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テンセイミナゴロシ  作者: アリストキクニ
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3-33 ブレイカー⑦

「あれ……今何か聞こえなかった?」

 誰かが呼ぶような声が聞こえた気がして僕は辺りを見回す。しかし周りにはダウター以外には誰もおらず、あるのは汚れた空気や水で汚染された世界だけだ。

「いんや、俺は何も聞こえんかったけどなあ」

 ダウターも何も発見できなかったようだ。ならば僕の聞き間違いなのだろう。

「しかし一生もんやと思ってたブレイカーのトラウマがこんな簡単に片付くとはなあ」

 僕とダウターは、彼らアンタッチャブルが壊して回った世界をまた順番に巡り直している。

「とはいえ回らなくちゃいけない世界の数が余りにも膨大ですからね。すぐにってわけにはいきませんよ」

 僕はその場にしゃがみ込んで地面に手を当てる。そのまま『この世界で起きた出来事を知りたい』と願うだけで、僕の傍らに分厚い一冊の本、『アカシックレコード』が出現した。その本を手に取り医学の分野を確認する。そこには単なる風邪から難病まで全ての病気の症例が記されており、この世界では不治の病扱いだったものですら詳細な治療法が書かれていた。

「コピー」

 そう唱えるだけで僕の周りにどんどんと本が生み出されている。アカシックレコードの医学を分野だけを完全にコピーしたその本達は、あっという間に僕たちの周囲を埋め尽くした。

「緊急脱出」

 そしてその医学書をこの世界のあらゆる場所にランダムに緊急脱出させていく。


「いっちょあがりってわけや。ほんまに何でもチート野郎やなあ」

 次々と打ち出されていく分厚い医学書を見ながら、感嘆した様子でダウターが話す。

「とはいえアカシックレコードに書かれているのはあくまで過去の全てみたいだからね。これから新しい病気が生まれてきたら、それはこの世界の人間達が頑張って治療法を探していくしかないよ」

 やはりブレイカーの使った全治の力は規格外なのだ。転生者全ての能力を探しても、将来に渡って未来永劫人を癒やし続けるものは存在しなかった。

「それにこれはダウターのおかげでもあるんだよ」

 解毒の力を込めた呪符を作りながら、それも次々と各地に緊急脱出させていく。

「僕たちはこうやって世界の医学の空白を埋めて、各地の公害の除染を行なって次々に世界を回っているわけだけど、新しい世界に行く度に汚染の度合いが低くなってる。きっと僕がブレイカーを信じたように、ブレイカーも僕を信じてくれているんだ。それが『導きの扉』による世界改善につながってる。この分だともう何十か世界を回った後には、人間が健康を無視した結果の公害や環境の汚染といったものは無くなっているかもしれない。もちろん医学の空白は埋めないといけないけど、かなりペースアップできるんじゃないかな」

「なるほどなあ。俺の能力ってめちゃくちゃ強いんやけど、一回疑うと効果が出んようになってまうせいで、俺が自分で使えることはもうあんまりなさそうやからなあ。オールにはピュアなままで頑張ってほしいわ」

「よく言うよ。誰かさん達のおかげで転生してからはずっと疑心暗鬼で過ごしてきたってのに」

「ハハハ! すまんすまん! まあこれでブレイカーも上手く行くやろう。そん時は俺ら天聖第一世代がほとんど自害した理由教えたるわ。……まあオールも一回それで死んでるけどな」

「……僕が世界を何度もやり直してる理由は?」

「あー。そうやな。それも多分リーダーが教えてくれると思うわ。……やり直してるとも言えるし、やり直しじゃないとも言えるし」

「期待してまってますよ。解毒の呪符も十分に撒きましたし、この世界はこれでいいでしょう」

「おう。どんどんやってさっさと終わらせてまお」

 ダウターが導きの扉を召喚して開く。僕たちはそれに飛び込み、また次の世界で同じことをしていく。これが終わるまでにどれだけ時間がかかるかはわからないが、僕がようやく転生世界の為に働けていることを嬉しく思う。

「ブレイカー、ご両親とうまく話せてるかな……」

 




「しかし改めて見ると化け物だな」

 ブレイカーとその両親である二人の転生者を上空から攻撃し続けている天聖者達、その指揮をとっているシーカーは感嘆の声を漏らす。

 攻撃を開始してからすでにもう一ヶ月。予定の作戦日数はとうの昔に過ぎてしまった。ブレイカーが不死身であることは十分承知しているが、自分の計算ならもうすでに数回は壊れてしまっていてもおかしくないはずだった。しかしブレイカーもあの二人の転生者も、未だ我々の攻撃をその体に受け続けている。

(ふむ……)

 地上に向けてありとあらゆる攻撃や魔法を降り注いでいる部下達の様子を確認する。我々に肉体的な疲労などは存在しないが、結果が目に見えないことを延々と続けるにはなかなかの精神力が必要になる。誰かが飽きや退屈などの兆候を出しやしないかと心配していたが、部下たちの士気は今に至っても衰えることなく皆淡々と自分の仕事をこなしている。

「見事だ」

 一心不乱に任務をこなす部下達に不器用な労いをかける。私のこの『探す者』の聖名と能力の特性上、私の部隊はいつも斥候や見張りなどの任務を与えられていた。女神様によるこの能力や役目に負い目や不満などはありもしないが、それでも部下達が実戦部隊などに軽く扱われている事実には憤りを感じていた。

「ありがとうございます! 我々の実力を持ってアンタッチャブルを破壊し、天聖軍に凱旋するといたしましょう!」

 自分の背丈よりも大きな銃を眼下に向って撃ち続けながら部下の一人が吠える。

「そうだ。我々が直接戦闘能力において他の部隊に遅れをとっているのは事実だ。しかしこの戦闘継続能力や忍耐力、また女神様に対する忠誠心は他のどの部隊よりも優れている。今こそ未だ誰もなし得たことのないアンタッチャブル討伐をこの手で果たし、我らを覗き屋や伝書鳩と蔑む者達に知らしめてやろう」

「「「「おおおおおお!!!!」」」」





 ブレイカーと二人の転生者は限界を迎えようとしていた。

「パパ……ママ……ごめんなさい……」

 随分と長い間、何の反応も返していなかったケータとヨーコがぎこちなく笑う。

 天聖者達達の襲撃から一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。あの執拗な攻撃者達は、今のいままで全く途切れることなく攻撃を続けていた。もちろんブレイカーも、ブレイカーが触れている二人の転生者も、全治の能力により身体に一切の傷はなく、肉体能力に何ら支障はない。


(もう限界だよ……)


 自分の身体を通り抜けていく銃弾や魔法を眺めながらブレイカーは最後の決断を行おうとする。


(パパとママはそれでも随分長い間耐えていてくれていた。致死量を遥かに超える攻撃を休むことなくその身体に受け続けながら、そしてその傷をボクに治されながら、随分と長い間耐えていてくれていた)


(ボクは無敵で不死身だ。ボクと手を繋いでるパパとママも不死身だった。……でも忘れてた。随分と昔に失った感覚だったから、ボクにはもう縁のない存在だったから、ボクの身体を通り抜けていくこの矢弾たちが、パパとママにどれほどの痛みを与え続けていたのかわからなかった)


(いっそパパやママもボクみたいに痛みを忘れてしまうんじゃないかって、そんな淡い願望に縋っていた時間もあった。でもボクはオールみたいにダウターの能力が使えるわけじゃない、使えたとしても多分信じきれなかったと思う)


(最初はパパとママも頑張ってくれてた。耐え難い痛みを耐えながら、ボクのホントの名前を呼んでくれた。パパとママはボクが娘だってことにとっくに気づいてた。だから大丈夫だと思ったんだ。きっとオールやダウターが迎えにきてくれるって。全部終わらせて、この空の上にいる天聖者たちもぶっ殺して、家族三人仲良く暮らそうって。生前できなかった家族の暮らしを取り戻そうって……そう信じてたんだ)


(でもダメだった。痛みで朦朧としているパパとママの言った「もうやめて」の言葉。そりゃ仕方ないよね、こんなの普通耐えられるわけないんだから。ボクも痛みを失うまでずっと泣いて喚いてたもん。でもボクはほんの少し、ホントにちょっぴりだけ、裏切られたと思っちゃったんだ)


 ブレイカーは未だにぎこちなく笑う両親にニッコリと笑い返す。


(だからパパとママは、ボクの望む通りの理想のパパとママに治療されちゃった。もうパパとママは痛みにうめいたりしない。ボクの理想のデグ人形)


(パパ、ママ。最初から最後までこんな娘で本当にごめんなさい。でも必ず仇は取ります。あいつらを全部全部殺してやります。だから……ごめんなさい……、さようなら……)


 ブレイカーは繋いでいた手をゆっくりと話す。その瞬間、二人の体は穴だらけになり、粉々に打ち砕かれ、そして塵となって消えた。








「シーカー様! 転生者二名の死亡を確認しました!」

「見えている。ようやく壊れたみたいだな。それでは捕獲し、天聖世界に連れていくとしよう。導きの扉を用意し……

「ああ! 来ます! アンタッチャブルがものすごい速度でこちらに来ています!」

「馬鹿な!! 撤退だ! 各自撤退! 最速でにげらぴょっ!」

「ああ! シーカー様! 撤退だ! てったビャアアあああぁ!」

「化け物! 化け物! あああ! ああああああ!」


 

 

『ブレイカーは光の力を失いました』



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