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天丼

「シマチョウ・せせり・ホタテ・アスパラ・トマトお待ちっ! ソースはそれな。二度漬け禁止、足りない時は瓶に入ったの使ってくれよ」


 俺は決まり文句でソースの使い方を説明しながら、ちびテルマことテュカに串カツを渡す。

 代官の依頼で学校の設立・入学式のケータリングを請け負ったのだ。


 串カツは店でやった時もメニューの多さで盛り上がった。裏メニューとして天ぷらもできるから後でちびテルマに教えてやろう。


 校舎の前庭には孤児院の倍以上の子どもが制服を着て集まっている。学校でもなければ、こんなに子どもが集まることなんてそうそうないから壮観だ。



「ビャクヤちゃんに氷の補充もらってくるよ。串カツも手巻き寿司も好評でよかったね!」



 メルセデスたちはもちろん、意外と子ども好きなグーラとビャクヤも面倒を見てくれるので、俺は串カツのテントに集中だ。

 手巻き寿司はグーラとビャクヤのリクエストで、串カツのネタをある程度使い回せるから都合よかった。


 ガキどもには食べる順序なんて考えずに、好きなものを食べて楽しんで欲しい。




   ***




「新しい木の匂いだねぇ」


「内装工事が終わっていないところもありますわね」


「この校舎は生徒200人まで入るように設計してるから、今できてる部分だけで十分始められるんだぞ」


「この街ってそんなに子どもいるのかよ?」



 パーティーの最後は三班に分かれて新築校舎ツアーだ。

 カガチの話だと、街に住む子どものうち、家業を手伝わずに学校へ行ける子どもは600人以上いるらしい。


 この学校に通える範囲だけで見込んだ人数が200人だ。なので街の中心部だけでもあと二校は学校を建てるという。



「ゆくゆくは王都の学校と同じく、冒険者や料理人などの職業訓練と魔法や法律などの学問を選択できるようにするそうです。神学はありませんでしたが必修科目ということでしょう」



 平常運転の聖女に聞くまで俺も知らなかったけど、冒険者って学校あるんだな。



「わたしは冒険者学校行かなかったけどねぇ」


「常識を教えるところだもんな」



 メルセデスはそうだろうと思ってた。

 階段へ向かいながら案内役のカガチが生徒たちに言う。



「この階段を通り過ぎると工事中だから、近付かないようにするんだぞ。そのうち調理実習室とかできるからな」


「はい先生!」



 ロマンみたいな髪型の少女が元気よく返事していたが、なんかいいことあったんだろうか。

 その先の廊下は資材が積まれているせいか薄暗い。いずれ専門科の教室ができる区画なんだろう。


 などとぼんやりしていたら置いて行かれそうになって、慌てる。その時。



『――エミール』



 聞き覚えがあるような無いような声に名前を呼ばれた。振り向くと工事中の調理実習室のドアが半開きで、そこに黒猫が入っていくのが見える。



「おいおい、厨房に猫は御法度だぜ」



 皆に追いつくのは猫を外に出してからでも遅くない。俺は工事中の教室に入った。

 窓は板でふさがれているので暗いが、猫くらいすぐに、と思ったらドアが勝手に閉まった。


 なんとなく、いつか聞いたキノミヤの言葉を思い出す。


『古木の洞に入ったら入口を閉じちゃいけないの。消えちゃうの』




   ***




 気が付いたら森にいた。



「またか……」



 以前カレーの妖精キノミヤに拉致された時を思い出すが、あいつの仕業ではなさそうだ。スパイスの匂いがしない。

 それに草木の気配もなんかこう……違う、作り物っぽい。



「獣道……いや、魔物道か? あっ、あいつ」



 全方位完全に見通せないのは前と同じだが、今回は道らしきものを見つけた。するとその先であの黒猫がこっちを見ている。



「ついてこいってか?」



 そうでなくとも他に行く当てもないのだ。

 春っぽい陽気の中、黒猫を追って道を進むと、甘い匂いがしてきた。家だ、といっても。



「ドアは板チョコ、壁は無数のカヌレとマカロン、窓はくず餅、屋根はえび煎餅……俺はえび煎餅がいいな」



 小屋と呼んでもいいくらいの小さな家。それは童話に出てくるようなお菓子の家(ヘクセンハウス)だった。実際に作る奴がいたことにまずビックリだ。


 近付いてみると庭の植木も幹は焼き菓子、枝はチョコレート、葉っぱはリーフパイ、実はグミのようだ。

 とはいえ家にしてもお菓子の強度では無理な造形物なので、似せた材料で作っているのだろう。匂いも再現しているところに気合いを感じる。

 中には魔女でもいるんだろうか。



「誰かいるかー?」



 黒猫はとっくに見失ったが、声を掛けると「どうぞー」と幼い声が返ってきた。子どもがいるなら親もいるだろう。ここがどこなのかくらいはわかりそうでホッとする。



「!?」



 カヌレに似せたドアノブを握ると、むにっという感触。部分的に本物使ってるんだろうか。毎日交換してるのか?

 壊さないようにそっとドアノブを回すと、十歳くらいの子どもがチュロスで編んだ椅子に腰掛けていた。テーブルはプレッツェルだ。



「エミールってもんだけど、親は仕事中か? 道に迷っちまってよ」


「エミールって何?」


「名前だよ、俺の名前。お前は?」


「……?」



 金髪に深い緑色の瞳、そして長い耳。エルフだ。声を聞いても性別はわからん。

 見知らぬ男を家に入れて怖がる様子もない。俺の姿からできるだけ情報を読み取ろうする目。


 退屈してるところに面白そうなもの(俺)見つけたって顔か。こんな森の中だもんな。



「その子には名前がないですぅ」


「アンシーリーが連れてきたですぅ」


「ボクたちも匿名でござるぅ」



 テーブルの上にひょっこりと、小さな頭身の低い人形が現れた。いや、動いてしゃべるから生き物か。身長は俺の手首から肘くらいだ。耳はエルフのように長い。

 退屈しているという見込みは外れたかもしれないな。



「お、おう。好きな質問から教えてくれ。アンシーリーってなんだ? お前ら誰だ? ござるって?」


「ボクらは妖精ですぅ」


「アンシーリーはやんちゃな妖精ですぅ」


「せめて語尾だけでも個性が欲しいでござるぅ」



 これがグーラたちが言ってた妖精か。ほんとにいたんだな。

 皆同じような顔にモコモコした服を着て、ぼんやりした表情だ。個性が欲しいは納得の意見。



「オーケー。じゃアンシーリーってお前らとは違うのか?」


「精霊からできたボクらは人畜無害ですぅ」


「アンシーリーは悪戯好きで、たまに人間の赤ん坊連れてくるですぅ」


「エルフはバージョンが違うからコンパイル中に不具合起きるでござるぅ」


「わからん話は置いといて……この子はどこから連れてきたんだ? 他に人はいないのか? この子の親は?」


「この子も来た時は赤ん坊だったので何も知らないですぅ」


「今はその子しかいないですぅ」


「どこから来てどこへ行くのかは人生の終着駅までわからないでござるぅ」


「ここはどこなんだ?」


「ここは女王様のネスト、一番古い妖精の住処ですぅ」



 なるほど、そうすると俺も妖精にさらわれたかぁ。状況的にあの黒猫が犯人か?


 三匹? の妖精たちに悪意はなさそうだし、見張りもいない。

 人間の街を知ってる俺ならその子を連れて脱出できないだろうか。親を探すのはその後だ。

 しかし。



「その前に腹が減ったなぁ……」



 片付け前に店の皆で残り物を食べようと思っていたから、まんまと食べ損ねた。

 肩掛けのアイテムバッグに食料はあるけど温存したいところだなぁ。



「お前ら食べ物どうしてるんだ? 食材あるなら作るぜ、俺料理人だから」


「ボクはお菓子食べてる」


「ボクらは木の実とか花の蜜とか」


「キノコと朝露があれば十分ですぅ」


「霞うまいでござるぅ」



 エルフの子どもは座っている椅子の肘掛けから、チュロスを一本引き抜いて齧り始めた。

 あ、それ食えるんだ……霞よりは健康的だな。


 欠けた椅子のチュロスはみるみる再生していく。齧られた方はそのまま無くなっていくのに、不思議なもんだ。


 ひょっとして家全体食えるんだろうか、強度が足りなくても常に修復し続けるとか? いやもう、こういう不思議には慣れたけど。

 俺も壁のマカロンを一つ剥がして食べてみた。傷んでないし味は普通だが香りが弱い、というか全体的に味わいが薄いな……。



「まぁ食い物に困らないのはよかったな。これどうやって作ってるんだ? 妖精が作ってるのか?」


「妖精はお料理できないですぅ」


「お菓子は地脈から勝手に生えてくるですぅ」


「IoTで生産性を高めるオートメーションしたでござるぅ」


「なるほどわからん」


「……エミール?」



 こういう時は解説役のメルセデスとかロマンとかカガチとか……俺の周りって物知りばっかりだな。

 俺が難しい顔をしていると、エルフの子が外から枝を折ってきて俺に寄越す。食えってことか。



「枝のチョコと実のグミが混ざってうまい、ありがとな。俺グミが入ったチョコ好きなんだよ。でも外のものって腹壊さねぇか?」


「ここ他に生き物いないから腐らないですぅ」


「そうなの? そういや鳥の声も聞こえないし、この枝にも虫いねぇな」


「菌もウイルスもいないですぅ」


「パン作れねぇな。ウイルスって何?」


「草木もお菓子も妖精と人間の記憶をマテリアライズしたクリエイティビティ溢れるシナジーの産物でござるぅ」


「意味わからんけど記憶喪失とかにならねぇのか?」


「自然に忘れる分をリソースにするサスティナブルなソリューションでござるぅ」


「足りない分はボクらが想像で補うですぅ」



 なんか大丈夫そうだな。でも同じもんばっかりだと人間は心がすり減る。エルフっ子のためにもなんか作ろう。



「アイテムバッグ持っててよかったわ、マジで。手持ちで何作れるかな……?」


「エミールお料理作るですぅ? 山菜と野菜らしきものあげるですぅ」


「毒とかねぇよな? 特にその動いてるやつ」


「害敵もいないのに? マンドラゴラは動いてるイメージですぅ」



 なるほど。だが固い木の葉や草はよけとこう。

 分岐した根が手足に見える根菜はマンドラゴラっていうのか……まず締めないと、と思ったら。



「動かなくなった。お料理に使える?」


「お、おう。ありがとな」



 マンドラゴラの顔に見える凹凸の下、首元にフォークが突き立てられた。刺したのはエルフっ子だ。

 お手伝い的な行動か。



「お料理作れる人間初めて来たですぅ。秘蔵の米を出すでオロロロロロロッ」


「「!?」」



 妖精その2が吐き出したのは米だ。ビックリしたのは俺とエルフっ子だった。秘蔵とは。

 米は見た目きれいで、唾液や胃液にまみれてはいなかった。仕組みが生き物じゃないんだろう。

 俺はロアとかで慣れてるけど、子どもにはキツいか。



「神代の例に習っておしりからも出せるですぅ?」


「それやったらさすがに掻っ捌くわ!」


「このお肉はおいしいという結果にコミットして市場価値を高めるでござるぅ」


「案の定動いてんぞ、ナメクジみたいに」


「動物は動くものでござるぅ?」



 ロースの塊のようなものがテーブル上を這っていたが、ど真ん中にフォークを突き立てられ、クタッとなる。

 刺したのはエルフっ子だ。この子は締める才能でもあるんだろうか?



「エミール、これでお料理できる?」


「お、おう。ちょっと待ってろ」



 串カツをやったお陰で食材は多めだが、片付け前だったから調理器具が足りないうえに、ここは狭い。水瓶はあるが流し台もない。


 妖精たちに相談すると調理器具も出せる(作れる?)というので庭にセッティングしてもらうことにした。

 その間に俺は室内で下拵えだ。


 まず妖精のゲロ米を無心で研いで水は桶に捨てる。土鍋で水加減をして吸水させておく。

 エルフっ子が興味深げに見ているから教えながらだ。



「包丁を使う時はとにかく手を切らないことが……やけにいい手つきじゃねぇか。火の通りが均一になるように大きさや厚みをそろえるのが『切る』ってことだ」



 足りない食材はアイテムボックスから補った。二人で切った食材と土鍋を庭へ運ぶ。


 テーブルの上に頼んだものがセットされていた。魔導コンロ二つと深鍋だ。串カツで余った油を注ぎ火を点ける。

 もう一つには土鍋を乗せ中火にかけた。

 点火の時の音や手応え、火の出方が違う。これ魔導コンロじゃないんだろうか?



「変わったコンロだな、なんだかおもちゃみたいだ」


「神代の調理器具カセットガスコンロですぅ」



 よくわからんが土鍋の火はエルフっ子に見ててもらうことにして、妖精に出してもらった氷水を卵に加えて混ぜる。



「薄力粉を入れたら箸で沈めるようにつつくくらいでいい。ダマが残る方がサクッと揚がるぜ」



 油がいい温度になってきた。ネタに衣を付けて鍋に落としていく。

 土鍋の方も沸騰したみたいだ。



「エミール、こぼれそう」


「そのまま少し待ってろ……よし、今から五分かけてゆっくり弱火にしてくれ」


「五分?」


「時計無いのか?」


「ボクが一分ごとにお知らせするですぅ」



 妖精その3が持ち出した大きな砂時計は絶対五分じゃ落ちきらないぞ。

 そうこうしている間にご飯は蒸らし時間に入り、俺はどんどん揚げて油を切っていく。



「かき揚げは千切りにした材料をボウルに入れて、そこに小麦粉を少しまぶすと衣が満遍なく付いてばらけにくい。そこに衣を加えて混ぜたらオタマですくって揚げるんだ」



 炊きあがったご飯をどんぶりに盛り、マンドラゴラとたまねぎ、れんこん、チーズのかき揚げを乗せる。食べられそうな野草の天ぷらはシソの代わりだ。

 さらに妖精産謎肉、ホタテ、オクラ、しいたけ、かぼちゃの天ぷらを乗せ、作り置きのタレをかける。


 タレは出汁、しょうゆ、みりん、砂糖をとろみが出るまで煮詰めるだけだから、エルフっ子に教えればよかったな。



「『天丼』だ。たまにはお菓子以外のものも食ってみろよ」



 エルフっ子は見た感じ健康そうだ。ここのお菓子は普通じゃないから栄養の問題をとやかく言う気もない。

 だが食事の味を知らないのはお菓子のうまさを知らないのと同じことだろう。



「どうだ、うまいか?」


「わかんない……初めて食べる味。ご飯味しない」


「けどタレの味と相性いいだろ? 主食ってのはおかずの味を引き立てるもんだ。お前が炊いたメシなんだから、たくさん食えよ」


「懐かしいの、どうして? 初めて食べたのに……味しないのに……これが『おいしい』?」


「そうか、人間ってのはすげぇな。そりゃお前に帰る場所があるってことだ」


「帰る場所……わかんない」



 しょんぼりするエルフっ子を見て余計なことを言ったかとも思う。

 だがエルフは出産のために里帰りする風習があるとか、国が記憶を収集していると聞いた。他のどの種族よりも家族を探しやすいはずだ。



「――その娘が帰る日はもう少し先となる」



 女の声がしたのでそちらを見ると、さっきの黒猫がいた。お前、しゃべれたのか。



「どこを見ている。そっちではない、上だ」


「ん?」


「エミール、あの人、妖精女王様」


「「「女王様!」」」



 エルフっ子に裾を引っ張られ、指差す辺りに目をこらす。妖精たちより一回り小さいのが宙に浮いていた。


 珍しいピンクブロンドの髪に金色の瞳と長い耳。色ガラスのような四枚の羽。ドレスを着て宙を舞う姿はまさしく物語に出てくる妖精の女王だ。ところで。



「エルフっ子は女の子だったのか!?」


「まず余の出現にひれ伏せ、いやせめて驚かぬか、余こそ妖精女王であるぞ!?」


「そういうのはもう慣れたっていうか……天丼食う?」


「ふむ、頂こう。礼と言ってはなんだが、そなたに世界の秘密を授けようぞ。今日はそのために呼んだのだ」



 このおかしな森に俺を連れてきたのは妖精女王だったのか。黒猫が使いなのはいいとして、呼んどいて今まで放置かよ。

 まぁなんか話が通じそうな相手でよかった。そういうことなら。



「世界の秘密とかいいから、俺とこいつ家に帰してくんね?」



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