3-19 覚悟
(一……十……百……)
結局その後はいつも通りだった。ブレイカーと黒い天聖者達は導きの扉から裁判所まで帰り、ルイナーを呼びに行った。
(千……万……十万……)
ダウターはルイナーが到着するまでの間、何も知らずにスヤスヤと眠る子供たちの頭を一人ずつ撫でている。
(百万……千万……億……)
僕は聖堂の隅に座り膝を抱えたまま、数を数えるのがやめられない。今まで何度も繰り返してきた転生者の生き方で、僕がどれだけの数の『敵』を打ち倒してきたかを数えているのだ。
心の中ではあんな話は嘘っぱちだと思っている。しかしどうしてか今まで経験してきた大戦がどんどんと頭の中に浮かんでは消えていく。そしてその戦いの中で振るった技を、倒した敵を、その時に感じた僕の高揚や充実感を思い出しているのだ。
(億から先は数えたくもないな)
ダウターの言う様に、天聖者がその世界の人間を皆殺しにしているのだとしたら? 元となる地球の人口はどれくらいだった? たったの一戦で何十億も殺していたこともあったのだろうか? 答えは恐らくYESだ。
天聖軍に所属している者で、一対一の戦いをする機会などほぼありえない。そんなことをするのはよっぽど特殊なスキルを持っているかただの一兵卒だ。天聖軍での階級が高ければ高いほど、その者の攻撃の威力や範囲は遥かに広がっていく。
大戦と呼ばれるような戦いに参加している主力級の天聖者達の攻撃は、地や空や海を黒く埋め尽くす魔族の波に大穴を開ける。例えるならブルドーザーで砂漠の砂をすくうようなものなのだ。すくった砂粒の数なんてわからない。考えたこともなかった。我々は正義を胸に目の前の敵を殲滅すること以外に考える事などなかったのだから。
僕は天聖第一軍軍団長、全能のオールだった。魔族の大軍が太陽の光を完全に覆い隠し、海と陸の区別もつかない程に黒く染められた世界に何度も光を取り戻してきた。その黒い粒一つ一つが人間だとダウターは言う。
(ありえない……!)
人間は空を飛べない。海に深く潜ることもできないし、毒の息を吐くこともできない。あれらが人間であるはずがないのだ……
(転生世界は転生者の好きなように世界そのものを変えるんや)
いつかのダウターの言葉を思い出す。あの世界の転生者はもう死んでいた。転生者がいないのだから……人間がモンスターに変えられる理由もないだろう?
(じゃあなぜこの世界の子供たちが天聖軍からモンスターに見えた?)
これがケイハ先生の望みのはずがない。事実ケイハ先生が生きている間は、この世界を何度繰り返しても天聖軍などはやってきていなかった。天聖軍が行うのはあくまで『後始末』なのだ。
(転生者がいなくなった転生世界は、一体誰の望み通りに形を変えるのだ……?)
わからない……。そもそも全てが推測に過ぎないじゃないか。ブレイカーが名前の通りにあの哀れな天聖者達の精神を破壊して、アンタッチャブルにとって都合のいい事を喋らされているだけかもしれない。
(それでも……それでもだ……)
彼らの話に一貫性があることは確かなのだ。始原の四聖とも呼ばれ、一人一人が世界を丸ごと包むような力を持っているとされる能力者が、一体どうして天聖軍を裏切る必要があった? 天聖者が人を救っているのならば、裏切る理由なんてどこにもない。
(じゃあ単に悪に堕ちたのか?)
アンタッチャブルと呼ばれる彼らの力はあまりにも強大で、彼らが揃って何かをやろうとすれば止められる者はいないだろう。話が真実ならば、彼らは一度神すら殺しているのだ。ならば天聖軍が彼らの障害になるとは思えない。アンタッチャブルが悪に堕ちたのだとすれば、すでに世界は地獄と化していただろう。
考えれば考えるほど彼らの今までの言葉や態度が一本の糸の様に真実に繋がっていく気がする。しかしこの糸を繋げてしまえば最後、僕は……天聖軍は……この世界と人間は……
「あまりにも哀れじゃないか」
僕一人の中に留めておけない程の万感の思いが言葉になって身体から出る。その呟きを聞き、子供たちを見送る準備を済ませたダウターが隣に座った。
「なぜ僕にこんな話を? 何も知らせず適当に僕を使ってくれればよかった」
つい恨み言をぶつけてしまう。今まではこの世界の事を教えろ教えろとずっと文句を言っていたのに、全く都合のいい話だ。
「例えばなあ、ここに寝てる子供たちを全員無理やり叩き起こして、死ぬ寸前まで恐怖と痛みを与えては回復させることを百回繰り返せば転生が全てなくなって世界は救われるとしたら、オールにはできるか?」
「……オエッ」
そんな場面を想像しただけで吐きそうになる。
「そうよなあ、吐きたくなるほど胸糞悪いわ。それなら代わりに俺らみたいなアンタッチャブルを百回死ぬほど痛めつけてくれた方が百倍ましや」
彼の言葉は強がりや偽善の類ではないだろう。悲しい事に僕は拷問の影をちらつかされただけで転生者になることを決めた臆病者で卑怯者だ。彼の様に代わりに自分を痛めつけろと言える自信はなかった。
「それでもな、転生がある限り似たような事は色んな世界でずっと起きていくんや。転生者が増えて転生世界が増えていったら、人口もばんばん増えていくわな。その増えた人間がみんな転生者になってまた転生世界を生み出すとしたら、一体この世界にはどれだけの不幸な人間が増えることになるんや?」
……正直ゾッとした。
百人の転生者が導きの門で転生世界を作る。その時に出来る世界の数は転生者の和人と同じで百個だ。そのそれぞれの世界に百人の人間がいたとしたら全部の人口は一万人になる。じゃあその一万人がまた転生して一万の転生世界を作ったとしたら? 次は百万人の転生者の出来上がり。しかし一つの転生世界の人口が百人なんてはずがないだろうから、実際には一億とか一兆とか、数えるのもばからしい数の転生者が生まれる。
そんなねずみ講とも言えない爆発的な数の増え方を、一体今までに何度繰り返してきたのだろう? 今転生者は……、転生世界は、そして天聖者はどれだけあるんだ……?
「俺らが天聖軍に直接乗り込んで皆殺しにしても無駄なんがよくわかるやろ? ほんまは転生世界一個一個巡って転生者を一人一人殺して世界を一つ一つ滅ぼしても意味なんてないんや。俺らが一人殺してる間に、まあ一兆とかそれぐらいの数の転生者が生まれてるんやろうからな」
ダウターの言葉に僕は思わず絶句してしまった。途方もない事の例えで、広大な砂漠から一粒の砂金を探すといった話はよく聞く。しかしそれでも砂漠の砂には限りがあるのだ。砂漠の砂を全て拾えば必ず砂金は見つかる。
しかし転生者殺しには終わりがないのだ。砂を一粒拾っている間に、その星全てが砂漠に変わっているようなものだ。
「じゃあダウター達がやっていることは一体なんなんだよ……、どうしてそんなことをずっとずっと続けていられるんだ?」
サンズガワが『どうして休む必要がある?』といっていた事を思い出した。……まるで逆じゃないか! どうしてこんなことをずっと続ける必要があるんだ!?
「まあ俺らがやってるんは罪滅ぼし……にもなってないな。自己満足や」
口では自虐的な言葉を発しているが、なぜか彼の表情は確固たる意志で強く固められている。
「俺らはホンマに数えきれんぐらいの人間をモンスターや魔族として殺してきた。そんで真実に気付いてしまった罪で罪名を与えられて、自分の能力を人を救いたくても救えないような能力に変えられてしもた。まあ俺はオールのおかげで克服できたけどな。聖名も戻ったみたいやし」
それは初耳だった。そもそも自分ではどうしてもダウターが救えなかったから、彼自身に全部を任せて役目を放り投げただけなのだ。
「そんで罪名持ちになってから俺らは話し合ってん。どんなひどい事をやる羽目になっても、それで転生がなくなるのであれば、必ずやり遂げて見せようって。だから最初の質問に戻るけど、俺は百回でも千回でも、親でも子供でも兄弟でも、もちろん自分自身にでもなんだってやる」
「……随分都合のいい話ですね」
僕は彼に恨み言をぶつけるため、大きく息を吸い込んだ。
 




