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テンセイミナゴロシ  作者: アリストキクニ
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3-5 神と人

「全知全能の神にできんこと。それは失敗や。神は『できない』ということができん。万全でない状態を知ることができん」

「神には飢えを知らん。だから飢えることができる存在を造り出した。始めは動物で事足りてたかもしれん、しかし知能の低いもんから得られた知識は空腹かそうでないかぐらいの単純なものだけやった。神は知能を上げて更に試した。すると世界が変わった。蓄えがない事への恐怖、美味への渇望、満腹であるのに感じる甘味への飢え、神だけでは得る事の出来なかった知識や経験がなだれ込んできた」

「人間にやらせてるんや。神ではできない失敗を全て人間にやらせて、神はその知識を手に入れる。神は全知であるために全ての知識を欲している。銃で撃たれる恐怖、弾丸が身体を貫通する痛み、流れる血の温かさ、冷たくなっていく身体、混濁する意識、そしてむかえる死。全部神様には体験できん知識や。だから人間に代わりにやらせとる」


「身の毛もよだつような拷問が開発されるのはなんでや? 後から見ればあまりにも愚かな理由で間違いを起こす理由は? 神は責め苦で痛がったり苦しんだり、愚かな間違いを起こしたりできん。人間に全部やってもらうしかないんや」

「そしてついに人間は可能な限りの失敗と悪逆をやり尽くした。神は人間にできる全ての失敗の知識を手に入れた。……でも神は満足できんかった」

「人間より圧倒的に強い存在に虐げられる怒りや苦しみはどんなものなのだろう? 法も刑も通用しないような相手に文化を破壊される悔しさはどんな味なんだろう……?」


「バカな……! 全部想像じゃないか! 信じられないですよ……! そんなこと……!」

 人間はただただお互いに痛めつけ合うためだけに生まれたって? その痛みを神に届けるために? しかも転生者は人を助けるためではなく、苦痛を与えるために力を与えられた……? それが事実だとしたら……神とは一体何なのだ!

「納得できるかできんかはオール次第やし、別に何の証拠があるわけでもあらへん。でもあの地獄の光景を思い出す日がきたら、わかるようになるかもな」

「俺たちがテンセイミナゴロシを目指す理由を知っていてくれればそれでいい」

「天聖者って当たり前のように地球の事知ってるやん? 俺って死んだり転生したのって中世ぐらいやのにペットボトルとかパソコンとか言われても理解できるからな。そもそも中世生まれの奴は自分の時代を中世とは言わんし。だから人間って全員神様と繋がれてるんちゃうかな? 人や天聖者は死ぬときに全部知識とか経験したことを神様に吸われて、で神様はそれを天聖者に流してる。蘇生とかやり直し系の能力が存在してへんのも、人の役割が死んで知識を神に届けることって考えたら納得できるんよな」

「…………」

 アンタッチャブル達が今まで頑なに天聖軍に歯向かう理由を教えなかったワケがようやく理解できた。こんなことを言われても全く理解も納得もできないし、今の僕でなければ聞く耳すら持たなかっただろう。こんなカルトの狂信者に近い考えで、彼らは転生者殺しを続けているのか……

(でも……)

 話としてはよく出来ている。人が生まれた理由辺りからはともかく、転生世界が元々存在していた世界などではなくて、導きの門を開くことによって生成された地球のコピーの改造版である説などは筋も通っている。

「ダメだ! 人の生まれた意味なんて考えたこともなかったから、今言われたことが真実なんじゃないかと思えて来ますよ!」

「ハハハ! まあオールも色々考えてみてくれや。俺も好き好んでこんな暗い考えしてるわけやないからな。もっとハッピーな仮説があればそっちのほうがええわ」

 ダウターは暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように大きく笑った。



「あの、そういえば話の内容がすごすぎて聞き忘れてたことを思い出したんですけど」

「なんだ?」

「アンダーってどなたです?」

「なんだ、まだ知らなかったのか」

「説明する機会なかったしな。アンダーは俺らの仲間で始原の四聖の一人で現女神様」

「…………?」

 一瞬思考が完全にストップする。

「女神様って言うとリーダーが怒るけどそうせんと説明できんもんなあ」

「そう。アンダー。正式には『Understander』、つまり『理解する者』を冠する聖名持ちだ」

「俺はアンちゃんって呼んでる。ちょっとワケありで今女神様やってるんやけど、リーダーの前で呼ぶときはアンダーさんとかそういう呼び方してな」

「あー……えー……、まあ繋がりがあるんだろうなってぐらいは考えてましたけど。なるほど……」

「天聖軍所属してる時に天聖のてっぺんと裏切者がくっついてるなんて、俺らが言っても信じられへんかったやろうしなあ」

「俺の聖名もアンダーにもらった」

「女神様に認められたら聖名もらえるんやから俺らって聖名付け放題なんよな。まあ能力値で足切りあるから誰でもってわけじゃないけど」

「そうだ。さっきも言ったが聖名とは生きた証であり、強い欲望だ。だから聖名の能力は『全能』でも恐らく完全に真似をすることはできないだろう。そうでなければホールダーのような罪名まで背負うことになってしまうからな」

「なるほど」

 記憶が飛び飛びの自分には、『忘れられない』能力がちょっと羨ましいけど……

「もし相手の事が完全に理解できたとしたら、そういった聖名の能力も使いこなせるかもしれんな」

 ……一人の人間を完全に理解する事なんてできるのだろうか?


 それからしばらくは三人で他愛もないことをダラダラと話し合った。その間ずっと身の回りの様々な事を先ほどの老婆がお世話してくれている。結構な長身にピンと伸びた背筋、キリッとした表情で姿勢よくキビキビと動き回るその姿は、老婆というよりは老淑女といったほうがいいだろうか、名家の家庭教師かなんかにいそうな雰囲気だ。

「紹介しておこう」

 僕が老淑女を目で追っていたことに気づいたピースメイカーが、彼女を呼び寄せる。

「妹達だ」

(妹『達』……? どうみても一人に見えるけど……)

 他の人たちもどこかにいるのかときょろきょろと探していると、目の前の女性が急に三人に分身した。

「うわあっ!」

 驚きに思わず大きな声を出してしまう。

「この世界に初めて来たときに拾った三つ子だ。人間として寿命で死んでからも、なぜか転生までして俺を助けてくれている」

 老淑女たちは全く同じ動きで慎ましくお辞儀をする。容姿も格好も全く同じなので全然見分けがつかない。

「彼がオール。俺たちの希望だ。俺とオールどちらかしか助けられない時は、オールを優先するように」

「「「かしこまりました。お兄様」」」

 ピースメイカーが縁起でもない指示を出す。淑女たちは三人揃って再び丁寧なお辞儀をして了承したが、彼女たちはその時が来たらピースメイカーを助けるんじゃないかな、となんとなく思った。

「俺のかわいい妹達はボディーガード兼優秀な政治家だ。処刑から治水に立法までなんでもござれ。俺が馬鹿なりに世界を支配できているのも全て彼女たちのおかげだ」

「「「恐れ入ります。お兄様」」」

 凛とした表情やたたずまいを一切崩さず、ピースメイカーからの賞賛を受け取る三人、しかしほんのりと顔に赤みがさしている気がする。照れているのだろうか?

「あの……、お名前は?」

 正直見分ける事ができなさそうなので、教えてもらってもきちんと名前を呼ぶことはできないだろうが、礼儀の為に聞いておく。

「一人一人に名前はあるがどうせ呼び分けられないだろう? 妹さんとでも呼んでやってくれ。彼女達の名前を知っているのは俺だけでいい」

 老淑女たちは表情こそ一切変えなかったものの、その顔はついに真っ赤になってしまった。随分かわいらしい人たちだ。

「のろけんなのろけんな。まあ恋人ってよりは親子供? 兄弟姉妹? 家族みたいなもんやけどな」

「ありがとう。妹達よ。仕事に戻ってくれ」

 彼女たちは一瞬で音もなくどこかへと消えていった。


「お二人は随分仲がいいんですね」

 お互いの事を随分とよく知っているようだし、話も合うようだ。作り笑いばかりのダウターも今日はずっと本心から笑っているように見える。

「そらそうよ。俺の名前知ってるやろ?『doubter』、『疑う者』や。これ実は聖名じゃなくて罪名でな、その呪いで俺は人をちゃんと心底信じることができへんのよ。リーダーもアンタッチャブル達も信用も信頼もしてるんやけどな、背を合わせて戦っている時でさえ、身体の全部を預ける事が出来ん。『もし今裏切られたら』みたいなしょーもない疑いが心の中から消え去らんのよ。これはほんまにしんどい」

「メイカーの世界は俺にとって唯一その疑いから解き放たれる場所や。言葉にも行動にも疑う余地が一つもない。相手の本心がどうとかなんて考えたところで意味ないしな、本人でさえ自分の本心なんてわからんもんや」

「俺もこいつが好きだ。こいつは実際の殴り合いなんかになるととことん弱いが、その分口がうまい。それを使っての金稼ぎが得意でな、世界のあちこちにちゃんとした孤児院なんか建てて経営してるんだ。俺は悪意に百倍弱いが善意にも百倍弱い」

「やめろやめろ恥ずかしい。あんなもん大した金額ちゃうわ」

「善意の継続は他の何より難しい。とくにこんな世界でこんな呪いを背負った奴には特にそうだろうな」

「ケッ」

 ダウターが言い負かされるのは初めて見た。バツが悪そうにそっぽを向いているが、本当は嬉しそうだ。


「さて、そろそろ俺も王の仕事に戻る。また何かあったらいつでもこい」

 僕はピースメイカーに深くお礼を言い、未だに口をとがらせているダウターと一緒に裁判所まで戻った。



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