1-3 職業体験
リーダーを名乗る老木のような白いフードの男が嬉々として話をしている間、僕は正直に言って気が気ではなかった。
転生というシステムがあった。彼らはそれを使って人を助けるために転生者を送り出し続けてきた。そこまではいい。だがどうしてそこから急に転生者を殺すことになるのかさっぱりわからない。全く真逆の行いであるし、そもそもあのダウターと呼ばれた男は最初に僕に執拗にチート能力や転生を薦めてきた張本人である。あの時僕が例えば何らかの能力を欲してそのまま転生をしたとしたら、一体どうなっていたのだろうか。あまりにも説明が足りていない。
そしてまずいことに、彼らは僕を仲間に入れたいらしい。
(まっぴらごめんだ)
彼らの会話の内容から、彼らが人を殺していることは間違いない。そして僕は勿論人殺しになどなりたくない。
夢ならば一刻も早く覚めてほしいし、僕がもう死んでいるのは現実でこれが死後のお裁きならば、成仏でもなんでもいいのでここから離れさせてほしい。
「リーダー、彼はあまり乗り気じゃないみたいよ」
少女がリーダーに告げる。相変わらず表情はひどく薄いが、他のメンバーに見られるような狂気を感じないだけまだマシだ。
「それは困ったねえ」
顔の皺をさらに深くしながら男が笑う。
「ほないっぺん皆で一緒に転生者一人殺しに行きましょ。その道中で色々説明の足りん部分とか話したらええんちゃいます? ルイナーなんて退屈しすぎてもう寝とりますし……」
全員の視線が一人の大女に集まる。ここに来てから一言も言葉を発していなかったその女は、よく見ると立ったまま器用に寝ていたようだ。
「退屈しちゃったみたいね」
少女がクスリと笑って大女に近づく。ここで初めて彼女の表情が大きく変わるのをみた。
「ルイナー、起きなさい。お出かけするわよ」
彼女はぴょんぴょんと器用に大女の肩まで登ったかと思うと、そこにチョコンと座って手を伸ばし、頭を優しくなでた。
「んん~……なんだいママ。どこか行くのかい」
額から角を生やした大女の目がゆっくりと開くいた。彼女は眠たそうに目をこすりながら辺りを見回している。
「また一つ世界を壊しに行きましょう」
赤く長い、乱れた髪をなで続けながら少女が微笑んだ。
「そりゃいいね! 長い話には飽き飽きしてたんだ!」
「飽き飽きもクソも寝てただけやろが」
ダウターがすかさずツッコミを入れる。
「ハハハハ! まあいいじゃないか」
リーダーが大きく笑った。
「転生者の君には私たちが普段何をしているかを実際に見てもらおう。そしてその上で仲間になるかどうかを考えて欲しい」
彼は椅子から立ち上がり後ろの扉に近づく。
「さあ来たまえ」
僕は階段を登り、異様な集団の前を歩いて彼の隣に立つ。彼の風体は恐怖や不安を強く引き起こしてしかるべきであるように思うが、不思議と僕の心は落ち着いていた。
「それじゃ出発だ」
そういって彼は扉を開く。周りの人たちは次々に波打つ鏡面のような入口に入っていく。僕の意思とは無関係に話がどんどん進んでいってしまっているが、ここに立ち尽くしていても仕方がない。
僕も覚悟を決めて飛び込んだ。
「ここは……?」
目を開けるとそこは先ほどまでの場所とは全く別の、海岸のような場所に立っていた。
「コネクター、わかるか?」
ダウターが少女に向かって尋ねる。
「ええ、今送るわ」
少女が少しの間目を閉じる。すると急に僕の頭の中にたくさんの知識が流れ込んできた。なんと表現すればいいかわからないが、まるで今立っているこの世界に関する情報が、辞書や百科事典になって頭の中に突っ込まれた感じだ。
「転生者君ダイジョブー?」
奇妙な感覚に一人混乱していると派手な髪色をした女性が隣に来た。
「びっくりしたでしょー。でもイチイチお勉強しなくてもいいからイイよねー」
派手な外見からは随分とかけ離れた、ゆっくりとした調子で話す。心配してくれているのだろうか? しかしこの連中は、誰一人としてまともではないだろうということをこの短い時間でひどく理解している。
「さて、いつもならすぐに終わらせてしまうところだけど今日はゲストがいるからね。みんなで一緒にゆっくりと顛末を見ることにしよう」
「転生者の情報もそれぞれに直接送られてきているとは思うが念のために確認しておく。この世界の転生者は『沈まずのマモリ』で名前の通り防御系の神器盾を持っている。効果は『装備者に対するいかなる攻撃も無効にする』、まあすごくありきたりな装備だね。彼は装備していない時に殺されないかが不安で仕方ないらしく自分の左手にこれを括り付けて生活してるらしいよ。トイレとか大変そうだね」
周りから笑い声が起きる。
「何をやっても殺せちゃいそうな弱い装備だけど、念には念を入れて最初のコンタクトはダウター、神器の破壊が必要ならルイナーがそれを行う。その後コネクターがチェックしてまともそうな子ならサンズガワが説得、そうじゃないならブレイカーが壊して持っていくか殺すか決めていいよ。最後の仕上げはいつも通りルイナーだ」
「正直俺らが集まってやるような事やあらへんけどな」
「新人君には何が何やらだろうからね、僕たちで教えてあげないと」
「この子にボクたちをちゃんと理解してもらわなきゃー。きっと長い付き合いになるヨー」
「アタイはママと一緒なら何だって最高だよ! ねえママ!」
「そうね、アタシもうれしいわ」
めいめいがワイワイと口を開く。しかし彼らとは正反対に僕は不安でしょうがない。明らかに彼らは今から人を殺そうとしているし、僕をそれに同行させるつもりだ。まともな人間で殺人現場見学ツアーに喜んで参加するやつはいないだろう。しかしなぜかそういった嫌悪感や忌避感があまり強く沸いてこない。例えるなら寒い日の朝布団から出るのが億劫なあの感じ、人を殺しにでかけるのにそれぐらいの気持ちにしかならないのだ。
一度死んだら人はそうなってしまうのだろうか? それとも僕がおかしくなったのか? 未だにこれが夢である望みも捨ててはいないし、どうか夢であってほしい。
「私は使命の為に案内所へ戻るが、みんな絶対に転生者君を死なせたりしないようにね。彼のような逸材を見つけるまでに今まで何年の時を耐えながら過ごしてきた事か、みんなもその身に染みてよく理解しているだろう。次のチャンスを待っている時間は恐らく無い、死んでも彼を守るように」
僕に対するこの過大すぎる期待は一体何なのだろう? 勇者のように神がかった力を持っているというのならわかるが、僕自身は本当に普通の高校生だったはずだ。それともゲームや漫画のように、何か特別な血を受け継いでいたりするのだろうか? しかしそれならあのダウターという男と出会った時点で分かったのではないか。彼の様子がおかしくなったのは、僕と色々言葉を交わしてしばらくしてからのことだったし……
「ほないこか!」
僕の気持ちを知ってか知らずか、ダウターの底抜けに明るい出発の合図が響いた。