恐怖(2)
汚れ払いの部屋に入ってきたのは、40代くらいのお母さんと10歳にもなっていない小さな男の子だった。一見、ごく普通の親子連れに見える。だが私には、そうは見えなかった。私は、その親子連れが汚れ払いの部屋に入ってきた瞬間、全身が震え、脂汗が止まらず、息が上手く出来なくなっていた。こんなことは、私が汚れ払いの仕事をしてから初めてだ。
正直に言おう。今の私は、目の前にいる親子が……怖い。理由はすぐに分かった。10歳にもなっていない子どもの汚れの量が、今まで見たことがないくらい多かったのだ。今ここにいる私達を飲み込んでしまうのではないか、と錯覚してしまうくらい多かったのだ。
「ルーナ様。大丈夫ですか?あまり顔色がよろしくないようですが……」
「大丈夫よ、ユーリヤ。心配してくれてありがとう。そんなことより、私は先にお母さんの汚れを払うから、その間この子の面倒をお願いしてもいいかしら?」
「承知しました」
するとお母さんが、
「本当によろしいのですか」と聞いてきたので、私は笑顔で、
「大丈夫ですよ。汚れ払い自体はすぐ終わるので安心してください」
「そうですか。なら私が汚れを払っている時だけ、この子の事をよろしくお願いします」
そう言ってお母さんは、子どもをユーリヤに預けるのであった。
ー汚れ払いの部屋
ユーリヤと子どもが汚れ払いの部屋を出たので、私は額の汗を拭き、息を整えてからお母さんの汚れ払いに取り掛かった。お母さんの汚れの量は、少し多かったが私は、
『アルティアの名の下に、汝に幸福が訪れることを……』
と呪文を唱えた。すると、お母さんの汚れはなくなっているのが確認出来た。
「少し気が楽になりました。感謝だけでは足りないくらいです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらないでください。これが私の仕事ですので」
「ルーナ様は、お優しいですね」
「そんなことないですよ。私は、私の出来る事をしたまでです」
私がそう言うと、場に少し沈黙が訪れたがお母さんが、
「ルーナ様は、私が1番信頼している方ですので、私がもし捕まってしまうような事がありましたら、息子の事をよろしくお願いします」
と言ってきたが、私はその台詞に違和感を持った。まるで、私があの子どもの汚れを払ってしまったら、もう二度とお母さんと男の子が会う事が出来なくなるような言い方に……。私はその言葉を聞いて確信した。この家族には何か他人にはバレてはいけないことがある、と。確信はしていたが、私は顔の表情や声のトーンを変えずに、
「そのように言ってもらえて、光栄です。では次に息子さんの汚れを払うので、お母さんは待合室でしばらくお待ち下さい」
「分かりました」
そのような形でお母さんの汚れ払いは終わったので、お母さんには待合室で待ってもらい、ユーリヤと男の子を汚れ払いの部屋に入れるのであった。
やっぱり、この男の子の汚れの量は多すぎる。私も汚れ払いの仕事を初めて日は浅いけれど、多すぎる事だけは分かった。それに男の子は、意識を保っているのさえやっとのように見えた。だが、私は少しコミニュケーションを取るために、
「名前はなんて言うの?」と、聞いてみた。すると男の子は、
「ルーエン」と短くそう答えた。
「素敵な名前ね」と私が言うと、男の子は少し照れくさそうにしていたが、なにも反応はしなかった。その後少し沈黙が訪れたが、私は、
「ねぇ、私のお願い聞いてくれる?」と言うとルーエンは、
「お願いってなぁに」と聞いてきたので、
「そこのベッドに横になってほしい。いいかしら?」
「それくらいならいいよ」と言ってくれたので、私はルーエンにベッドに横になってもらった。
正直に言おう。今の私にルーエン君の汚れを全て払える程の魔力は、残っていない。だが、払わなくてはルーエン君の汚れの量からしてそう長くないうちに、普通の心を保てなくなり、死んでしまうだろう。だから、私はルーエン君が死なないようにする為に、汚れを全て払う。しかし、今の私ではルーエンの全ての汚れを払える程の魔力が残っていないので、私の◯を媒体にしなくてはならない。◯を媒体とするのはリスクがありすぎて、やる人は世界中探してもいないだろう。ましてルーエン君の汚れの量でやる人はいないが……私はやってみせる。
そう覚悟を決めた瞬間、私は小声で誰にも聞こえないような声で、
「私の◯を媒体にして」と言った後に、
『メルティアの名の下に、汝が苦しみから解放される事を……そして汝がこれから進む道が希望で照らされている事を……』
(メルティアとは、この世界で信仰されている神の中で最も階級が高い神である。メルティアは、人々を苦しみから解放し、希望をくれる神である)
私がそう唱えると、ルーエン君の汚れはすごいスピードでなくなっていった。
「ルーナ様はすごいですね。僕ずっと、体が重い気がしてた。けど、今はもう、、僕の体を重くするものがなくなって、よかった……」
そう言うと、ルーエン君は寝てしまった。とても疲れていたのだろう。
そして私はルーエン君に、
「ルーエン君にそう言ってもらえて良かったわ。あと少しの辛抱だから我慢してね」
「ルーナ様。何の事ですか?」
とユーリヤが言ってきたので、私はルーエン君の上半身の服を少しまくってユーリヤに見せた。ユーリヤはルーエン君の体を見て、息をのんでいた。理由は簡単だ。体に傷やあざが沢山あったからだ。しかも、その傷の全てが、誰かによってつけられたものだったからだ。
「これはどういう事ですか?」とユーリヤが聞いてきたので私は、
「ルーエン君は、お母さんから体罰を受けていたのよ。だから、汚れの量も多かった。誰にも言う事が出来ないから、心の負担が大きかったのね……」
「酷すぎる。まだ10歳にもなっていない子どもに、こんな傷をつけるなんて……これからどうなさるんですか?」
「お母さんは騎士団に渡して、判決が決まり次第、処罰を受けてもらう。ルーエン君に関しては、宮殿の医者に治療をしてもらってから、孤児院に引き渡すわ。本当はこの子のお父さんがいればいいんだけど、汚れを払う前に書いてもらった紙によると、ルーエン君のお父さんもお母さんは数年前に、離婚してしまっていて、それからは音信不通らしいから……」
(この世界の騎士団は、リリーラ王国を守ってくれたり、犯罪を犯した人に対して判決を下してくれたりする所である)
「分かりました。ですが、ルーナ様とルーエン君のお母さんの2人きりにするのはかえって危険ですので、騎士団がくるまで、私がルーエンの傷の応急処置をしますね」
「ありがとう、ユーリヤ」
そう言った後、私は騎士団の本部に電話をした。
その数分後、騎士団が来てくれたので、お母さんの身元を引き渡した。最後にお母さんは、申し訳なさそうな顔で、
「本当にごめんなさい。ごめんなさい。息子をしっかりと育てられなくて。ルーナ様のお陰で、息子はこれから幸せに生きることが出来ます。ありがとうございます、ルーナ様。息子の事をよろしくお願いします」
そう言って、騎士団にお母さんは連行されるのであった。
「では、ルーナ様。お母さんを騎士団に渡す事が出来たので、私はルーエン君を医者の所へ連れて行きますが、ルーナ様も一緒に行きますか?」
「今日汚れ払いに来た人の報告書をまだ書いてないから行けないわね……。ユーリヤに任せてもいいかしら?」
「いいですよ。では、私はルーエン君を医者の所に連れて行ってきますね」
「ありがとう、ユーリヤ。お医者様には、よろしく言っておいて頂戴」
「承知しました」
と言ってユーリヤはルーエン君を抱っこして、汚れ払いの会場から出た。私はその姿を見送った。
が、ユーリヤ達が汚れ払いの会場を出て扉が閉まった瞬間、
ドサッ
私はその場に座りこんでしまった。理由は簡単だ。ルーエン君の汚れを払うには魔力が足りなかったので、私は自分自身の血を媒体にして、汚れ払いをやったからだ。だが、もう魔力はなくなり、血を媒体としたので貧血になっている事が原因である。
(やばい。意識がだんだん保てなくなってきてる。体が重い……誰か、、たす、、、、)
ドン
そして私は完全に、意識を失ってしまうのであった。
今回もリリーラ王国物語を読んでいただきありがとうございます。今回のお話は、ハプニングがあり忙しい話だなーと思う人もいたかもしれませんが、次回は休憩みたいな話ですので、今後ともリリーラ王国物語を見守ってくださると幸いです。




