社内規則通りに報告しますね』
『ああ、よろしく頼む』
そうと決まれば話が早い。データを作成してもう一度不備がないかを確認してから、課長に社内メッセでデータをまとめたことを伝え、デスクへと向かう。しっかりと始末書とかの書類も持っていく。
「お疲れ様、確認したわ。ミスもなかったし、仕事が早くて助かったわ」
「いえ……あとこちらがPMC課からの始末書です」
「ちゃんと始末書もあるのね、最初からここまで完璧に仕事ができるとは思ってなかったわ。あなた、どこかで事務作業とかしたことあったりする?」
「いや、特には……強いて言うなら、バイト先で経理に少し触れたくらいです」
大学生時代、私がバイトをしていたのは地元の個人経営の喫茶店。マスターがそこまで機械に詳しくなかったから、たまーに私がパソコンのアプリの導入とかを手伝ったり、経理のデータを入力したりはしていた。だからそこまで専門的に事務の経験があるということはない。それに単純作業だったしね。
「そう。今日はもうこれで上がっていいわよ。明日もこういう作業をお願いするかもしれないから、よろしく頼むわね」
「はい!」
時刻は丁度17時ごろ。ここの定時は18時だから、今日は1時間早く帰れるようだ。課長に「タイムカードは私が18時に切ったことにしとくから」とウインクされたのを見てから、私は課長のデスクを離れて、帰り支度をする。
今日も一日、しっかり頑張れた。