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幼なじみの独白

現世にて幼なじみくん視点です。



10年間、行方知れずになっていた幼なじみが帰って来た。

民族衣装のような、と言えば聞こえは良いかもしれないが、俺から言わせてみれば途方もなくイカれているとしか思えない装いを身に纏って。

素材もデザインも見るからに上等であるものの、首と額に下げられている装飾品、それらから放たれる禍々しさが全てを損なっているように感じた。

でも、そんな服装のことなんて些末なことでしかない。

それ以上に、俺に泡を吹かせたものは2つ。

1つは、彼女の姿が10年前のままであること。俺はもう30歳を迎えようとしているのに、彼女の姿はどうしたことだろう。到底、同い年の女性には見えない。

もう1つは、幼なじみが重そうに抱える胎の存在感。大きく膨れた胎は妊婦のソレそのものだった。

生きて再会できたことは喜ばしい。喜ばしいことであるはずなのに、手離しに喜ぶことができない。殺人や人知れず自ら命を絶ってしまったわけではなかった。ならば、彼女の身に何が起こったというのか。誘拐、家出……はたまた神隠しか?

彼女とは単なる幼なじみでそれ以上でも以下でもない。でも、俺には真相を知る権利があると思うのだ。そのくらい、10年前に彼女が置いていった俺への傷は根深いのだから。




幼なじみといっても高校生になる頃には疎遠になっていたから、親密さでいえば、四六時中一緒にいるような友達や恋人、血のつながった家族とは比べるべくもない。その程度の関係だったはずなのだけど。

お互いまだ高校生だった10年前のあの日、忘れもしない、彼女から唐突に「相談がある」という連絡があったのだった。その日の17時頃、かつてよく一緒に遊んだ近所の公園で待ち合わせる、確かにそういう形で会う約束をしていた。

彼女がやってくるのを待ちながら、何となく、昔に戻ったようだと考えていた。時間の潰し方が翌日の小テスト勉強になってくらいで、自分たちの関係はなんの変哲もなく不変で、ずっとこんな風に幼なじみであり続けるのだろうと疑いもしなかった。そんなことを心の中で確かめながら、ペラ、ペラ、と参考書を眺めて彼女を待っていたのに。日が傾いて街灯がともり出す頃合いになっても彼女が姿を現すことはなかった。スマホを確認しながら、あと少し、あと少しと待った。連絡も入れたが返信もない。これ以上待っても無意味だ、と確信が持てる時間まで粘った。

一方的に約束を反故にされたのだと思いつつも、約束を破るような人間性ではないはずだと不可解に感じて、そうであれば事故や何らかの事件に巻き込まれていやしないかと心配になりその足で、やはりかつて足繁く通った彼女の自宅を訪ねたのだ。ばつの悪そうな顔をした彼女がいてくれたら、それだけで安心するのだけどと確認の意味を込めて。

そんな思いとは裏腹に、彼女の自宅前は傍目からでも分かるほどに張り詰めた空気が漂っていた。彼女は愛情深く育てられていた、そんな彼女が帰ってきていないのだと、まざまざと伝わってきた。


行方不明になる直前に会おうとしていた人物、ということで相当根掘り葉掘りを聞かれた。彼女との関係は?なぜ会う約束をしていたのか?何か知っているのか?情報提供というよりもはや任意の事情聴取であったと思う。俺が怪しまれるのは自然な流れではあったのだろう。それでも俺はスマホ片手に「彼女から相談事を受ける予定だった」と言うほかなかった。

俺の疑いは行動やメッセージ履歴などから早々に晴れたものの、逆に言えば、思いもよらぬ事件性を強く裏付けるものとなってしまったわけで。悩みがあったとはいえまだ誰かに相談する意欲はあったのだから、家出や自殺という線は薄くて、連れ去りや何らかの事件に巻き込まれた可能性の方が圧倒的に高く見積もられた。

それからの彼女の両親の様子といったらもう。彼女の両親は3年前に亡くなってしまったけれど、その死に際はあまりに非業で、不憫で、それでも最期の最期まで自分たちの娘を希っていた。


……直接、何かを言われたわけではない。けれどあの人は自分たちの娘を希う傍ら常に俺を監視していた。今もずっと恨めしそうに呪わしそうに俺を見るあの人の視線が離れない。娘を、彼女を探し出すまでお前をずっと見ているのだと、じいっと滅多刺してくる。


彼女が帰って来たのは、情緒がぐちゃぐちゃになってもう形が保てなくなった頃だった。




どう考えあぐねても思考が停止してしまう、非現実帯びた彼女の年若さはさておき。どちらかというとまだ答えにある程度の納得を得られそうな、彼女の胎の中の存在。知れば、彼女がこの10年間どのようにして生きてきたのか分かるかもしれない。一縷の望み、もはや祈りにも似た何かの感情を胸に、聞いたのだ。「誰の子どもなの?」と。

すると何てことだろう!幼なじみは意味不明な言語で何かをまくし立てた後、なんとか聞き取れる言葉で一言。

――まおう、

確かにそう言ったのだった。




いつ生まれてもおかしくないという、そんな頃合いだったらしい。保険証の用意だとか産婆の手配だとか、そういった諸々の手配をしたのは彼女の叔父だった。彼女の両親が亡くなってから、いつ彼女が帰って来ても良いように実家の管理をしなければならず、それが他人の俺には手に負えない案件であることは明らかだった。遺産として引き継いだのはどこかで生きているはずの幼なじみ、しかし当時はやはり行方不明であったから、彼女の叔父が代わりに移り住み管理を続けていたのだ。

彼女の両親たっての希望で部屋はそのままにしてあったから、胎の痛みで苦しむ彼女は自室で休んでいる。布団の中で背を丸くしているせいか、胎の存在感はなりを潜めていた。


高校生然とした部屋、アイドルのポスターが飾ってあったり、ぬいぐるみが並べてあったり、カラフルなペン立てが置かれていたり。そんな部屋のベッドで横たわっている彼女は背景に溶け込むように自然そのものだ。時が止まっていたはずのこの部屋があまりにもお似合いなのだ。

お似合いであればあるほど、俺自身と、度重なる睡眠不足で濃くなったクマ、薄くなりだした頭髪に荒れた肌をした俺と比べれば比べるほど。まざまざと突き付けられる、彼女が一切老いた形跡がないということを。俺はそれがとても恐ろしく狂おしい。得体の知れない超常現象的何かが彼女の身に起こったのだとしか思えない。


何をどう手筈すれば、この不可解な状況の彼女を救えるのだろう。叔父さん曰く、特別な方法というものがあるらしい。彼女をあの公園で見つけた時も、俺が咄嗟に助けを求めたのは叔父さんだった。救急車を呼ぶとか、警察に連絡するとか、そういった対応は微塵も過ぎらなかった。保身もあったし、何よりそうすることが最善であると強く思い込んでいたから。結果的に叔父さんは俺を救ってくれたので、俺は最善中の最善を選ぶことができたようだった。




その後日を待たずして幼なじみが死んだ。出産に伴い亡くなったのだという。


最期の瞬間に立ち会うことは許されなかった。正直、ほっとしている。もう来るな、と強く語調で言い放った叔父さんに心から感謝を述べたくらいに。彼女のことは幼なじみと思っているし、そこそこに大切に思ってはいた。でも、改めて思うとどうしてここまで拗らせてしまったのかはよく分からない。彼女には恋愛感情はおろか、家族的な愛情を抱くほどの関係でもなかったのに。


あの人の突き刺すような視線はもうなくなっていた。

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