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君の瞳に映りたい  作者: 神崎いのり
プロローグ
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プロローグ

 目を開けると、そこは何も無い真っ白な空間。きょろきょろと辺りを見回してもただ真っ白な空間が続いていた。自分を見下ろすと、この空間と同じ真っ白なワンピースを身に纏っていた。


__私、こんな服持っていたっけ…


 ふと、後ろに気配を感じ振り向いた。あろうことか"それ"は周囲の白を呑み込み、暗黒をじわじわと膨張させていた。"それ"の中央には人らしきものがいた。恐怖に身を震わせながらも私は"それ"に近づく。距離を縮めるにつれ、すすり泣きのような声が鼓膜を揺らす。その声は"それ"の中央から聞こえていた。



「あなたは…誰?」



 "それ"の本体は、体を震わせながら口を開いた。



「______」



 ジリリリリ、と耳障りな音がする。はっと目を覚ますと同時にベッドから床へ転がり落ちる。


「あでっ!」


 盛大にぶつけじんじんと痛む頭をさすって叩くようにして目覚まし時計を止める。ビッと声を出し、鳴き止んだ。ちなみにこれは今日だけに限った話ではなく最早私のモーニングルーティーンと化していた。こんな自分に呆れ、思わずはぁっと溜め息を吐く。そしてチラリと目覚まし時計の針を覗きこんだ瞬間、体が硬直した。


 私が通っている学校は朝の8時30分から始まる。学校へ行くまで歩いて30分。つまり、朝食着替え等の支度の時間を考慮すると私の場合起きるのは7時半。しかし、現在の時刻は…


「8時!?嘘じゃん!」


 寝惚けた頭を早急に回転させ、ドタドタと音を立てて階段を駆け降りる。


「ねぇ!起こしてって言ったじゃん~」


 皿洗いをしている母に向けて文句を言うと、母は呆れたように水を止めた。


「何回も起こしたでしょ、それに朝起きてからの挨拶は?」


 母は片手で私の両頬を鷲掴む。


「お、おはようございます…」


「よろしい」


 すっと手を離され、母はすぐに皿洗いに戻る。私は服を秒で着替え、母が用意してくれたガーリックトーストの端を咥えて猛ダッシュした。後ろで母が何か言っていたが知らんぷり。

途中何度かつまずいたり転んだりしたが、キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが鳴り門が閉められる直前に滑りこんだ。冷たい視線を向けられたような気がするが知らんぷり。学校へ入ってからも速度を緩めず、勢いよく教室の扉を開いた。


「セーフ!」


「アウトな。それと教室に食べ物持ってきちゃだめだぞ」


 担任の先生は呆れたように私の口元を指差す。黙ってモゴモゴと口を動かすとトーストは一口も食べられていなく、もう既に冷めきっていた。あはは、と頬を掻きながら自分の席へと着いた。


「明日香、あんたまた遅刻?それにガーリックけっこう匂うから歯磨いてこないと、あんたそれでも女子なんだから」


 まだ始まったばかりなのに今日何度目か冷たい視線を向けられる。私の前の席から話しかけてくるのは親友のちとせ。私のお母さんのような存在だ。自分でも自覚しているが私はかなりドジで、お弁当を忘れた時には分けてくれるし、怪我した時にはすぐ手当てしてくれる。勉強が苦手な私にも分かりやすく勉強を教えてくれるし、もうなんでもできちゃう完璧超人だ。


「はとの上にはとをつくらず…」


「なんで鳩なんだよ、どこかの芸術作品かっつーの」


 右隣から話しかけてくる口煩い小僧は晴樹。いわゆる腐れ縁ってやつだ。


「それに今日8回転んだろ?全くドジなのかバカなのか…」


 …この通り名探偵並みの推理力がある。お前はエスパーかっつーの。


「ドジでもバカでもありませーん」


「じゃあアホか」


「んだとー!」


「こら、あんたたち黙りなさい!」


 こうして3人で笑いあう。私は少しドジで苦労することがあるけど、それでもこうして笑いあえる日常が好きだ。こんな当たり前の日々か続けばいいのに。




 あれから時は経ち、現在は放課後。事件は起きた。


「ほ、補習…」


「自業自得だな」


 本日数十回目の呆れたような視線。流石のちとせもお手上げのようで頭を抱えている。何故このような事になっているのか、答えは簡単だ。今日は寝坊したため朝の支度をまともに出来ていない。念入りに用意をしても必ず忘れ物をする私が、当然忘れ物をしないわけもなく…


「先生のアホ、バカ」


「お前に言われたくないと思うぞ」


 晴樹も珍しく困ったように顎をつまむ。いつも晴樹は部活があるため、3人で帰ることの出来る機会は極まれだ。その貴重な機会を潰してしまったことへの罪悪感に押し潰されそうになりながらも、頭の中に浮かんだ名案を言わずにはいられなかった。


「じゃあ、私を置いて2人で帰ればいいじゃん」


「はぁ!?」


 ちとせは頬を赤く染めて、憤慨する。晴樹も平静を装っているようだが、動揺が見え見えだ。


「じ、じゃあそうするか。また明日な」


 若干の動揺を残して晴樹はひらひらと手を振りながら教室を後にした。それに続いて林檎のように真っ赤なちとせも教室を出ていく。教室に残されたのは、私としんと静まった空気だった。お気に入りの緑色のシャーペンをくるくると回転させながら、ぼんやりと窓の外を眺める。


_私が気づいていないとでも思ったのか。


 中学に入ってから3年間、私はずっと2人と一緒だった。故に2人の間に流れる空気が変わったのもすぐに理解できた。お互いにそっぽを向いて恥ずかしそうに手を絡める2人を眺めながら、なんとも名状し難い黒い感情が胸の中で蠢く。これは奪われたことへの嫉妬か、はたまた1人にされた孤独感か。そんなこと、今の私にはどうでも良い。そう自分に言い聞かせ、シャーペンを握る手に力を込めた。




「うっわーもう真っ暗」


 そんな独り言も虚しく闇の中へ溶ける。冷気に晒されてかじかんだ手を擦り合わせてはぁっと息を吐く。私を家へと導くのは、ぼんやりと灯っている街灯のみ。それに今日は曇っているからか月明かりもあてにならなかった。15歳と言えど、やはり夜の独り歩きは怖い。大切な妹から貰った緑色のスカーフを握りしめ、闇の中へ足を踏み出す。何歩か歩いていくと慣れてきたのか、次第に足取りが軽くなる。鼻歌を歌ってスキップをしてみると、石に躓いて転んだ。自分のドジさに一周回って笑いが込み上げてくる。一人で笑うなんて完全に不審者だなと思いながらも、再び歩きだす。今日の夕御飯はガーリックライスがいいなどぼんやり思考を巡らせながら足を動かす。ふと視界の先に何かが飛び込んできた。少しだけ近付き目を凝らしてみると、行く手を阻むかのように工事の看板が鎮座している。朝は無かったのにと疑問に思いながらも慎重に脇をくぐる。刹那、


「…え」


 ふわりと体が宙に浮き、無重力状態になる。私は瞬時に穴に落ちたと理解した。でも、先ほどの場所に穴なんて無かった。じゃあ私は何に落ちた…?


 そんなことを考えているうちにも体は下降を続け、地上からどんどん遠ざかっていく。不思議の国のアリスのような気分を味わいながらも、頭の中に今までの思い出がフラッシュバックしてしく。母の怒った顔、ちとせの照れた顔、晴樹の困った顔、そして手を繋ぐ2人…



 あぁ、これが走馬灯ってやつか。



 私は死を覚悟し、今も下降を続ける体に身を任せ、意識を暗闇に手放した。

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