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パウンドケーキサンド

「世界の秘密とかいいから、俺とこいつ家に帰してくんね?」



 妖精の女王だってんなら、やんちゃな妖精がしでかした責任は取ってもらうぜ。

 あとエルフっ子がどこから連れてこられたのかも聞きたいところだ。


 だが謎肉の天ぷらとご飯を食べた女王は首を横に振る。

 謎肉は豚肉っぽかったので下味を付けたらもっとうまくできたな。



妖精の住処(ネスト)は空間も時間も現世と異なる異界。いつ出られるかは入った時に決められているのだよ。この娘がそなたと一緒に出ることは叶わん」


「じゃあこいつはいつになったら出られるってんだ?」


「それを今告げる意味はない。安心せよ、いずれここを出た娘がそなたと関わる未来が、余には見えているぞ」


「……なら、せめて俺がいる間は料理を作らせろ」


「構わんがそなたには時間がないぞ。せいぜいあと一品、余の話を聞きながら作ることを許そう」



 妖精女王の言葉が事実なら、俺が連れてこられた時に決められた『出て行く時刻』がもうすぐだ、ということだろう。

 ならメニューはあれにするか。



「妖精の誰か、塩が入ってないバター出せるか? あと卵と砂糖とベーキングパウダー、細かく挽いた薄力粉、それにオーブン。できれば身体の穴以外からな」


「鼻からオーブンに挑戦したかったですぅ」


「難しいこと言うですぅ、でもやるですぅ」


「妖精は結果にコミットするでござるぅ」



 妖精たちがどうやって出したかはともかく、注文通りの食材が手に入った。

 やっぱりおもちゃっぽい作りのオーブンを、180℃に温めておく。

 その間に薄力粉とベーキングパウダーを合わせて二回ふるう。



「妖精と迷宮が競合関係にあるのは知っているな?」


「敵対じゃねぇの?」


「ちと違うな。迷宮の目的は――」


「――進化だろ? 聞いたことあるぜ」



 以前グーラが言っていた迷宮の本能というやつだ。グーラたちは妖精のことを随分警戒してたけど、敵じゃないのか。ん、それは競合とどう違うんだ?



「それも違うぞ。迷宮とは『世界の文明を神代に回帰させる』ための装置だ」


「神代っつーのはうちの客もたまに言うな。すっげー昔ってことだろ?」


「迷宮主たちか。昔は昔だが、人類は今よりはるかに進んだ文明を持っていた。そなたが今使っている調理器具しかり、迷宮や妖精を創り出す技術しかり」



 エルフっ子に教えながら、砂糖とバターをしっかり泡立てる。そこに卵を少しずつ加えて滑らかになるまで混ぜる。

 このバターが有塩だと固くなりやすいのだ。



「だが神代の世は滅んだ。世界に残された人類は人口が激減し衰退していく中で考えたのだ。いずれまた人が栄華を誇る時代が来ると。

 迷宮と妖精はどちらも未来の人類が食うに困らぬよう、先人が遺した(しるべ)だ。なんせ神代は美味なる食に溢れていたからな、原始的な食事に人類は耐えられないと考えたのだろう」


「あ、食うに困るってそういう意味なのか」



 文字通りだな。古代人の心配事が『うまいもの食えよ』ってのは、なんか俺たちのご先祖様っぽい。


 ホイップに粉を加え全体が馴染む程度に切り混ぜる。ここで混ぜすぎると固くなるので注意だ。

 内側にバターを塗った型に入れて中心部が浅くなるように整え、オーブンに入れる。



「迷宮が文明引き上げ装置なら、我ら妖精は今の世でよりよい糧を得るための力を人類に与える支援装置だ。冒険者や兵士を見て、鍛錬しているとはいえ力が隔絶していると思ったことはないか?」


「確かに冒険者一年もやれば素手でテーブル叩き割る奴もいるな。料理の修業じゃそうはいかねぇ」


「然り。妖精は人間の研鑽や思いの強さに応じて力を与える。魔法を創り出し全ての人類にその因子を埋め込んだのも妖精だ」


「魔法ってのは魔術じゃない方か。あれって全人類が使えるのか!?」


「そうだぞ、主に余のお陰でな! 無論因子に適した努力や妖精か神による限定解除(アンロック)が必要だ。

 元々チェンジリングというのはこの因子を赤ん坊に埋め込むためのプロジェクトだった。完遂した今でもやめられぬ者たちがいるのは嘆かわしいことだ……む、いい匂いがしてきたな」



 情報過多だなぁ。グーラになんとかしてもらえば俺も魔法が使えるようになるんだろうか。


 10分焼いたら一度出し、生焼け防止のため縦に切り込みを入れたらオーブンに戻す。あと30分焼いたら完成だ。


「人間は妖精からもらった力で迷宮を攻略してるわけだろ。それって迷宮に手を貸すようなもんじゃねぇの?」


「迷宮から得るものは世の発展に必要だ。今の世を愛し育んで欲しい我らの意思に反しない。持ちつ持たれつ、だから『競合』なのだよ。つい50年ほど前にも、冒険者が迷宮で得た財で国を興し王となった」


「どっかで聞いたような話だな……」


「そうだろうとも。王国の名はフランベ。帝国との争いも落ち着いた矢先、初代王は身罷ったよ。妖精たちのお気に入りだったんだがね」


「おいおい、フランベ王国ができたのは300年前だぜ? ここは過去の世界だなんて言うんじゃ――」


「言っただろう、ここの時間は不連続だ。過去のものもあれば、そなたのようにそうでないものもある。余が観測する王国は建国50年というだけだ。

 そしてこれから冒険者たちはますます活躍し、迷宮も妖精も力を増す時代がくることも余は知っている」


「過去に居ながらにして今を知っている……未来が見えるのか?」



 俺の頭ではこのくらいの理解がせいぜいだ。優秀な解説役が欲しい。

 ここでオーブンが物悲しい音で焼き上がりを知らせた。粗熱をとって型を外す。いい色だ。



「『パウンドケーキ』だ。こいつの材料は他の料理にも使えるから覚えとくと便利だぜ。冒険者にも作る奴がいるくらいだ」


「エミール、これお菓子」



 冷ましたパウンドケーキをカットしていると、エルフっ子が抗議するような目で俺を見た。裾も引っ張る。

 そうか、料理なんて今日初めてだから、何ができるか見当付かなかったよな。ケーキで喜ばないガキなんて新鮮だぜ。



「ま、そう慌てなさんな」



 俺はアイテムバッグをごそごそすると、ケーキにマヨネーズを塗ってスライスしたキュウリ、ポテトサラダ、生ハムを乗せ、上にもケーキを乗せてサンドした。



「主食がゲロ米だけってのも飽きるからな。砂糖少なくすればおかず挟んでもうまいんだぜ。パンと違って発酵させなくていいし」


「ほぉ、みっしりした生地の甘みやバターの香りが塩気のある具と合うな。娘よ、食べてみろ。我らが合成したお菓子ではこうもいかない。ところでゲロ米とはなんだ?」



 端っこをついばむように食べた女王に促され、エルフっ子ももしゃもしゃし始める。

 砂糖を減らすとホイップが安定しないから固くなるが、この場合それが都合いい。ゲロ米についてはスルーしておこう。



「これも初めて食べる味がする。エミールすごい」


「気に入ったか。これならお菓子だから妖精が作れるんじゃねぇか?」


「ボクらは創意工夫できないですぅ」


「神代の流通最大手ジオングループのPB(プライベートブランド)『スペースバリュー』の味しか出せぬでござるぅ」


「……そうなのか。必要なものは出してやれるか?」


「食材・器具・調味料ならば覚えたですぅ」



 天丼とパウンドケーキのレシピと応用を書き残すことにした。エルフっ子は読み書きができるのだ。

 妖精女王が教えているらしいので、人の世に返すつもりがあるのは信じることにした。



「そろそろ時間だな」


「うわっ!?」



 女王がそう呟いた直後、俺の右1メートル先の空間が割れ(・・・・・)、黒い穴が空いた。

 俺の身体だけがそこへ引き寄せられる。エルフっ子はぼんやりした目をこちらへ向けるが、前髪ひとつ揺れてはいない。


(エミール君!!)


 穴の向こうからメルセデスの声が聞こえた。これが帰り道ってわけだ。

 もう身体半分飲み込まれているが、エルフっ子のことを考えると足が抵抗した。



「早く行け、エミールよ。どのような世であれ最後に選ぶのは人類だ。余の愛する者を愛する、そなたなら選べるだろう」



 やっぱり妖精の話は難しくてわからん。

 俺は皆に別れを告げると、最後に気付いたことを女王に言う。



「なぁ女王様、そいつに名前付けてやってくれよ」


「よかろう、人の世で人気者間違いなしの――」


「そういうのいいから普通で」


「む。ではこの娘の名は――」



 すっかり穴に飲み込まれた俺はエルフっ子の名前を聞くことができなかった。




   ***




 無事元の場所、調理実習室に帰ってきた俺は出迎えたメルセデスに抱きつかれて骨折し、回復薬を飲んだ。


 今は店に帰ってメルセデス、ロマン、聖女、それにグーラたちに詰められ、いや事情を説明したところだ。

 皆して俺の生存を確認するようにペタペタ触るのはやめてくれないか。



「心配掛けて悪かったな。危ない目には遭ってねぇよ」



 骨折以外はな。後で代官とギルド長にも顔見せに行かないといけないらしい。

 半日足らずの行方不明で大事になっちまった。ん? 外は日が高かったけど。



「昼過ぎにさらわれて半日だろ、今何時だ?」


「昼過ぎだよ、日曜日の。エミール君、一週間もいなかったんだよぉっ!」



 入学パーティーは月曜だったな。あれから六日も経ったのか!?

 俺救出の経緯はロマンが教えてくれた。



「エミールがいないとわかってすぐ、お姉さまが探査魔法を使って校舎にいないことが判明したのですわ。それからグーラさんが迷宮街全域を探査しても見つからず、衛兵とギルドに通報しましたの。翌朝から街道の捜索も始まって、今頃王都から折り返し――」


「待て待て待て、どんだけ探されたんだ俺は!?」


「……お姉さまのあんなお顔は初めて見ましたわ」


「すまん……ありがとうな」



 メルセデスはまだ飛びかかってきそうだが、一度骨折させたから我慢してるようだ。なんとも言えない顔になっていた。

 俺はその頭にポンポンと手を置く。

 俺より背が高いメルセデスがちょっと小さく感じた。


 捜索の方はやはり学校が怪しいということで、テュカが『流れを良くする』魔法で地脈の流れを促進、その勢いでグーラが迷宮を拡張し、学校を支配下に置いた。

 ちなみに学校の授業は一日遅れてスタートしている。子どもたちにも迷惑掛けちまったな。



「校舎を霊的に揺さぶってみると、あの教室に妖精の痕跡があってのぅ。だがぬしの居場所がつかめなんだ。それが今朝になって急に感知できた」


「そして汝のいる空間との隔たりをメルセデスが斬った(・・・)のです」



 やっぱ皆すげぇわ。

 グーラと聖女の説明には俺も心当たりがあった。



妖精の住処(ネスト)は時間と空間が連続じゃないとか言ってたな。向こうの半日がこっちの一週間だったのもそういうことか」


「なんと……恐らくそのネストは異界の中を移動しておるのであろ。月曜以来、最もこちらに近付いたのが今日ということだの」


「メルセデスがあの脱出口を開けてくれたわけだな。妖精女王はああなることをわかってたみたいだけど」



 そもそも俺はすぐ帰れるみたいなこと言っといて、女王は何もしてなかったな。


 その時、メルセデスから黒いものが吹き上がったような気がした。黙示録の羊を斬った時のように表情が抜け落ちる。



「あの人が手を出してきたんだねぇ……ふぁぁあ、さすがに眠いよぉ」



 俺たちが寒気を覚えたものつかの間、メルセデスはいつも通りだ。

 俺はともかく皆捜索で疲れているので、話の続きは今夜店で、ということになった。


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