一話 魔術大学教員として採用されるまで
◆
ムルンブルグ国立魔術大学。
世界の魔術分野の最高峰に位置する大学であり、
世界各地にいる魔術分野の未来において大成するであろう
若者達が集う場でもある。
大変恐縮ではあるが、そんな学校の教員の末席に私は
置かせていただいている。
魔術大学は、敷居が高い。
それこそ、生まれや育ちが良い者達が受験し、一握りの者が
入学出来る程だ。
教える側もそれに匹敵する家柄でないといけない。
私のように、生まれが浮浪児ではどんなに背伸びしても
受かる訳のない学校だ。
ましてやこの傷強面。威圧感のある体格。
学問や魔術がパスされても、面接の時点で落とされる。
なので私は最初、街の魔術学校における教員枠を受ける
つもりだった。
だが、義母は――
『明日からムルンブルグにある魔術大学へお行きなさい。
大学長には推薦状を書いて送っておいたから。』
いつの間にか大学側に手を回していたらしい。
私は、教員になるという夢があるという事しか
話していないのだが・・・。
彼女曰く、
『どうせ魔術を教えるなら立派な場所で教えなさい。
私の自慢の息子なのだから、碌に話の聞かない
糞ガキ達のいるオンボロ校舎にその骨を埋めないで
ちょうだい。』
だそうだ。
何とも、子供に手厳しい事だ。
でも貴女も、その糞ガキ以下の浮浪児に魔術と体術を
仕込んでいましたよね?
そんな目で見たら、ジロリと赤ら顔で睨みつけられた。
家の義母はツンデレなのである。
大学は母の古巣で大学長は、
彼女の古くからの友人なのだそうだ。
だが、いくら母の友人であり、推薦状を送ったからと言って
そのまま試験をパス出来る訳でも無く。
一応、学術、実技と試験があった。
学術はまぁ問題は無かった。
義母にみっちり仕込まれたし
後に簡単な問題で間違えていた、なんて知れたら
事が事なので絶対に間違えられないと思いながら
やったので、結果は良かった。
次の魔術の実技試験は
出てきた的に魔術を当てる試験だった。
前世におけるクレー射撃や銃の的当て訓練に
似ている。
私は変に目立っても嫌だと思い、的を壊さないよう、
慎重に軽めの魔術を行使。
これも問題なくクリアした。
破壊力ではなく、魔術の精密操作が試される
試験内容だったので、これはこれで正解だった。
中には的を全て破壊してドヤ顔かます教員受験者も
いて、皆に注目を浴びていたが。
まぁ変に目立つような真似はしないでいいだろうと
スルーしておいた。
最後に面接試験。
面接は大学長と自分の二人で行われた。
本来、こう言った面接は複数人の面接官と
面接者が対面して行うのだが。
私が推薦枠である事や、家柄重視の面接官が変に圧迫してきて
緊張した雰囲気を出すといけないからと、
大学長の配慮の元行われた。
大学長は、青いウェーブの掛かった髪と黒縁眼鏡の
落ち着いた雰囲気の義母とはまた違った美人の女性だった。
最初は、私の姿に酷く驚いた様子であったが、
促されて席に腰を掛け、自己紹介、志望動機、やってみたい事など
熱意を持って話す内に、段々と打ち解けていった。
『貴方を見た時に、『あれ!?もしかして間違えて
マフィアか傭兵か何かを大学内に入れちゃった!?』
なんて思ったけれど。いい人そうで良かったわぁ。』
大学長の言葉に私は苦笑いをするしか無かった。
『うん。貴方のような人だったら大学にいい影響が出るかも。
あの子の推薦だものね。というよりあの子は言い出したら
聞かないし、もし、落としたら大学まで抗議しに来そうだし。
最初から決まっていた物だろうけども。』
そんなまさか、と思ったが。
あの義母の親馬鹿ぶりを考えると、
否定できない自分がいる。
私もいい具合でマザコンなのかもしれない。
『でもあの子に息子がいたなんてねー。』
はー、私だけ行き遅れかー。という大学長の溜息に
私は下手糞な愛想笑いをするしかなかった。
女性へ年齢について突っ込んではいけない。
そう、義母に身体を持って証明されたのでな。
『うん。じゃあ採用。明日からよろしくね。クロウリー君』
にこやかに笑いながら学校長ヘルメス・N・シルヴィアは
私に手を差し伸べる。どうやら、私を採用してくれるらしい。
私はその指し伸ばされた手を取る。
『こちらこそよろしくお願いします。ヘルメス大学長』
斯くして、私は大学教員に採用されたのである。
◆
そんな顛末で大学教員となって早三年経つ。
私のやる事は毎日変わらない。
日中は授業のために大学の各棟にある教室への移動と
授業の準備。授業が終われば、後片づけをし、
職員室で生徒の提出物の査定。
暗くなれば、教室に生徒が残っていないか見回りをし、
自分が担当している教室の戸締りを行い、
教員棟へ帰宅。
帰宅すれば帰宅したで次の授業のための資料作りと
半年に一度の研究内容の資料作成を行う。
そして就寝。
それがルーチンで行われている。
疲れはするものの、日常的には平和そのものでもある。
昨今、魔族領の魔族達が他国へ侵攻を開始したと
新聞で報道されもしたが、このムルンブルグは
魔族領から遠く南東に位置し、更に険しい山脈に
阻まれているので攻め込まれる危険が少ない。
まぁ、優秀な魔術的戦力が集まるムルンブルグに
何の策も無く攻め込むなんて馬鹿はいくらなんでも
しないだろう。
今は、この平和な状況を享受しつつ、
どうしたら生徒達に怯えられずに済むか考える事としよう。
もういっそのこと髪型をチェンジしてみるか。
爽やかビジネスショートにしてみるか?
そんで持って眼鏡を掛けてみるとか。
服装は、きっちりスーツで締めるか。
・・・うん。どう考えてもインテリヤクザっぽくなるな。
軽く目に見ても街金にいる柄の悪いお兄さんだわ。
止めとこう。
容姿的欠点についてはもう諦めよう。
何度も試したが、生徒達に不審がられるか、
怖がられるだけだったし。
となれば、生徒達にいい所見せるしかないか。
・・・うーん。
良い所と言えば、生徒の相談に乗るか何かだとは
思うのだが。
相談に乗ろうとしても、私が近づいた所で
逃げてしまうし・・・。
どうしたものか。
うーん。
うーん。と唸りながら夜は更けていく。
結局、考えが纏まらず明け方となってしまっていた。
その日、目の下隈を作った私の顔を
見てより一層恐怖を含んだ悲鳴を上げて
逃げていく生徒達を見て、
私は肩を下げて深く溜息を吐くのだった。
どうしてこうなった。