表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンセイミナゴロシ  作者: アリストキクニ
43/88

3-8 ケイハ先生

「まあ過去ってゆうても特別なことがあったわけやない。俺はどこにでもいるような孤児の一人で、赤ん坊の時にどっかに捨てられてたんをあの人が拾ってくれたんや」

「教会の女の人?」

「そうや。……ケイハ先生。あの人は俺が物心ついたころには既に結構なおばあちゃんでな、それでも元気に俺たちの面倒を見てくれてた。さっきの教会みたいなとこをを孤児院の代わりにしてな、いつも10人ぐらいの身寄りのないガキが暮らしとった。俺たちは全員自分の名前すら知らんようなやつばっかりやったけど、先生が一人一人名前をつけてくれてな。兄弟兄弟って呼び合ってた」

「先生はいつもはめちゃくちゃ優しいんやけど、誰かが悪さしたりケンカした時に怒る時なんかは鬼の様に怖くてな。それでも俺たちは先生が大好きやった……。読み書きなんかも全部あの人から教わったんや」

「そうだったんだ……」

「先生の若いころは写真で見た事しかなかったから最初は自信なかったんやけど、コネクターに転生前の経歴見せてもらったらすぐわかったわ。先生で間違いない」


「先生はもう働けるような歳やなかったけど服のつくろいとか内職とかでお金を稼いでてな、俺たちも子供なりに物乞いとか、危険な仕事を代わりにやったりとかで日銭を稼いではなんとか生きてた。現実の中世と呼ばれる時代の街を見たことはないやろ? ガキの浮浪者なんて掃いて捨てるほど溢れてたし、今日の食事を賄う程度の金で大けがしたり命を落とした兄弟も数えきれんぐらいおった」

「俺は他の兄弟達よりも悪知恵が働いてなあ、しょうもないイカサマの賭け事なんかもよくやってたんや。先生はそれを見つけるたびにオイオイ泣きながら怒ってな、どんな境遇でも人を騙したりしたらあかんってずっと言っとったわ」


「その賭け事も普段は見知った貧乏人相手にやっとってな、賭けに乗ってくるおっちゃん達も俺がイカサマやってることを承知の上で、先生とか他の兄弟の為にわざといつもちょっとずつ負けてくれとったんや。もちろん当時の俺はそんなこと知らんくてなあ、情けない事に大人相手に対等に生きていけてるつもりになっとった」

「ある日、いつもみたいにおっちゃんら相手に賭けをワイワイとやっとったらな、随分高そうな服を来た身なりのいい奴が覗きにきたんや。そいつはイヤな笑い方をするメチャいけ好かん奴でな、俺たちの事をゴミの様にしか見てなかった」

「まあそんなお金持ちさんは街のどこにでもおったからな、俺らは気にせず続ける事にした。ガチガチのパンとかエールが買えるぐらいのわずかな金を……ああ、エールって言うのは昔のビールでな。アルコール度数もかなり低くて、下手にそのへんの生水を飲んだりするよりよっぽど安全やったから、子供から大人までみんな飲んどったんや。パンとかエールは値段が上がったら貧乏人が死んでまうから国が価格を決めとってな、まあそういう貧乏人のカロリー源をちょろっと買えるぐらいの僅かな金を賭けてやっとったんや」

「そしたらそいつは俺らが見たことがないようなでっかい金を無造作にテーブルに投げつけてきてな、参加させろなんてゆうてきたんや。もちろん俺らはそんな金もってないから賭けが成立せんことを伝えたら、『負けた時は自分の屋敷で豚のまねごとをしろ』なんて言い出した」

「周りのおっちゃんらは『やめとけ』とか『相手をするな』とか言って、なんとかその金持ちを遠ざけようとしてくれたんやけどな、俺は子供だましのイカサマを実力と勘違いして調子にのっとったんや。大声でそいつの勝負を受けるって叫んだ。あんときのアイツの嫌な笑い方は一生忘れた事ないわ」


「それで賭けは始まった。その金持ちは別に頭がいいわけでも賭け事が強いわけでもないみたいでな、普通にめちゃめちゃ勝った。俺のちゃっちいイカサマもそいつには効果テキメンで、結局俺は自分じゃ何年かけても稼げないような金額の金をたった数時間で手に入れたんや」

「そいつが何か騒ぎながら逃げていった後、俺は周りの野次馬たちにちょっとずつ金を配って、残りは全部持って帰る事にした。道に転がってる死にそうなガキどもに施しを与えながら、俺は意気揚々と先生の所に凱旋して金を見せた。『これで先生も自分の服を買える、兄弟に肉や魚を食わせてやることができる』ってな。賭け事は先生から止められてたけど、これなら認めてくれるやろうってのんきに考えて、生意気な金持ちからどうやってこの金をぶんどってやったかを鼻高々で説明したわ」

「先生はボロボロ泣いた。俺はガキながらに、これほど喜んでくれるなんてって誇らしい気持ちで一杯やった。まあアホやったんや、俺は」


「先生は俺を思いっきり引っ叩いてな、おばあちゃんとは思えんような力で俺を掴んでグイグイと外へ引っ張っていった。俺は『やばい! これは外にほり出されての飯抜きの罰だ!』とか未だにのんきに考えとったんやけど、先生は俺を外に連れ出した後もそのまま俺を引っ張って行って、ついには領主様のところにまで連れていかれた」

「当時は警察とかなんてなかったからな、犯罪者はだいたい領主様のとこかちゃんとした教会のエライ人のところに連れていかれるようになってた」

「俺はようやく事態を理解して先生に必死に謝った。『もう二度としません、許してください』、まあガキがワンワン泣いて謝るあれや。先生もただボロボロと泣いてはってなあ、それでも俺を引っ張る手の力は少しも緩まんかった」

「結局俺は先生の手で領主様に突き出されてな、お裁きにかけられることになった。金がほとんど全額返ってきた事と、俺まだ子供やってことで、腕を切られたり殺されたりとかではなくて、仮面被りの罰を受ける事になった。仮面被りっていうのはめちゃくちゃけったいな仮面をかぶらされてな、罪人ってことが一目で分かるようになってる。その仮面を見た人は笑ったり、石を投げたり、まあ晒し者になるわけや。もちろんこんな罪人を世話してくれる人なんておらんくてな、孤児院にも帰れず、賭け仲間のおっちゃんたちにも見捨てられて、俺はどっかの路地裏でドブネズミみたいに死んだ」


「恨んでるんですか?」

「生きてた頃はなあ、ずっとずっと恨んどった。盗んだわけやない、確かにイカサマはやったけど相手は気づいてなかった。自分でその金を使ったわけでもない、先生と兄弟の為に金を持って帰ったのに、なんでここまでされるんや? 先生は俺の事が嫌いやったんか? ってな」

「でも、それは……」

「言うな。わかっとるわ」

「……殺すんですか?」

「そらそうやろ……、転生者やねんから殺すしかないわ。ただな、このまま俺が行って殺したら、まるで私怨でやったみたいになってまうやろ? 先生が俺に気づくかどうかはわからへんけど、俺が先生を恨んで殺したって思われるのだけはイヤやねん。だから……すまんがオール。お前が代わりに先生を殺してくれへんか?」

「…………」

 話の途中ぐらいから、恐らくそうなるだろうなとは考えていた。きっと彼にあの転生者は殺せないだろう。だからといってこのまま帰ったとしても、彼女は永遠に恵まれない子供を産み続ける事になる。どちらにしてもダウターにとっては一生の傷になってしまうのは間違いない。

「……わかりました」

 意を決し、彼の願いを聞き入れる。これから先、彼女のような善人を殺さねばならない場面には何度も遭遇するのだろう。いつかはやらなければいけないことだし、それでダウターが救われるというのならやるしかない。

「おおきにな」

 彼は僕を見て力なく笑った。


 やるなら深夜の方がいいだろうということで僕は宿にそのまま残り、ダウターはその瞬間に耐えられないと先に裁判所まで帰っていった。

 そのまま時間は過ぎていき、夜も更け、ついに決行となった。僕は宿を抜けあの教会跡のところまで、人に見つからないよう転移する。

 建物からある程度距離を取り、探知スキルを作動させる。たくさんの子供のと、二人の大人の反応。市場の店主の言葉を思い出した。これだけ多くの子供達を養うために、彼女はどれだけの覚悟をして生きてきたのだろうか。

(せめて苦しみのないように……)

 スリーピングビューティーを発動させる。これは猛毒の牙を持つ小さな影を召喚するスキルで、これに噛まれた人間が眠る様に死んでしまうことから名づけられたスキルだ。影は闇夜の陰に隠れ、建物の中になんなく入り、そして転生者のもとに到達する。情事が終わるまで静かに待ち、相手の男が建物を出て行ったところで影は転生者を噛んだ。

 子供たちのことを考えると罪悪感はどうしても消せないが、それも覚悟の上でやったことだ。他の転生世界やピースメイカーの世界に連れて行くことも考えたが、こういったことがあるたびに孤児をどこかに押し付けていっては混乱と破綻を招くだけだろう。

(ふう…………)

 誰もいない夜空にため息を一つつく。建物の中の反応が一つずつ消えていき、僕は導きの扉を召喚する。

 扉を開けて中に入る瞬間、建物の中の最期の反応が消えてなくなった。



『ダウターは光の力を失いました』

 転移の扉が完全に閉まった後、夜空に文字が浮かんで消えました。それは誰にも見られることはありませんでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ