喪失
真っ暗な闇の中に私はいる。出ようと思っても自力では出る事が出来ない。何故だろうか。出ようと思う程力が抜けていく。でもこれだけじゃない。謎の声が聞こえるのだ。
「このままここにいてもいいんだよ。ここなら貴方を傷つける人は誰もいないから……」
「でもお父様とお母様、ユーリヤが待ってるから行かなくちゃ。また心配かけちゃう……」
「そんなの気にしなくていいのよ。皆貴方がここでゆっくりする事を望んでいるのよ」
その言葉は嘘には聞こえない。
「じゃあ、しばらくここにいようかな……」
「ええ。その間は私が貴方の事を可愛がってあげるから」
「そう……。なら寂しくないわね。」
そう言って私は謎の声に疑問を持つ事はなく、ゆっくりと闇に引きずり込まれるように静かに意識を失うのであった。
ーリリーラ王国宮殿 汚れ払いの部屋
ユーリヤは二人の男と戦おうとしている。1人は黒い帽子を被り、ロングコートを着たウィスと名乗る男。もう1人は落ち着いた顔立ちのジークという男だった。ユーリヤはルーナの事をそっと見つめる。もう意識がない状態だった。
(早くこの戦いを終わらせなくては、ルーナ様が危ない。急いでクロエ様とアメリア様を呼びに行かなくては行けないのに……。)
ユーリヤは二人には強気な態度をとっているが、正直勝てるかは不安だった。二対一である事が不安なのではない。ジークと名乗る方が銃を持っている事が不安なのだ。でもやらなくてはこちらもやられてしまう。
(やるしかない……。たとえ俺が傷つこうとも、ルーナ様が無事であればそれでいい)
「お前達はここで片付ける。こっちも時間が惜しい。早くかかって来い!」
「ヒッヒッヒー。いいね!その志。嫌いじゃない。それにこっちも時間が惜しいから早くけりをつける。なぁ、ジーク」
「そうですね。もうすでに相当なタイムラグが生じているので、とっとと終わらせてしまいましょう」
ジークがそう言うと、ユーリヤやウィス、ジークが同時に、
「「「勝負だ!!!」」」
と叫び、戦いの火蓋は開けられる。この場にいる誰もがそう思っていた。だがその時、遠くから声が聞こえた。1人や2人の声じゃない。数え切れない程の人の数だ。
戦う事を忘れて、3人は声のする方向に顔を向け、耳を澄ませて聞いていた。誰もが静かに聞いているのに、突然ユーリヤだけが奇妙に笑い出した。
「ハッハッハハッハッハハッハッハ」
突然の笑い声にウィスとジークが呆気に取られていると、ユーリヤは言った。
「お前達の負けだ。もう逃げる事も出来ないだろう」
何を言っているのだろう。理解できない。
「何を言っている?俺達の負けだと?まだ勝負は始まってすらいないじゃないか!」
「ああ、そうだ。勝負はこれからだ。それともお前は怖気づいてしまったのか?」
「………………」
「ヒッヒッヒ!何黙ってるんだ!!やっぱり怖気づいてるんじゃないか!違うのか!怖いか?そうなのか?だったら正直に言えばいい!ごめんなさい。許してくださいってなぁーー!!!」
「今言えば俺達も悪いようにはしない。負けを認めるなら早くしてくれ。時間が惜しい」
ウィスとジークがそう言うが、ユーリヤは黙っている。しばらく沈黙がその場を支配したが、ユーリヤは言った。
「さっきも言ったがお前達の負けだ。お前達が大人しく負けを認めればいい」
「さっきっから何を言っているんだ?」
「まだ分からないのか?さっきから声が聞こえるだろう。その声は何者なのか……。考えたか?」
「今はそんな事はどうでもいいだろ!早くお前が負けを認めれば……」
ウィスがそんな事を言っている。だが、ジークだけは黙っている。むしろジークだけは焦り出している。ウィスはそんなジークの様子を見て、
「どうしたんだよ?」
と問いかける。するとジークは、ウィスに言った。
「ウィス。俺達の負けだ……」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか……。そんな事をウィスが言う前にジークは言った。
「あいつの言う通りだ。外にいる奴らは誰なのか。俺達が考えていれば、こんな事にはならなかっただろう……」
「何言ってるんだよ」
「ウィス。外にいる奴らはきっとこの宮殿を守っている騎士団だ。そうだろう?」
ジークはユーリヤに確認すると、否定することなく、
「その通りだ」
と言う。その言葉を聞くとウィスは、焦り出した。
「マジかよ……。やばいじゃないか!」
「だから言っただろう。すぐに帰るぞ、と」
2人のさっきまでの勢いはどこかへ行ってしまった。そしてこの状況を好機と捉えたユーリヤが言った。
「もうお前達は逃げられない。私が絶対にお前達を捕まえる。大人しく降参しろ」
だが、ウィスはもう正気に戻っていた。
「お前……。ユーリヤって言ったか。名前くらいは覚えといてやるよ。そしてお前がさっき俺達に言った言葉をそっくりそのまま返してやるよ!!お前の負けだ!!」
するとウィスは懐に隠してあった催涙スプレーをユーリヤに向かってかけた。その間にジークが窓を破り、そこから逃げ道を作って逃走した。去り際にウィスはユーリヤに向かって
「また今度お前と会える事を楽しみにしているぜ」
と言って、去って行った。
ユーリヤは後を追いかけようとしたが催涙スプレーをかけられたせいか、周りが見えづらい。それにルーナが既に意識がなく、すぐに医師に診せなくてはいけない状況と判断したので追いかける事をやめた。しかしユーリヤは誰にも聞こえないくらいの声で呟いてた。
「ルーナ様。お守り出来ず申し訳ありません……」
(今はそんな事を考えている場合ではない。早くルーナ様を助けなくては……)
ユーリヤは急いでルーナを抱えて、汚れ払いの部屋を退室した。
ーリリーラ王国宮殿 中庭
ユーリヤはルーナを抱えて必死に走っている。ルーナは意識がないので、ユーリヤはとても不安だ。最後にルーナはユーリヤに言っていた。
「ユーリヤ!ダメよ!私に触っちゃダメ!何が起こるか分からないから!」
その言葉を脳裏に浮かべながら、ユーリヤは思っていた。
(申し訳ありません、ルーナ様。私を守ろうと必死に注告してくださったんですよね。でも私はあの頃とは違います。どんな事があろうと私はルーナ様の剣であり盾になります。あの日から私はそう誓っているのです。ですから、早く目を覚ましてください。)
今にも泣きそうになるのを堪えながら、走っている。汚れ払いの部屋を出たばかりなので目的の場所までまだまだだが、走っている。するといきなり少し遠くで声がした。
「ユーリヤ!大丈夫か?!」
「ルーナを抱えているけど、何かあったの!?」
ユーリヤは混乱した。しかし声を出している人物がだんだんと近づいてきて、誰なのか分かった。
「クロエ様にアメリア様。なぜこのようなところにおいでなのですか!?」
ユーリヤのそんな疑問に答えている時間はない。そう判断したアメリアは言った。
「そんな事は今はどうでもいいわ!!それよりもルーナは意識を失っているのでしょう。早く医者のところへ連れて行きましょ。話はそれからよ」
「そうだな。アメリア、ユーリヤ。ルーナを医務室に運んで、医者に見てもらえ!私はここに残って、騎士団に指示を出してからそっちへ行く」
クロエもアメリアの言葉を聞いてから、迅速な判断を出した。それを聞いた、アメリアとユーリヤは、
「了解よ」
「承知しました」
と短く答えて、走り出したのであった。
ーリリーラ王国宮殿 医務室
医務室に着いたアメリアとユーリヤは待合室で待っていた。今はルーナが医師の治療が終わるのを待っている。
しばらくするとドアが開かれた。そして医師は短く言った。
「中でお話し致しましょう」
アメリアとユーリヤは何も言わずに、医師に案内されるがまま、ルーナが眠っている病室へと向かうのであった。
ーリリーラ王国宮殿 中庭
そこにはクロエと騎士団の人がいた。騎士団の人達はクロエの指示を待っている。そんな状況だ。沈黙……。今のこの場の雰囲気を現すに相応しい言葉だ。だがしばらくすると、クロエが言葉を発した。
「皆の者。緊急集合であるにも関わらず、集まってくれた事。感謝する」
クロエがそう言うと、騎士団の団長が答えた。
「お褒めに預かり光栄です。ですが、敵を逃してしまった事に関しては心よりお詫び申し上げます」
団長がそう言うと、騎士団は皆頭を下げた。だが、クロエは怒ることはなく優しく騎士団の皆に告げる。
「今回の一件、お前達は悪くない。だから謝らないでくれ……。私はお前達が無事であって良かったと思っている」
それを聞いた騎士団の人達は皆、
「クロエ様……」
と呟いている。
しかし、団長だけは違った。
「クロエ様の寛大な御心に感謝しかありません。ですが、暗くてよく見えなかったので正確には分かりませんが、ルーナ様は無事ではないのではありませんか?」
クロエはそれを聞くと一瞬動揺したが、すぐにいつもの様子に戻った。
「大丈夫だ。お前達が心配するような事ではない。ルーナは少し疲れてしまったみたいだからそっとしておいてやってはくれないか?」
そこまで言われて仕舞えば何も言い返せない。
「承知致しました」
「ありがとう」
しばらく沈黙がまた訪れたが、クロエは言う。
「皆ご苦労だった。これからもよろしく頼む。では今日はこれで解散とする」
すると騎士団の皆は敬礼をして、その場を解散した。
クロエは心の中で少しホッとしていた。
(騎士団の皆にルーナが緊急事態である事が伝われば、不満に思う人が出てきてもおかしくない。だが何より恐れているのは、ルーナの事がリリーラ王国全土に広まる事だ。少しの間は体調不良と言う事でいいだろうが、いつまでもこの言い訳が続くとは限らない。何か策を考えなくては……)
そう考えているが、今はそれどころではない。早くルーナの元へ行かなくては……。
クロエはルーナ達がいる所へと急いで走り出すのであった。
ーリリーラ王国宮殿 医務室
そこにはクロエとアメリア、ユーリヤの三人がいた。医者がこれからルーナの容体を話すところだ。
「ルーナは大丈夫なの?」
最初にアメリアが言葉を発した。この場にいる者が一番聞きたい事だ。すると医者は真剣な顔をして言った。
「クロエ様、アメリア様、ユーリヤ様。正直に申し上げます。ルーナ様が何故眠ってしまっているのか、原因が私には全く分かりませんでした……」
その言葉を聞くと誰もが驚きを隠せなかった。ルーナを見てくれた医者は世界でも数える程しかいない優秀な医者だ。そんな人に見てもらったにも関わらず、原因が分からないとなると驚くのも仕方ない。
「どう言う事だ!!ルーナはずっと目を覚さないと言いたいのか?!」
クロエが医者に対して問う。
「それは…………」
医者の沈黙こそが答えだった。それを聞いたアメリアはその場で膝を折り、泣いていた。クロエとユーリヤも泣いてはいないが、唇を噛んで我慢している様子であった。だが医者は続けた。
「ここからは私の仮説です。間違っているかもしれません。それでも聞いてくださいますか?」
その問いを聞きたくないと思う人はいなかった。
「ああ。仮説でも何でもいい。ルーナが目をしますのであれば教えてくれ!」
「たとえ仮説でも、ルーナが助かる方法が一ミリでもあるのであれば教えてください」
クロエとアメリアがそう言うと、ユーリヤも無言で頷いた。
「アメリア様。一つ聞きたい事がございます。ルーナ様の今の汚れの量はどれ程ですか?」
「普通より多いくらいよ。それと何が関係あるの?」
「おそらくです。ルーナ様は汚れへの抵抗力が一般人より弱いのではないか……。そんな仮説を私は立てたのです」
皆の疑問をクロエが代弁した。
「どう言う事だ?」
「代々汚れ払いをやっている人は汚れは貯まらない。そのはずですが、何故かルーナ様には汚れが貯まっている。その理由は分かりませんが、汚れを払ってもらう人々は先代の知恵で応急処置程度の知識があります。ですが、ルーナ様はどうですか?他の人に比べて経験が浅いのです」
その場にいる誰もが、その事には同感したらしい。
「ルーナ様は汚れが貯まるもの初めてなので混乱する。それがストレスになり汚れが貯まる。このような事は考えられると思いませんか?」
すると全員が納得した。誰だって初めての事は混乱するものだ。それは仕方ないない。だがこの医者の仮説が正しいとするならば、それは良くない方へ事を運んでいる。そう言う事になってしまう。
「じゃあ、一体どうすればいいの?」
「それは……。まだ分かりません……」
クロエが来る前アメリアはルーナの汚れを払おうと試みたが、なぜか失敗に終わった。今のままでは何も出来ない。特にアメリアはそれを実感しているのだろう。すると医者は言った。
「今の私達に出来るのは、ルーナ様を見守る事。そして早くルーナ様の汚れを払う方法を見つけ出す事です」
「…………」
クロエも、アメリアも、ユーリヤも……。無言になった。本当にその通りだ。誰も否定出来ない。
「私からの話は以上です」
そう言って医者はその場を去った。皆に気を使ってくれての事だろう。三人は心の中で感謝した。
人は何故戦う為の物がなくなると、こんなにも無力になってしまうのだろう。それが神が与えた試練だとしても、戦う為の物がなくては何も出来ない。足掻いても足掻いても人には限界がある。それを実感するのであった。
一人は無言で立ち尽くし、一人は泣き崩れ、一人はずっとルーナを見守っている。そんな状態がいつまでも続いた。
ー数時間後
しばらくの間三人は無言だったが、情報交換を始めていた。
「エリーという女性の汚れ払いをしたら、ルーナ様が急におかしくなってしまいました……。その後、ウィスとジークと名乗る二人組の男が汚れ払いの部屋に押し寄せて来ました。二人を捕らえようとしましたが、ルーナ様が危ないと判断し、逃してしまいました。申し訳ありません……」
「ユーリヤが悪い訳ではない」
「そうよ。むしろルーナを守ってくれてありがとう」
「寛大な御心に感謝致します」
「私達も執務室の窓から様子を見ていたの。そしたら、すごく周囲を気にしながら歩いている二人組の男……。ユーリヤの話を聞く限りウィスとジークと言う人ね。彼らが入っていくのが見えた。暗かったからよく見えなかったけれど、あの二人汚れがそんなになかったの。それなのに汚れ払いを頼むのは怪しいと思って、騎士団を緊急で集めたの」
アメリアが説明してくれた。
「そうだったんですね……」
「その後は知っての通りだ」
クロエが話を締め括った。
「でも分からない事が多いわね……」
「ああ。ルーナにもう少し警告するべきだったな……」
「クロエ様とアメリア様は悪くありません。どうか自分を責めないでください。きっとルーナ様もそんな事を望んではいませんよ」
こんな言葉は慰めにもならないかもしれない。だがユーリヤは自然と言葉を発していた。
「そうだな……」
「そうね……」
二人とも何も言わなくなった。しばらくするとアメリアが口を開いた。
「ユーリヤの言う通りよ。こんな感じじゃ、ルーナが目を覚ました時怒られちゃうわ。しっかりしましょう」
「そうだな……。今の私達に出来る事を最大限やろう」
「私もできる限りお手伝い致します」
「ありがとう、ユーリヤ。助かるわ」
三人の情報交換は終わった。眠り続ける姫の元で…………。
ー数分後
クロエとアメリアは敵の情報を少しでも多く集めるという事で、執務室に戻った。今この部屋にいるのは、眠り続けるルーナとユーリヤだけ。
「ルーナ様。早く目を覚ましてください。いつものあの輝かしい姿に早く戻ってください。クロエ様もアメリア様も待っています……」
「………………」
ユーリヤの声を聞いてくれる者は誰もいない。これがどれ程、切なく、悲しく、辛いものなのか……。考えただけでも目眩がする。ただユーリヤの声だけがその場に反響する。
「ルーナ様。私を一人にしないでください。貴方を守る為に私は剣を取り戦うのに……。貴方を傷つけてしまった……ッ!」
「…………………」
何度呼びかけても答えてくれる気配はない。ユーリヤはもう耐えられなくなってしまった。ルーナが目を覚ますのであれば、自分の魂を犠牲にして悪魔とも契約したいくらいだ。あの時こうしていれば、などという後悔が頭の中を支配した。あの時命に変えても守ると決めていた主を、こんな形にしてしまった。
ユーリヤはルーナの手をそっと両手で握りしめ、目に涙を流しながら叫んだ。
「ルーナ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
その心からも叫びでも眠る姫には届かない。どんなに心の底から叫んでも、その声を聞いてくれる者は誰もいない。ユーリヤの叫びは夜の闇と共に消し去られてしまった。
こんにちは。今回は遂に物語が動き出したという感じでしょうか……。
こんな作品ですが、これからも見守って頂けると幸いです。




