見極めるヒト
ふらりと奥の部屋から、冷たい雰囲気の美青年が現れた。すだれのような前髪の奥には、全てを射抜くように鋭い紫紺の瞳に切れ長の目、ひとつくくりにした長くふわふわした黒の髪。どことなく狼を連想させた。黒いパーカーを着ている彼は、何処か不満げに腕を組んでいた。
「あぁごめん、煩かったかな。"リツ"」
「全くだ。おかげで研究に集中できない。それに、よりにもよって俺の苦手な女連れてきやがって」
どうやらかなりご立腹のようだ。リツに鋭く睨みつけられ、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「おい、お前」
「は、はい…」
「いいか、よく聞け。俺は女が嫌いだ。特にお前みたいにへらへらしてるやつはな。だから今後一切、騒ぐな、近づくな、俺の視界に入るな」
リツは早口でまくし立てると、ふんと鼻を鳴らして、奥の部屋に消えていった。リビングがしんと静まりかえる。
「…あ~ごめんね?リツは女の子が苦手なもので」
「まぁ、苦手にさせたのは多分カナだけどな」
非難するようなアオイの言葉に、カナデは頬を膨らませる。
「だって…困ってたじゃん。此処に連れていかないわけがいかないよ」
「その女がクソ女だと知らずにな」
…やっぱり、私が此処にいたら迷惑かな。
「あの、私…」
帰ります、という言葉が紡がれることは無かった。何故なら…
「ちょっと!またリツの怒鳴り声聞こえたけど何事なの!?」
次は、別のドアから一人の女性が現れた。
ショッキングピンクの瞳を嵌め込んだすっとしたつり目に、腰辺りまである桜色のさらりとしたポニーテール、すっと通った鼻筋、薄いピンク色の唇。右目の涙黒子が妖艶な雰囲気を醸し出していた。何処からどうみても、正真正銘の美人だ。少々露出が高めの黒い服を着た彼女は、私を見るとふんわりと優しい笑みをこぼして優雅に私の手をとった。
「あら、怖がらせちゃってごめんなさいね、可愛いお嬢さん。お名前は?今日はどのようなご用件で」
「えっと…」
返答に困って目配せすると、カナデは変わりに説明してくれた。
「この子はアスカ。スピカに入りたいって」
「あら、そうなのね!良かったらお近づきの印に一緒にお茶でも…」
「まーた女の子甘やかしてるよ、"ヒカル"さん」
「仕方がないじゃない。女の子は国宝!正義!尊重すべき!
…ってことでゆっくりしてってね」
ヒカルさんは軽くウィンクをすると奥に消えてしまった。
「…ほんとはあと一人いるんだけど…なんでみんな軽く挨拶したら帰っていっちゃうのかなぁ…」
カナデは困ったように頭を抱える。見たところかなりの変人尽くしの中の常識人だからきっと大変なのだろう。
「は~い、連れてきたわよ~!」
すると、さっき帰ったと思ったヒカルさんが一人の女の子を連れて戻ってきた。
…これはまた美少女だった。
雪が髪に溶けたような光沢のある白髪が華奢な肩に触れるか触れないかくらいの長さ。少し長めの前髪から覗く、サファイアのように輝くぱっちりとした青の眼。真っ白な肌に良く映える桜色の唇。真っ白で薄手の服も相まって儚くすぐに砕け散ってしまいそうな印象だ。
「この子は"シオン"。アスカちゃんのことは説明しておいたわよ」
「…」
シオンと呼ばれた少女は、声を出すことなく、僅かにこくりと首を振った。
「あ、彼女は…」
ヒカルさんが説明をしようとすると、シオンは伏し目がちの目を僅かに開いて、両手を前にかざした。すると、ランプほどの青い光が辺りを包み込み、ぽんっという音と共に目の前に花束が現れる。鮮やかな花々の上に
"スピカへようこそ"
という文字と私の似顔絵が描かれたメッセージカードが添えてあった。目の前で起こった奇跡に思わず彼女を見ると、シオンは花束で咲く花のように優しく微笑んだ。
「シオンの能力は、"思い描いたものを具現化する能力"。でもかなり代償が大きくてね…物によって重さは違うんだけど、小さいものだったらしばらく声が出てこなくなるくらいかな」
「そんな…私のために…」
途端に申し訳なさが襲ってきた。そんな私に気づいたのか、シオンは懐から小さいホワイトボードを取り出すと、黒いペンで何かを書き始めた。
"こんなの、貴女と出会えたことに比べちゃなんともないよ"
「シオンちゃん…ありがとう!」
シオンに笑いかけると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「これからよろしくね、アスカちゃん」
「"よろしくね"」
「うん!よろしく!」
こうして私の新しい生活が幕を開けた。