3-17 ブレイカー
捕えた女天聖者から話を聞こうとするダウター。しかし残念ながら彼女は答えを返す前に哀れにも気絶してしまっていた。
「あーあー、泡まで吹いてもうてるわ」
ダウターは仕方がないといった様子で肩をすくめこちらに振り返る。
「近づいただけで気絶されるって一体何をしでかしてきたんですか?」
目の前で極悪非道の数々でも繰り広げられない限り、恐怖で気絶するなんてことが早々に起きるとは思えない。
「まあ天聖者って精神的に弱いとこあるからなあ」
「ねー。ボク達そんなにひどい事なんてした覚えないよー」
アンタッチャブル同士が向き合ってかわい子ぶっている。
「まあ気絶してもうたんはしゃあない。ほんまは自分の口で説明してもらおうと思ってたんやけど、予定通りブレイカーに頼むか」
ダウターの言葉にブレイカーがニッコリとほほ笑む。派手な髪やメイクには随分と不釣り合いな優しい微笑みだ。
「オールはブレイカーの事はまだ全然知らんかったよな。『ブレイカー』の罪名に相応しい力見せてもらうといいわ」
(罪名……?)
確かに『破壊者』なんて名前はどっちかというと悪役って感じだ。とすると彼女が四人目の始原の四聖なのだろうか?
「はいはーい! ボクの呪われた力見てってねー!」
ブレイカーはぴょんぴょんと天聖者達に近づいていく。縛られたまま気絶している四人にそれぞれ少しずつ触れていったかと思うと、それだけでそのままこちらに帰ってきてしまった。
「できたよー!」
教室で先生に手を挙げる生徒の様に元気よくブレイカーが片手をあげて終わりを告げる。
(一体何をしたんだ……?)
ブレイカーは本当に天聖者に軽く触れただけだ。それで何が起きるというのだろうか?
「そんじゃあの縛ってるロープもう全部消してええで」
「え……、でもそれじゃ目を覚ました時にまずくない?」
「ええんやええんや。もう終わっとるから」
ダウターは手をヒラヒラと動かす。半信半疑であったが僕は彼らの拘束を消滅させ、彼らが自由に移動できるようにする。
「オールは誰かの疲労とか精神的なダメージを治したりするスキルもってるか?」
急な質問にその意図を計りかねるが、試しに自分の疲労を治してみようと試してみる。しかし頭には何のスキルも浮かばず、どんな魔法も発動することはなかった。
「うーん。やってみようとしたけど何も出ないね。そういったスキルは転生世界に存在していないか、発動に条件があるのか……」
僕の答えにダウターはウンウンと納得した顔で首を上下に振る。
「俺も長い事この世界におるけど身体を治すスキルは山ほどあるのに精神的な方はさっぱりや。だから天聖者は無限に近い体力を持ちながらも休息を必要とするやつが多い。鬱になったりさっきのこいつみたいに恐怖で失神したりもする。転生によって与えられた能力から考えるとあまりにも精神が貧弱や」
「確かに……ってダウター!」
ダウターが得意げに語っている間に、縛られていた天聖者達が目を覚ましたのかゆっくりと立ち上がっていた。しかしどうも様子がおかしい……、まるで糸で操作された操り人形の様な不自然な動きなのだ。
「ブレイカーはな。罪名持ちってことでわかったかもしれんが俺とダウター、あとは今女神やってるアンダースタンダーと同じ始原の四聖の一人や。与えられた罪名が『ブレイカー』、なにもかもを破壊する者」
天聖者達は今は完全に立ち上がっていた。しかし手や首は力なくうなだれ、その姿はゾンビのようだ。
「!!」
さらに彼らの白く輝く天聖の鎧がジワジワと黒く染められていく。
「こ……これは……」
彼らが何かの影響を受けているのは間違いない。自我を感じられない虚ろな表情とダウターの話からすると……
「精神操作!?」
「当たらずも遠からずってとこやな」
今や真っ黒になってしまった鎧を着こんだ四人は、時折その口から呻き声のようなものを出してゆらゆらと不安定に身体を揺らしている。しかし顔色などに変化はなく、血色もよさそうだ。意識障害に加えて何らかの方法で身体を無理やり動かしているのだろうか。
「まあ当然ブレイカーの能力を俺が話す事は出来ん。俺はもうオールの事を認めてるけど、他のメンバーはそうじゃないやろうしな。ブレイカーの事はブレイカーに教えてもらえるようにがんばり」
そういってダウターは天聖者達の方へと近づいていく。
「そんじゃブレイカー、やってくれや」
「はーい! みんな今からボクが質問することに答えてねー!」
ダウターの呼びかけにブレイカーが応じ、天聖者に向かって質問に答えるよう指示している。黒い天聖者達はフラフラと揺れながらも全員が首を縦に振った。
「ここに来たのはどうしてー?」
直後天聖者達がそれに応えるように一斉に何かを喋り出す。しかし四人が同時に言葉を発したせいでそれぞれの意味が判別できなかった。
「四人もいらんかったなあ。減らすか? 使うか?」
「うーん。これでも正規の天聖軍のメンバーだろうし一応置いておこうかなー。それじゃこの中で一番偉い人だけ喋ってくださーい! ここに来たのはどうしてー?」
すると今度はあのダウターに気絶させられた女天聖者だけが喋り出した。あれがこの中で一番上の階級というのなら、このグループのレベルも押して図るべきか。
「私たちは天聖軍クエストによりここにきました……」
声は暗く小さかったが、それでも聞こえないというほどではない。操られているにしてはしっかりと喋っている気がする。
「どんなクエストー?」
「難易度D。最低クラスです……。この転生世界の転生者が死亡したために、教会跡に残存するグレムリンやゴブリンなどの小型モンスター掃討です」
(ん……?)
グレムリン? ゴブリン? この世界にそんなモンスターがいたのだろうか。少なくとも僕は見ていないし、この町にも居なかったと思うが。
「どうして攻撃してきたのー?」
「アンタッチャブルさんがいるとは知りませんでした……。目的地上空に到着後、鎧の力でモンスター達の存在を確認。そして上空から魔法連打で殲滅、その後帰還する予定でした。しかし教会側より反撃を受け仲間が一人撃墜。我々はその仲間を助けるために急降下して反撃者への攻撃を開始する予定でしたが、その途中で全員が反撃を受けて失敗しました」
(目的は僕たちじゃなかった? 教会が目的? 残存する小型モンスターの掃討? この教会で?)
次々に沸いてくる疑問とうっすら浮かび始めたその答えに冷や汗が背中を伝う。僕はこの感じを体験したことがある……。知ってはいけない事を知らされるあの感じ、パンドラの箱をゆっくりと開けていくような気持ち悪さ。
「そのモンスターはまだ感知できるのー?」
「はい……。教会内部に多数感知しています」
(馬鹿な……、そんな馬鹿な事があるはずがない。教会の中にはもう眠っている子供達しかいないのだ。モンスターなどはいるはずがない)
体温が上がり呼吸が荒くなってくる。微かな頭痛と吐き気を感じ、その場に崩れ落ちたくなる欲求をなんとか我慢した。
「それじゃそのモンスターの所まで連れて行ってくれるかなー? もちろん攻撃なんかはしちゃだめだよ」
「わかりました……」
天聖者達はゆっくりと歩き出した。そして物置の部屋を出てすぐの聖堂に着くなり足を止める。
「御覧ください……」
彼らはゆっくりと腕を上げ指をさす。
「低級モンスターの群れです」
その指は幸せそうに眠る子供たちに向いていた。




