3-13 お母さん
召喚された数多のルービックキューブが勢いよく目の前の女性に向かって撃ちだされる。それらは激しく回転し、音を立てながら正確に対象に向かってまっすぐ飛ぶ。ケイハ先生にもその音は間違いなく聞こえているはずだが、彼女は目を閉じて胸を張った姿勢のまま微動だにしない。
(先生……)
そして十を超えるコブシ大の立方体が彼女の身体を正確に貫いた。
「なんでや……先生……なんで逃げんかった……」
ダウターは立ち上がり、先生の近くまで歩いていく。
「先生は俺を捨てたんやろ……? じゃあ今更こんなんわざわざ食らう必要もないやないか……」
彼は目を閉じたままの先生の頬にそっと触れる。
「先生? なんでそこまで俺を信じられるんや?」
……そしてケイハ先生がゆっくりと目を開く。
「さっきも言ったやろ。ヨドヤ君はアタシの子供やからや」
ダウターは先生を貫いたルービックキューブ達を再度グルグルと回転させ、ダウター自身の身体に次々と撃ちこんでいく。それらはダウターの身体を何の抵抗もなく素通りし、身体の後ろから出てきてまた宙に浮かんでいた。
「カラフルに光るだけの魔法しかいれてへん」
ルービックキューブが消える。
「なあ先生。信じるっていったいなんなんや?」
改めて椅子に座ったままの先生の目をじっと見つめる。ダウターがずっと悩んでいた事だった。仲間にすら背中を預けられない彼は、何よりも人を信じる事に飢えていたのだ。
先生もダウターの目をじっと見返し、そっと彼の手を取る。
「信じるっていうのはな、受け入れるってことや。疑わない、とか、自分が納得できる、ってことやない。現にアタシも今ヨドヤ君がアタシを殺しに来たってことに納得してるわけじゃない。けどヨドヤ君がそうするっていうなら、そういう疑問や疑いも全部ひっくるめて受け入れる。これが信じるって事や」
「…………受け入れる」
「そうや。信じた相手が結果を出せなかろうが裏切ろうが、それを全部受け入れるんや。それにアタシはヨドヤ君が裏切ったなんて思ってない。きっとそれがヨドヤにとって大切で必要なことなんやろ? ヨドヤ君なら子供たちのことも考えたうえで言ってるはずや。それならアタシに出来る事はもうないからな」
先生はフフッと柔らかく笑った。
「それにな、ヨドヤ君が泣くときはいつも自分以外の誰かの為に泣いてたから。アタシが領主様の所に連れてった時も、もう自分で気づいてたんやろ? あのお金は孤児院のみんなに迷惑がかかるお金やってことに」
「はい…………」
一体いつからだろうか、ダウターの目からは涙が流れていた。
「ヨドヤ君は子供やし、そもそもは普通に賭け事で勝ったお金や。しかもそのお金を返してるんやからほんまは刑罰を与えられるようなもんやない。それでも相手が町の有力者でお金持ちやから、形だけでも罰を与えるしかなかったんや。だからあんなおかしな仮面をかぶるだけの罰になったし、ほんまはヨドヤ君が死ぬような罰やなかった」
「…………」
「でもヨドヤ君はあの金持ちの恨みが孤児院に向かうことを恐れて、孤児院にも賭け仲間のおっちゃんたちにも一切助けを求めんかった。自分の命よりもアタシたちの事を考えて、どこかの路地裏で一人で死んでいった……」
「先生…………」
「アタシがヨドヤ君の死を聞かされた時、そりゃもちろん後悔したよ。……でもたとえ今あの時に戻れたとしても、きっと同じようにする。アタシには守るものがあったし、守るためには何かを捨てなきゃいけないぐらいに弱くて、老いてたから」
「はい……」
「アタシは自分を信じてるし、ヨドヤ君も信じてる。だからアタシの選択が理由で起きる出来事は全て受け入れるし、ヨドヤ君が選んだ道も全部受け入れる。そしてその両方がうまくいかなかったり、ぶつかったりした時は、どっちかを捨てるしかないんや」
「…………」
「でもそれは疑ってるってことやない」
「はい」
握られたままの彼女の手を強く握り返す。
「ややこしくて自分でも何いってんのかわからんようになってきたわ」
彼女はケタケタと陽気に笑った。
「……まあとにかくヨドヤ君がアタシを殺すって決断したんなら、それが必要なんやろ? 気づいてなかったんかもしれんけど、アンタ最初ここに来た時に泣いてたで」
先生はダウターの顔を指さして笑っている。
「えっ! ほんまですか?」
慌てて自分のスーツの袖で目をぬぐう。
「ほんまや。もう最初にそれ見た時に、ああなんか大変な事があったんやなあって、かわいい子供の為にアタシはなんでもしてやろうって決めとったんや」
「先生……」
「さあ! しみったれた話はこれで終わりや! ヨドヤ君もちょっとは人を信じるってことが理解できたようやし、ちゃっちゃとやることやって終わりにしよか!」
そういうと先生は手を離し、また目を閉じて胸を張る様にして座りなおした。
「ケイハ先生……」
あくまでおどけたようにふるまっていた彼女だが隣に立って見るとよくわかる、彼女の肩は小刻みに震えていた。
やはりいくら気丈な先生と言えども死ぬのは怖いのだ。それでも自分がここにきて選択を間違えたりすることのないようその恐怖を押し殺し、ダウターを信じて目を閉じてくれている。
「ああ! 最後に一個だけお願いしていいか?」
思い出したかのように彼女が目を閉じたままダウターに尋ねる。
「はい。もちろんです。先生。子供たちの事ですか?」
「ヨドヤ君のことやから子供たちの事は考えてくれてんのやろ? 信じてるし任せる」
「はい」
「お願いっていうのはな、後ろからでいいから抱きしめてくれんか? 他の子どもたちは大きくなった時にやってもらったんやけど、ヨドヤ君はアタシが捨ててもうたからな……」
「お安い御用ですよ。先生」
遠慮がちにお願いをする先生の後ろに立ち、椅子越しにゆっくりと彼女の身体に手を回す。
「ああ……、ほんまに大きくなったんやねえ……。ありがとう……、ありがとうな……。ごめんやで……堪忍してな……。ちっちゃな子供に全部背負わせてもうた……助けられんかった……堪忍してな……堪忍やで……」
「先生……!!!」
ダウターとケイハ先生の目からとめどなく涙がこぼれ落ちた。
「俺はなんも恨んどりません!! 俺は……俺はほんまにずっと幸せでした! 先生! お母さん! ありがとうございました!」
「ありがとう……ありがとうな……。ヨドヤ……元気でな……これで何の悔いもない……ありがとう……」
「さようなら……! 先生……! ありがとうございました……!」
ダウターの両手が淡く光り、その光は先生を包み込んでいく。
ケイハ先生の呼吸がだんだんとゆっくりになっていき、そして眠る様に息を引き取った。
ダウターは光の力を取り戻しました




