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君の瞳に映りたい  作者: 神崎いのり
第一章 新生活の幕開け
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治すヒト

「…ん」

 

明るい光を瞼越しに感じ、ゆっくりと瞼を開く。起きたばかりだからかまだ視界はぼんやりとしていて、脳を動かすために辺りを見回す。刹那、


「い"…っ!?」


 右足に激痛を感じ、意識が強制的に現実へ引き戻された。右足の方を見やると、足全体が異常なまでに腫れていた。右足を擦りながら視線を前に戻す。すると、


「…は?」


 自分の口から気の抜けた声が漏れる。きっとこの場に晴樹がいたら腹を抱えて笑うだろう。開かれた口は閉じることを忘れ、見開かれた両目も瞬きすることを忘れていた。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

何故なら、


「ここ…どこ…?」


 目の前に広がっていたのは、自分の全く知らない風景だったからだ。


 まず、自分の座っているところを見てみる。先ほどから少し弾力があるなと不思議には思っていたが、まさか自分の背丈の3倍近くある巨大キノコの上にいるとは思いもしなかった。毒々しい赤色に白の水玉、大部分の人がキノコといってパッと思いついたのがこれだろう。両手をキノコの表面につけ、腰を浮かせてから落とすとぼよんと体が跳ねる。このキノコがトランポリンのように跳ねることで大怪我を免れることができたのだろう、表面をするりと撫でて感謝をする。いつも食べているキノコの表面とはうって変わって滑らかですべすべだ。次に、視線を上げて周りを見てみる。否、見ようとした。私の体はキノコから滑り落ち、草むらに飛び込んだ。盛大に地面にぶつけた尻を擦りながら辺りを見回す。どうやらここは森のようで、見たこともない植物たちがうっそうと茂っている。私の家の近くの山では絶対に見ることの出来ない花や草たちが鮮やかな色でこの森を彩っている。すると、ザッと草を踏みしめる音が聞こえる。理解不能な世界に無情にも放り出された私は当然恐怖を感じない筈もないが、胸の中で沸々と沸き上がる好奇心が私の首を後ろに振り向かせた。


 歩いてきたのは、青年だった。ふわふわとした藍色の髪に、満月の夜空を彷彿とさせる紺色の瞳、少し高めの鼻に薄い唇。体はすらりと細くて長身。体格はいかにも大人らしいが、くりくりとした垂れ目気味で大きな目と子供のようなあどけなさの残る顔が幼い印象を持たせる。少し幼く見えるが、誰もがはっと息を飲むほどの美形だった。おそらく、私と同じくらいの年齢だろう。青年は不審者と間違えられそうな真っ黒なローブを身に纏っていて、首からは不思議な形の装飾をぶら下げている。楕円形の金色のプレートの中央では、眼球程の鮮やかな赤色の宝石が日の光を受けて輝いている。青年には、どこか得体の知れない違和感があったが、それが何か分からなかった。しかし、私はつい、青年に見惚れてしまっていた。彼は足を止めると、不審げに目をすっと細め、私を凝視する。次の瞬間、背中にぞくりと寒気が走り、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。体どころか指1本動かせない程、青年の目は殺気立っていた。青年は鋭い目付きで動けなくなってしまった私を見て、ハッと我に返ったように肩を震わせると、私にそっと左手を差し伸べた。


「えっと…怖がらせちゃったよね、ごめんね。立てる?」


 少し高めでゆったりとした声が耳を擽る。私ははい、と言って立とうとしたが右足がじんじんと疼き、立つことは叶わなかった。青年は私の右足を見るなり、顔をしかめる。


「…怪我してるね。恐らく骨折か…」


 青年はじっと顎をつまみ考え込むが、ふと顔を上げて真っ直ぐな瞳で私を射抜く。


「君、どこから来た人?茶髪なんてこの辺りじゃ珍しいから…」


 …珍しい?


 少し癖のついた自分の茶色の髪をくるくると指で弄る。茶髪なんてざらにいるのに、という言葉を飲み込んで、私は問いに答える。


「えっと…この上からです!」


 人差し指を真上に向けてはっきりと答える。すると、私たちの間にしんと静まった空気が流れた。青年は黙って私の真上を見上げた後、私にこいつ何言ってんだと言わんばかりの視線を向けられる。


「…じゃあ君の能力は?」


 …能力?能力とは何のことだろう。特技のことかな?


「何も無いところで転ぶことです!」


 視線がさらに冷たくなる。青年は暫く顎をつまみ考え込んでいたが、やがて思考を放棄したのか「ま、いいや」と言ってパッと明るい笑顔を作った。


「初めまして、でいいのかな。僕は、カナデ。一応ニンゲン学の教授をしています。よろしくね」


 人間学なんて学問あったかなと考えるも、めんどくさくなってきたので無視して私の自己紹介をする。


「明日香です!15歳!」


「15歳か…僕より5つも下だね」


 え、と思わず声が漏れる。


「その見た目で…20!?」


「よく言われるよ」


 青年、もといカナデは苦笑する。


「さっ、怪我してるみたいだし、僕が病院まで運んであげるよ」


 言葉が終わると同時に私の体がふわりと宙に浮く。


「…へ」


 顔がぼっと熱くなるのを感じる。一方カナデはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「お姫様だっこは初めてかな?お嬢さん」


 からかうように言った彼をぶん殴りたい衝動を堪える。そのままカナデは平然と私を運んで森を抜けようと足を進めた。そんなに長い時間もかからずに視界が開ける。まばゆい光が世界を埋めつくした。


「わあっ…!」


 見たこともない景色が視界を彩る。思わず身を乗り出して叫んでしまうくらいに。眼前に現れたのは、洋風の街並みだった。地面はレンガのような模様を描いていて、建物もイギリスやヨーロッパの国の写真で見るような光景だ。所々に屋台のような店が立ち並び、沢山の人で賑わっていた。何より目を引くのは、町行く人たちの身だしなみだ。黒や茶色といった髪の人は殆ど見られず、代わりに赤や青、緑、黄色…様々な色が街を埋め尽くす。服装も質素なものから、アニメにでも出てくるような派手な服装まで様々。私たちは虹色の人混みの中を泳いでいく。すれ違う人たちがこちらをチラチラと奇怪な目で見てくるが、カナデは微塵も気にせず、むしろるんるんと弾むように人混みを掻き分けていく。


「さ、着いたよ」


 彼は足を止める。彼は病院と言っていたが、お世辞にも病院とは言い難かった。目の前には、少し広いレジャーシートとその上に人がいるだけだった。最早、建物でもない。上に乗っている人は少年なのか少女なのか、見ただけでは判断ができない。太陽の光を受けてキラキラと輝き所々がぴょんと跳ねている金色のベリーショートの髪、少しつり目気味だがくりっとしている少し黒がかっている赤色の目、子供のように幼い顔立ちに低めの身長、恐らく私より幼いだろう。その人物はレジャーシートの上で胡座をかきながら客と思われる人たちと談笑していた。その人物は私たちに気づくと、赤黒い瞳をすっと細め、ニヤリと口角を上げる。


「こりゃあたまげた…ついにカナやんに彼女が…」


「違うから」


 カナデが即座に否定すると、彼(?)はつまらなそうに口を尖らせる。カナデは私をそっとレジャーシートに下ろした。


「この人は"カオル"。この街唯一の医者だよ」


「能力持ってるだけなんだがな」


 カオル、と呼ばれた人物は謙遜したように言う。


「しっかし見ない顔だな、お嬢ちゃん。茶髪はんて見るのは物語の中くらいだよ」


「私も金髪なんて見るのアニメくらいです」


カオルはきょとんと首を傾げる。


「カオル、アスカちゃん結構な怪我してるから早く」


 物珍しそうにカオルは私を凝視するが、カナデに催促され少し不満げに鼻を鳴らす。


「で、アスカっちだっけ?どこが悪いんだい?」


 私はおずおずと右足を差し出す。カオルは「失礼」と一言発し、そっと右足に触れる。


「ふむ…アスカっち、ひょっとしなくても何処かから落ちたかい?」


 私は一瞬驚いて肩をびくりとさせる。


「…そうです!何で分かったんですか?」


「複雑骨折。他に怪我もなさそうだから多分落ちる時右足に負荷がかかったんだな」


 カオルは両手を私の右足に近づける。刹那、まばゆい光がカオルの両手から溢れ、光が消えた頃には怪我はもう跡形もなく消え去っていた。


「ほい、治療完了!」


 カオルは満足げに鼻を鳴らした。見たこともない光景に圧倒されるも、これがカナデの言っていた"能力"というものだと理解できた。


「オレっちの能力は、"何でも怪我を治す能力"だ!その代わり代償が大きいんだけどな…」

カオルは少し寂しそうに眉を下げる。私は元気良くお礼を言った。


「ありがとうございます!」


「いいってことよ!」


 カオルはニッとはにかんだ。そこでふと"病院"という言葉が頭にちらついた。


「あ、お金…」


 そう言ってセーラー服のポケットをまさぐる。しかし中に入っているのは私のいた世界で使っていた硬貨で、この世界で通用するとは思わなかった。


「金なら心配いらねぇ!オレっちもカナやんにたっくさん世話になってるからな!」


 カオルは再びニッと微笑む。そうは言っても、何かお礼がしたい。自分は何を持っていたか頭の中に思い浮かべる。


 そこで、頭が真っ白になった。確か落ちたのは学校の帰り道だったはずだ。一緒に持っていたカバンは何処にいったのだろう。


「あ、そういや忘れてた」


 後ろからカナデの声と共に何かを投げられ、反射的にキャッチをする。腕の中に埋まってるものを見やると…


「焦ってるかと思って」


 彼はニヤリと意地悪げに、しかし何処か優しげに頬を緩めた。


「ありがとう…!」


 胸の中に沸き上がった感動を抑え、カバンを抱える腕にぎゅっと力を込めた。


「カオル、ありがとう。またお世話になるかもだけど。さ、アスカちゃん行こ」


 カナデはそう言い、足を進めた。私はカナデを追いかけようと立ち上がり走ろうとする。が、カオルに勢いよく腕を引かれた。カオルは、私の耳元に口を近づけた。


「アスカっち、カナやんには気をつけな。だってアイツは―――――」


「アスカちゃん、どうしたの」


 カナデは不思議そうに、しかし何かを探っているかのように目を細め、振り返った。掴まれた腕はすぐに離され、カオルも「じゃあな」と眩しい笑みを浮かべる。何が起こったのかよく分からないままカオルにお礼を言い、私はカナデについていった。




「アスカちゃん、君は行く宛あるの?」


 歩きながらそんなことを聞かれる。その言葉にはた、と足を止めた。私はこの異世界に落ちてきた。当然戻るのも容易ではないから、私は迷い子になってしまったわけだ。頬を一筋の汗が流れる。


「じゃあうちに来なよ」


 カナデは躊躇いもせずにさらりとそんなことを口にする。私は動揺を隠すこともできず「え!?」と叫んでしまう。周りから冷たい視線が注がれた。


「じゃあちょっと待っててね!」


 急にカナデはそんなことを言って走っていった。唐突に色んなことが押し寄せて少し頭が混乱している。そんなに長い時間も経たずに、カナデは戻ってきた。カナデは、両手に持った2つのうち1つを私に差し出す。


「多分アスカちゃんはここに来るの初めてだよね?ここの名物"ツールフプーレク"だよ!ようこそ、"ウノイ"の中心部、"カナンマ"へ!」


 カナデは手をばっと大きく広げた。私は、"ツールフプーレク"と呼ばれた食べ物を観察する。見た目は、完全にクレープだった。中にフルーツと思われるものたちと生クリームがぎっしり詰まっていた。私は早速クレープを口に運ぶ。もっちりとした生地がリンゴやモモやバナナなどのフルーツとふんわりとした柔らかい舌触りの生クリームを優しく包み込んでいく。見た目こそ違えど、フルーツは私のいた世界のフルーツと同じ味だった。


「おいしい!」


 そう言うと、彼はぱぁっと顔を輝かせた。私たちはしばらくクレープを食べながら街を歩いていた。


 …しかし、先程カオルから言われた言葉が頭から離れなかった。私は先程からずっとカナデの1歩後ろを歩いていた。彼の隣を歩くのが怖かったからだ。よくよく周りを見てみると、通り過ぎる人の少数は、カナデをまるで別の生き物を見るような目で見ていた。



『アイツは、"怪物"なんだ』



 カオルの言葉が脳内で再生される。"怪物"というのは例えか、はたまたそのままの意味か、私には全く分からない。しかし、無邪気に笑う彼を"怪物"だとは思いたくなかった。



 カナデが、ふと足を止めた。彼にぶつかりそうになるも、ギリギリで足を止める。それに、気がつけば周りにはほとんど人がいなくなっていた。


「ねぇ、アスカちゃん」


 びくり、と体が震える。カナデの声は、いつもの優しい声とは違う、冷たいものだった。


「隠さなくてもいいんだよ」


 カナデはゆっくり振り返り、ニヤリと笑った。




「アスカちゃん、"ニンゲン"なんでしょ?」



 私の手からカバンが滑り落ちて、音を立てた。

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