プロローグ
◆
私は転生者だ。
私ことクロウリー・フォン・グラディウスは
前世の記憶を持っている。
魔術、剣術。それらの暴力が世を制しているような
そんな世界に私は生を受けた。
私が最初、それに気づいたのはまだ浮浪児を
やっていた頃だ。
身体の大きい事と腕っぷしが強かった私が
ならず者に背後から攻撃され、その衝撃で
唐突にそうだと言うのを思い出したのだ。
だが、思い出したからどうだというのだ。
私は残念ながら他人に誇れるような技術も学力も
ないような人間だ。
物語の主人公みたいに、前世の記憶をフルに
生かしたような異世界攻略など出来る筈もない。
私は奪う事による生という現状に甘んじるしかなかった。
前世の記憶を思い出してから数週間経過した頃だったか。
私が根城にしている路地裏にとある身なりの良さそうな
女性が入り込んできた。
露出の高いドレスに豪奢な杖。
見るからに魔術師の類だろう。
魔術師ならば、背後から奇襲して魔術を使う前に
力でねじ伏せれば容易く対処出来る。
最早手馴れた物だ。
あの女性の身ぐるみを剥げば、盗品商に高く売りつけられる。
今回は、いい商売になりそうだと。
当初の私はそう思っていた。
だが、私はいとも容易くねじ伏せられた。
彼女は魔術を一切使わず。
それどころか力でねじ伏せられたのだ。
初めての経験だった。
この街の兵士複数ですら私を力でねじ伏せる事が
敵わなかったというのに。
私は女性一人の力によって叩きのめされたのだ。
狙っていた女魔術師が近づいてくる。
叩きのめされたとは言え、頑丈なだけの身体は
まだ動きそうだ。
しかし、私には最早抵抗したり、逃げたりする気力も
無かった。
当初の私としては、死にたかったのかもしれない。
異世界に生を受けて、奪う事で生を得ていた私は、
もうその日々にうんざりしていた。
他人を不幸にしてしか生きられない。
しかし、自分を変える努力をする努力をする訳でもない。
だからと言って、自分で死を選ぶ事は出来ない。
自分はクズだ。
自分勝手な人間だ。
だから、終わらせたかった。
力で人から奪い続けた者はいずれその報いを受ける。
その報いを受ける時が、私にも訪れた。
それだけの事だ。
だが、死ぬというのはどういう感覚なのだろうか。
前世での私が死んだ時の記憶はない。
記憶が無いって事は、死にざまが余程酷かったのか、
もしくは知らぬ間に死んでいたという事か。
死んでいた間は、はっきり言って覚えていない。
気が付いたら、こうして生を受けていたのだから。
だとしたら、今回私が死んだら、
どうなるのだろうか。
今度こそ、私は地獄へ落ちるのだろうか。
善人とはとても言えない人生を送って来たのだ。
落ちても仕方がない気もするが。
それとも、そんなものはなく、
永遠に虚無を彷徨う事になるのか。
そもそも、魂として自分の意識があるのか。
もしかしたら、自分の存在自体が消えて
なくなるのではないか。
だが、もし何かに考え、惑う事無くなるの
であれば。
苦しむ必要がないのであれば。
それはそれでいいのかもしれない。
今という地獄を味わう必要もなくなるのだから。
全てを諦めた私は目を瞑る。
しかし、殺すのであれば、
一瞬で殺して欲しいなぁ。
身体がなまじ頑丈だから、
すぐに死ねない可能性があるし。
そんな事を考えている私の元へ
彼女は近づき、目の前で屈むと。
「ねぇ、私の所へ来る?」
「・・・・は?」
これが、私と、私の義母となる
偉大なる魔術師アイエス・フォン・グラディウス
との出会いだった。
◆
それから幾年経ったか。
私は、義母に拾われてから
魔術と体術をみっちり仕込まれた。
後から、義母から聞いた話ではあるが、
あの頃の彼女は自分の後継者を見つけるために
世界中を旅しており、偶然立ち寄った街の中で
私の噂を聞きつけたのだという。
兵士達でも太刀打ちできない身体の大きい
浮浪児がいるという話を。
それで、わざと私のいる路地裏へ赴き、
お眼鏡が叶ったので、そのまま弟子兼息子として
引き取ったのだとか。
半ば強制ではあったが。
私は、逆らう気力もないまま色々と教え込まれたが。
だが、義母との日々は決して苦ではなかった。
むしろ、今までの奪う生活から一変して
光るような日々を送った。
魔術と体術の修練は厳しかったが。
それ以上に、私は彼女に愛を受け取っていたと思う。
だからこそ、私はこの魔術大学に就職した。
義母から授かった魔術の素晴らしさを広めるために。
自分の魔術と体術を継承する未来ある若者を見つけるために。
私自身、身を腐らせぬよう、日々研鑽するために。
決意を胸に秘め、今日も私は教職に勤める。
私は、次の授業のある棟へ行くため、
大学の渡り廊下を歩いていた。
丁度、同じように次の授業のために
渡り廊下を歩いてくる生徒がいるので――
「こんにちは」
私は通りかかる生徒ににこやかに挨拶した。
つもりだったが―
「ひっ・・・こ、こんにちは」
「ひぇえ」
悲鳴を上げながら彼らは逃げ去ってしまう。
私は遠くなっていく生徒らの後姿を見ながら
深く溜息を吐いた。
自分でも原因は分かっている。
恐らく自覚する程の私の強面と顔の大きな傷だろう。
強面だけならば、少し怖いで通っていたかもしれない。
しかし、愚かな幼少期に付けてしまった顔面に入る
大きな一本筋の傷によって強面を更に拍車を掛けて
しまっている。
完全に人から見れば、その手の者にしか見えない。
そして私の身長は2mを超えている上に
特に鍛えまくっているという訳ではないのだが、
所々隆起する筋肉に覆われた鋼鉄のような身体。
そのおかげで鬼人が入り込んだと生徒から通報されたの
も数度ではない。
分かっているさ。
私が生徒から見てどうしようもなく怖いのは。
分かっているが、こればっかしは
どうにもならない。
だが、どうにか生徒達に慕われる方法は無いものか。
このまま、怖がられながら教員生活を送るのも
中々苦ではある。
どう接すれば、彼らに怖がられずに済むだろうか。
「・・・はぁ。生徒達にちょっぴりでもいいから
慕われたい・・・・。」
私は、生徒達からの好感度アップについて人知れず悩むのだった。