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『串カツ』

 葡萄の月最初の月曜日、午前。

 秋晴れの空の下、代官とギルド長の娘テュカ・デュカは南東の裏町で馬車を降りた。


 グレーのブレザーに茶色のプリーツスカートと地味な服装だが、これは制服だ。

 今日は新設されたアントレ初の学校、『アントレ迷宮学校』の創立記念・入学パーティーである。

 髪型は迷った末、いつも通りのツインテールにした。



「どうせなら歩いて通学したかったわ。ほとんど迷宮街の道なのよ? 途中からマテオたちだっているし」


「そうはまいりません。10分の道のりといえど、お嬢様は貴族の一員として――」


「お父様のお言いつけはわかってるわよ、ヴィクトー。でも近いんだから授業中は屋敷に戻っていればいいわ」


「お気遣いに感謝いたします、お嬢様」



 と言いつつ、テュカが学校に慣れるまでは馬車を隠して待機していよう、と考えるヴィクトーだった。

 テュカを一人で通学させれば裏町を通って孤児院経由で行こうとすることも、お見通しだ。


 青い屋根に白壁の新築校舎、その前庭には芝生が整えられ、屋根付きの三方幕(テント)が並んでいる。ここが今日のパーティー会場だ。

 すでに学校関係者と生徒の多くが集まっていた。



「私は脇に控えておりますので、お嬢様はあちらへ。どうかお楽しみ頂けますよう」


「この日をずっと待っていたもの。じゃあ後でね」




   ***




「――本日ここに集まった45名。君たちは明日から読み書き・計算や法律などの、主に基礎課程を学ぶ。当面の授業は各自の進度ごとなるから、すぐに卒業できる者もいるだろう。そうでない者も三年間はいられるので、大いに学んでほしい」



 うずうずうず。


 前庭に整列した生徒たちの前で、テュカの父・代官アドンの祝辞が続いていた。この学校の創設者は代官名義で、初代校長ということになる。


 ――お父様のお話、いつになく長いわ。早くマテオたちとおしゃべりしたいのに!


 テュカの右隣の列にはマテオやカーラたち、孤児院の知った顔が並んでいた。新品の制服が似合ってなくておかしい。

 あの日、家出したテュカにできた初めての友達だ。


 テュカたちがさらわれた『太郎さん詐欺』には複雑な背景があったあったらしい。

 そんな話を聞いても、あの一日足らずの冒険はテュカにとって色褪せない思い出だ。


 あの時はいつでも家出する宣言をしたテュカだが、今日まで屋敷を抜け出すことは無かった。両親から学校の話を聞き、また会えると知ったからだ。


 だから早いとこ話を切り上げてパーティーしたいテュカだった。



「――では本校の教師陣を紹介しよう。まず孤児院の院長、カミラ先生だ。先生には教頭を務めてもらう」



 うとうとしかけていたテュカの意識が帰ってきた。院長に会うのはあの日以来だ。

 代官の隣に立つ院長は相変わらず痩せぎすで、厳しい表情も変わらない。


 ――あの人、カミラって名前だったのね!


 周囲の反応も似たり寄ったりだった。今後は教頭先生という呼び名が定着しそうだ。



「私は一度断ったんだよ、孤児院があるからね。するとこの代官ときたら『孤児がいなくなったら仕事がなくなるぞ』と脅かすんだ」


「言い方……!」



 テュカは苦笑いで取り繕う父にニヤニヤした。

 あの父に憎まれ口を叩く人がいるのは面白い。やっつけちゃえ、と思う。



「確かにそうさ。この街の孤児は減ってきた。うちの院の子どもは今年四人出て行くのに新入りはなし、結構なことだね。ここはいい街になってきた。

 いい街なら勉強すればチャンスがある。私は孤児も貴族も差別しない。ここにいる間は全員孤児で、全員私の子どもさ。しっかり勉強してとっとと出て行きな!」



 脇へ下がる院長に大きな拍手が起きた。

 短くて心を打つ挨拶、テュカは父より院長の方が演説がうまいのでは、と思う。


 続いてテュカの母・ギルド長であるクラハと数名のギルド職員が紹介された。ギルドは庶民に人気の就職先なので生徒の反応もいい。


 次はビャクヤと名乗る銀髪に白い異国の服を着たお姉さん。テュカの記憶では両親と同じ居酒屋の常連客で、キノミヤと同じく人ではないらしい。


 ビャクヤ他、手の空いた迷宮の幹部は『迷宮学』を担当する。迷宮内部で安全上注意することや街の迷宮化についての知識だそうだ。

 これには冒険者に憧れる男の子たちが目を輝かせていた。


 うずうずうず。


 最後に神殿の司祭と神官ミリス、そして聖女が前に立つ。司祭とミリスは当たり障りない挨拶を済ませ、立ちっぱなしの生徒たちに疲れが見える頃。

 聖女は人形のように無表情なので、話は短そうに見えた。



「始めに教頭が言ったように一切の差別は許されません。敬虔な信徒の子たる汝ら。まだ信徒ではない汝らは毛虫以下であり、みな平等に無価値です。

 学びなさい。笑ったり泣いたりできなくなるまで学び信仰に目覚めた時、初めて汝らは人っぽいゼリー状の何かになるのです」



 「人になってないじゃん!」という心の声が響いた、気がした。テュカもそう思ったので多分響いたのだ。ゼリー状生物に変身する宗教は邪教の類いじゃないかと思う。


 毛虫以下とかとんでもないことを言われた気もするが、お陰でテュカの退屈は紛れた。一部、身を捩って喜んでいる生徒もいるが、あれが信仰なのだろうか。


 大人たちにも許容内の暴言だったらしく、苦笑いするだけだ。

 テュカが聞いたところでは、「ピンポン球を○○にぶら下げた」だの「○○○製造器」だのと貴族にも攻めた発言をするらしい。今日はきれいな聖女だったのだ。


 うずうずうず。


 この後はいよいよパーティー、校舎見学と続く。

 テント内の長テーブルに続々と料理を運ぶのは『居酒屋 迷い猫』の三人だ。

 テュカの両親が行きつける店であり、おいしいことはテュカも知っている。早く食べたい。だが。



「それでは学校設立にご助力くださった迷宮の――」



 父が迷宮主の女の子を紹介するのを見て、テュカはむきーっとなった。

 グーラは先月土地神になったのだから誰でも知っているのだ。そんなことより一刻も早くパーティーしたい。


 その時、右前方のマテオが振り返りテュカと目が合った。口パクで何か伝えようとしている。

 どうせ「お前の父ちゃん話長ぇ」とか言っていると思ったが、違う。マテオは前に立つソラルを指さしているのだ。そこでテュカはピンときた。


 ――そういうことね!


 テュカはこっそり持ってきた手のひらサイズの魔法杖を握る。

 テュカが使えるのは『流れがよくなる魔法』だ。この魔法を人に使うと血圧の急変動により気を失うのは実証済みだった。


 ――ごめんなさい、軽ーくかけるから。えいっ!


 ぐらりと倒れるソラルをマテオが受け止め、言った。



「せんせー、ソラル君が倒れましたー」




   ***




 ミリスがギルド職員の手を借りて倒れたソラルを保健室へ運んでいく。突然のことに騒然とする会場。テュカは長話を続けた父になんとなーく非難の目が向くのを見て、勝利を確信した。



「君たちの入学を祝う料理を用意した。まず乾杯……の挨拶などしないので、各々始めてくれたまえ」



 ここにも挨拶を挟もうとした父を、周囲の視線がやっつけた。パーティーの始まりだ。

 生徒たちから歓声があがり、テュカはとりあえずマテオと無言でハイタッチ。



「ソラルに後で謝らないと」


「いーんだよ、校舎に一番乗りできたんだから。むしろ喜ぶだろ」



 テュカは「なるほど、そういう考えもあるのね」と感心しつつ、カーラ、セリア、イネスとも再会を喜んだ。



「魔法のキレもよくなったのよ。見違えたでしょう?」


「魔法はともかく先月BBQで会ったばっかじゃねぇか」


「男はこれだからダメなのよ、ほんとにわからないの?」


「じゃカーラはわかんのかよ、テュカのどこが変わったか」


「イネスわかるよ。テュカお姉ちゃんはね、8さいになったんだよ」



 大正解。テュカは一週間ほど前に誕生日を迎えたばかりだった。



「そーいやお前、3つも年下だったな……」


「その歳で魔法が発現するのもすごいけど、前より使いこなしてるわね」



 と評するセリアは雨の月に9歳になった。

 相変わらずの皆にテュカはうれしくなる。



「テュカお姉ちゃん、はいこれ!」


「あら、ありがとう。イネスもしっかりしてきたわね」



 イネスに冷たいお茶を渡されるや、料理のあるテントに向かって手を引かれる。テュカの印象では幼さの目立つ幼女だったが。


 軽食のテントでは、あのぼんやりした店長、メルセデスという胸の大きな人が忙しそうに飲み物を作っていた。

 料理はポテトサラダ・腸詰め・厚焼き卵・おでん・格子状に切った『ハムとチーズのガレット』だ。


 ――ふむ。物足りないわね。


 立ってつまみやすい軽食だが、ここまで引っ張られたテュカのお腹はカラカラに空腹だった。魔法を使ったからなおさらだ。

 それにあの店のメニューなら、これは軽食と言うより付け合わせ、もしくは『お通し』だろう。



「あの料理人が作りそうな、揚げ物や刺身がないわ」


「栄養バランス的にみてまだ何かあるはずよ。他のテントに行きましょう」



 セリアが脇から手を伸ばし、ガレットをつまみながら言う。その時、隣のテントからじゅわーっと吸引力のある音が聞こえてきた。



「揚げ物だわ! 今ここで揚げてるのね!?」



 他の生徒もガッツリした料理を求めていたようで、すでに人だかりができている。

 列に並んでみると、あの目つきの悪い、赤毛の料理人が注文を受けてその場で揚げている。



「お、ようやく来たか」


「テュカ、さっきはやりやがったな!?」



 マテオと、早くも元気になったソラルだ。

 二人とも両手に数本の串を持っている。肉や野菜が刺さった串はフライに見えるが、パン粉の目が細かい。どれもべっとりとソースが付いていておいしそう。これは。



「串カツよ! メニューもなんかすごいわ、ほら」


「おいしいよ?」



 同じく串を手にしたカーラとイネスに促され、提げられた短冊メニューを見る。

 豚ヒレ・牛モモ・せせり・腸詰め・シマチョウ……。



「シマチョウって?」


「牛の大腸だぜ。身の厚みがあってトロッとした脂がうまい。てっちゃんとも呼ぶな……って、ちびテルマじゃねぇか」



 テュカをちびテルマと呼ぶのは料理人、エミールだ。テルマとテュカは髪型が似てるだけなのに、模造品扱いされているようで腹立たしい。


 そうしている間にもエミールは串に刺した食材をバッター液にくぐらせ、パン粉をまぶして静かに油へ沈める。

 先に揚げていた串を引き上げて油を切る。

 油が切れた串を紙に包んで客に渡す。



「エビ・イカ・ししとう・ウズラの卵お待ちっ! ソースはそれな。二度漬け禁止、足りない時は瓶に入ったの使ってくれよ」



 歌うようにソースの使い方を説明すると、また次の注文を捌く。見ているだけでも面白いがテュカも食べたい。だが。



「どうしてこんなにメニューが多いの……?」



 ヤケクソのように貼られたメニューの続きは……戻りガツオ・ホタテ・おくら・しいたけ・かぼちゃ・たまねぎ・れんこん・カニカマ・アスパラ・山芋・トマト・チーズ・餅。目が滑るようだ。


 すぐに決められる量ではない。それにこれらは同じ調理法・同じ味付けで食べても大丈夫なのだろうか?



「これでも酒のつまみにしかならないネタとデザート串は外したんだぜ? で、何にする?」


「じゃあシマチョウとホタテと……」



 なんとか注文して手に入れた串カツはどれも満足の味だった。テュカは特にアスパラがお気に入りだ。串に刺さず一本丸ごと揚げ、根元に紙を巻いて出てきた。特別なことをしている気分になる。


 すべてソース味なのだが、さらっとしたソースは風味が控えめなのか、素材ごとの違いを強く感じる。歯ごたえの違いも楽しく、同じ味に感じるネタは一つも無かった。



「お久しぶりですわね、テュカ様。同じ学校に通えるなんて光栄ですわ」



 レモネードをもらってテーブルで一息つくテュカに話し掛ける娘がいた。


 ――誰だっけ……?


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