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桃太郎  作者: 中川 篤
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家来たち

 まあ聞いてくれよ、おれさ、最初はあいつに騙されたと思ってたのよ。そりゃ団子くれた時はうれしかったよ。嬉しくってしっぱもふったさ。ついてくれば、もっとやるっていうから一も二もなくついていくことにしたよ。それから猿と雉とが仲間に加わった。あの頃は楽しかったな。でも桃太郎がいつも真剣な目をして、俺たちはこれから鬼を退治しに行くとか何とかいうんだ。おれはその話を聞くのが好きだった。だって聞いた後にはかならず黍団子を一個、食わせてもらえるんだからな。でもおれのしっぽがピンと立たなくなってきたのは、鬼に襲われて壊滅した村を見た時だった。びっくりしたよ。そこらじゅうの家や草木が火を噴いて、死体がごろごろ転がってるんだ。その時おれたちは桃太郎に聞かされたんだ。鬼は火を吐くって。



 つまりそんな連中なのさ、鬼ってのは。刀もった若もんが動物を三匹連れて相手して勝てるような連中じゃないんだよ。それが、桃太郎はそれでもやるんだって聞かないのさ。おれたちはどうしようかと思った。おれも猿も雉もまだ死にたくはなかったからな。で逃げようって猿の奴が言いだしたのさ。でもおれはなんだかなぁ、桃太郎の馬鹿野郎がこれから鬼が島に死に行くんだって考えると、逃げようとする気が引けたんだよ。これもどうしようもない犬のサガだよね。こんな風に忠義立てて、主人に尻尾ばっか降ってるから犬ってのはバカにされるんだよな。おれはつくづく思うよ。でもね、誤解のないように言っておくけど、桃太郎も別に強い人間ってわけじゃないんだよ。むしろ人間としては弱い部類に入るのさ。だってそうだろう? おれたちを力づくで鬼ヶ島に引っ張っていくこともできた。だますこともできた。言いくるめることだって少し知恵を働かせればできたかもしれない。ところがこの桃太郎はそのどれもできないし、しなかった。人間相手にものを頼むこともできないほど勇気がないから、わざわざ動物を相手にして、しかも傲岸にかまえて「団子やるからついてこい」なんだぜ。



 猿と会った時のことは印象的だから忘れねえ。奴はおれの顔見てウキキと笑いやがったんだ。おれはワンと吠えたが、何せ縄に繋がれてるもんだから、噛みついてやることもできねえ。猿はそれを知ってるから、安全なところからまたウキキとおれを見て笑うんだよ。鬼を退治したあとの今だから言うが、おれは猿のことが嫌いだった。だから鬼をやっつけた後すぐおれは猿との勝負にとりかかった。猿は卑怯だから逃げたな。おれはだからあんときと似た猿を見かけるたびに吠え掛かってやるんだ。

 何せ猿は黍団子をおれからくすねる常習犯だった。桃太郎が「そんなことをするな、もう一個やる」といってもおれからくすねるんだ。だからいつも二個もらえるはずの黍団子を猿はおれからくすねた分で、三個も食っていた。まったく腹が立つよ。



 おれはいつも思うんだが、よくこの面子で鬼が退治できたよな。一人一人はべらぼうに弱いし、団結力だってあの時以外は皆無だった。でも根性はあったよな。おれらは毎日黍団子と草の根で生活してたようなもんだし、宿なんか泊ったこともなかった。村ン中に行ったことだって、今に至るまで一度もねえんだ。まあそれがよかったんだろうな。旅の途中で伊達な格好をした武者とすれ違うこともたまにはあったさ。でもそんな連中と桃太郎は持ってる勇気の質が違ったんだ。少しいかれてたのさ。まあその伊達な武者というのも、要するに雉のことだがな。あいつは最初からカッコつけたやつだったよ。色とりどりの羽でこれ見よがしに全身飾り立ててさ。桃太郎とすれ違うなりいきなり大声上げて「ケーン」だ。でも黍団子一つで懐柔されちまった。まったく情けねえよ。



 でも最初はかなり運がいいぞと思ったんだ。だって今日は久々に雉鍋が食えるかもしんねえんだから。ところが桃太郎はそうしなかった。食おうぜ。おれは思ってたよ。よだれなんかだらだら流してな。ついてくるならよし、来ないなら去れ。そういうんだ。おれたちの時とずいぶん態度が違うんじゃねえかって思ったよ。おれと猿の時は、「食ったな、よし来い」だったもんな。



 まあそんな面子で鬼ヶ島に渡ったんだが、その際には空が飛べる雉は重宝したよ。そのころにはおれも猿も雉も、覚悟ってもんがつき始めていたんだ。それから鬼ヶ島にやってきて、おれらは大暴れした。だっておれの爺さんの代には、ここにいる鬼たちと大して変わらないことをやってたんだ。猿の大親分なんて天竺に行った経験があるんだ。雉はどうだか知らねえけど。そんな暴れもんの爺さんから受け継いだ血が騒いだのか、おれはとにかくかみ殺しまくった。雉はちょっと引いてたよ。猿は質が悪いのかそれとも手を汚さないつもりでいるのか、おれや桃太郎に声援を送ってばっかで、自分ではまったく動こうとしねえのさ。ただたまに鬼が近寄ると、牙を出して威嚇はするんだがな。



 でも正直いって、おれはあんましこんな殺し合いの場は好きじゃねえよ。鬼をかみ殺してる間もここが本当におれの戦場なのか、って気がするんだ。たまらねえよ。この鬼もあの鬼も実は悪い奴じゃなかったんかもな、という気が今ではするんだ。だってそうだろ、こいつらは鬼って言ってもほんの下っ端で鬼の親分に命令されたことをただ言われたとおりにやってるだけなんだから。その点、桃太郎は、おれみたいに小物を狙ったりはしなかった分だけ偉かったな。鬼の親分に直々に一騎打ちを申し込んだ。まあそれがうまくいったから、あとの小鬼どももそんまま型崩れになって、どっかに行っちまい、おれたちが勝つことができたんだ。上手くいってなかったら、今頃犬鍋だよ。今ひとつわかんねえのが、その鬼の親分が「ごめんなさい、もうやりません」と言っただけで桃太郎がどうして奴を許しちまったかってことさ。そこだけはおれらにもよく謎なんだがな。


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