3−20 罪の意味
彼の言うことが本当なのだとしたら、天聖者は皆すべからく人を不幸にしているのなら、どうして僕にもそれをさせる必要があったと言うのだ? 最初から全部一から十まで説明してくれたらそれで良かったじゃないか。
「どうして僕を天聖軍に入れたんだよ? 初めからアンタッチャブルとして扱ってくれればよかったんだ。それならモンスターだの魔族だのと戦う機会もほとんどなかった。アレが本当に人間だったとしたら、何故わざわざ僕に人殺しをさせたんだ?」
厳しくダウターを責め立てる。人を助けたいと何度も言っていたのにこれじゃ辻褄が合わないだろう。
「…………後戻りできんようにするためや」
ダウターは真剣そのものといった顔で聞き捨てならない事を言い出した。
「さっきも言ったやろ。転生を無くす為なら俺らは何だってやる。オールの力がないと転生そのものを破壊することはできんってリーダーが言っとるんや。だから最初に拷問まがいの事までしてその全能の力を無理やり与えて天聖者にもした」
「……まがいじゃなくて拷問そのものですけどね」
「まあな。……転生者の能力はそいつの欲望に引っ張られる。全能を与えるには転生に興味のない転生者が必要やった。だからオール、お前に白羽の矢がたった」
「そこまでは一度聞いてるよ。僕が聞いてるのは何故わざわざ天聖軍に入れて、しかもアンタッチャブル達が自殺までして僕に出世させた理由だよ。天聖軍になんか行かなくてもお得意の拷問でも何でもして僕を好きに使えばよかったろ。トップに上り詰めたおかげで僕は数え切れないほどの魔族を殺すハメになったんだ」
僕が一番最初に転生した時、天聖学院を卒業して天聖軍に入ってから僕は次々とアンタッチャブルクエストに挑戦し、彼らを殺す事によってトップまで出世したことになっている。
しかし実際にはまともに戦ってなどいなかったのだ。アンタッチャブル達は僕の所属するパーティーだったり軍団だったりのところに突っ込んできては僕以外を皆殺しにして、僕とお遊び程度に戦った後に勝手に自殺したのだ。
「ハハハ。まあそんなこともあったなあ」
「正直言ってあの時の僕は全能の能力頼りで何も考えずに戦っていた。まともにやり合ってたら僕に勝ち目なんて一つもなかったはずだろ。それなのにダウター達は最後まるで無防備に僕の攻撃を喰らって死んでいった」
「そうそう。リーダーから戦い方を教えて最後には死ぬように言われとってな。俺らのおかげで成長できたやろ? 命は一個しかないからなあ。しょうもないミスで死なれたら終わりやから、天聖軍に入ってもメイカーとか俺らでずっと見張ってたんやで」
「ええ……」
全部彼らの掌の上だったのか……。まあ女神様ですらアンタッチャブルの一員なのだ、それぐらいは当然のようにやってのけても何もおかしくない。
「まあとにかく俺達はオールに万が一の事が起きないようにあらゆる手を尽くしてる。わざわざ天聖軍のトップにさせたんにもめちゃめちゃ意味があるんや」
「全能はその時に最適な能力が自動で発動できる便利さの代わりにそれぞれの能力の理解や応用が浅い。意識してないと毎回毎回別の能力が発動するもんやから成長がないんや。でも天聖軍の中でいろんな天聖者が能力を活用しているのを見聞きしたら、その活用とか応用をお前ができるようになるんや。俺たちアンタッチャブルと一緒にいても周りにいる天聖者の人数がはるかに少ないし、俺達の戦い方はほとんどが自分の罪名を活用したもんやから、そもそもオールには真似できひん可能性が高い。将来的にオールが色んな奴と一人で戦うことを考えると天聖軍に入れるのが一番やった」
「……なるほど」
「あとは打算的な話もぎょおさんあるわ。軽くでも俺らの追体験をしといてもらえりゃ味方にしやすいやろうなあとか、億を超える人を殺させときゃ、開き直ってどんな酷い選択肢でも選べるようになるやろなあとか」
「それだけのためにたくさんの人の命を僕に奪わせたのか!?」
ダウターの胸ぐらを掴んで至近距離で睨みつける。しかしダウターは僕の怒りなど気にしていないようで全く動じていない。
「そうやで。転生を無くすためになら俺らは何でもやるし、オールにも何でもやってもらう。意味があるなら億だろうが兆だろうが殺してもらう。そもそもその程度の数は今やたくさんでもないし多くもないんや。まじで転生世界は無限に広がってる。まあこの辺は実感せん限りは理解できんかもしれんけどな」
「……どうなったって理解できるもんか」
突き飛ばすように彼の服から手を離す。ダウターは仕方がないと言った風に肩をすくめた。
「嫌でも理解するときが来る。この世界を壊したあと、オールはブレイカーと一緒に行動してもらうからな。そこでブレイカーの味わった地獄も聞いたってくれや。……もしブレイカーも俺みたいに助けることが出来たその時には、リーダーの事も含めて色んなことが理解できるようになるからな」
「……」
「よお! 遅くなったね!」
重苦しい沈黙を吹き飛ばすような声が聞こえた。ついで教会の入り口のドアが開く。
「さあさあこの世界も壊すんだろ? ……ん? なんだ随分ガキどもが多いじゃないか! いいのかい? ぶち壊しちまって!」
「おお、もうお別れは済んだからな。いつもの通りにやってくれ」
ダウターが導きの扉を召喚し、開く。
「はいはい! それじゃ出てった出てった! 巻き込まれた死んじまうよ! さっさと出ていきな!」
ダウターが扉に入り、その姿が見えなくなったのを確認してから僕も扉の中へと進む。到着するのは同じ場所なのだからこんな行為に意味などないのだが、何だか今は少しでも彼と距離をとっておきたかった。
耳を塞ぎながら揺らめく銀の水面に身体を埋めていく。命と世界が壊れる音はやっぱり聞こえてしまった。




