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オイルサーディン缶のキノコ焼き

「――そもそもこの家が長らく空き家だったのには訳がありますのよ……」



 盛り上がってきたところで、ほろ酔い加減のロマンは遠い目をしながら語り出す。やっぱり事故物件か? と思ったら聖女があっさりネタをばらした。



「ここ幽霊屋敷なんだってー」


「まだ幽霊出るのかよ、この街……」


「夜な夜な灯りと人影が目撃されるのですわ。それに老人が聖句を唱える声も。

 不審者の通報を受けた衛兵が現場へ踏み込んでみると……だ、誰もいないのに聖句だけが聞こえてきたのですわ――ひぃっ」



 窓が震えるほどの雷の轟音だったけど、雰囲気出しといて一人で怖がるなよ……。



「噂では少年神官が実らぬ恋の末、一方は命を絶ち、残された方は神に祈り続けた……その悲恋の舞台がこの家だったと言われてますの」


「おい今、男同士みたいなニュアンスに聞こえたんだけど気のせいか?」


「カタリナちゃんはともかくロマンちゃんはよくそんな家買ったねぇ?」


「神殿も祈祷したし『対アンデッド最終兵器わたし』がいるのにロマンはチキン令嬢ー!」


「とカタリナ様に煽られて買ってしまったのですわ……」


「無慈悲だな……」


「ロマンちゃん、アントレに神殿できたの十年前だから、その頃少年ならまだ二十代じゃないかな?」


「……!」



 メルセデスが思い出したように言った。なら老人の声ってのはおかしいな。

 噂に踊らされたという事実もまた無慈悲だ。雷の轟音もむなしく響く。



「とにかく! 明日はお休みなのですから、お二人とも朝まで帰しませんわよっ」



 ロマンはソファの陰から吠えた。

 なおモラルに欠けるアホ聖女は昼に吸血を済ませたのだそうだ。




   ***




「ま、そういうことなら縁起物のアワビは丁度よかったな」


「そうなんですの?」


「おう、アワビは長生きするからな。今日出したので7,8年生きてるぜ」


「そういえば贈り物につける熨斗(のし)の語源は『のしアワビ』でしたわね」


「縁起物かぁ。エミール君、グーラちゃんの儀式にはどうしてアワビ使わなかったの?」


「そりゃもちろん……仕入れの都合に決まってんだろ」



 アワビ仕入れてなかったし、牡蠣の殻たくさんむいた後だったからな!

 グーラと言うより聖女のためのお供え物だった気もするけど。


 さて次の肴を作ろうか、と腰を上げた時、玄関口の方でガチャガチャとドアを揺さぶる音が聞こえた。主にロマンがびくりとする。



「幽霊きたー? 神罰いっとくー?」


「泥棒……にしちゃ騒々しいよな。ここも迷宮なんだし入場条件付けたらどうだ?」



 幽霊の出入りに効果ないのは実証済みだけどな。


 メルセデスを先頭に玄関ホールへ様子を見に行く。ロマンは最後尾、ドアに半身を隠したままだ。元盾役じゃなかったっけ?



「どのみち招かれざる客ですわね……あの、お姉さま。どうするんですの?」


「お客さんかも。開けてみよう!」



 ロマンが止める間もなくメルセデスはドアを開けた。吹き込む雨に目をかばいながら外を見ると、雷に照らされたずぶ濡れの爺さんが立っている。



「で、出ましたわぁぁっ!?」



 ロマンが初めて店に来た時も、嵐の中でこんな感じだったぜ?




   ***




 結論から言うと幽霊の正体はこの爺さん、孤児院を手伝いに来る治療院の爺さん改め、神殿の司祭だった。

 聖女に魔術で乾かしてもらい恐縮していらっしゃる。


 長年ここを晩酌用の隠れ家に使っていたのが売却されたことを知らず、雷雨の中来てみれば鍵が合わなくて焦ったそうだ。



「神殿の長がどうして知らねぇんだよ」


「土地の管理は担当に任せておるし、わしがここを使っているのは秘密だったからのぅ。禁酒という教義は無くとも、司祭が飲酒というのは体裁が悪いものじゃ」



 聖女に視線が集まる。

 「修道院からいいビールが届いた」と司祭が持ってきたビールを遠慮なく頂いていた。


 赤い液色の珍しいビールで、フルーティーでこくが深い。ちびちびやれるビールだ。

 腸詰めももらったので七輪で焼きつつ、もう一品作ろう。


 さっきのオイルサーディンを開けて油を捨てる。

 そこにニンニクとマッシュルームのみじん切りを乗せ、230℃のオーブンで缶ごと焼く。



「噂の正体は司祭様だとして……衛兵が踏み込んだら誰もいないのに聖句が、という話はなんだったのですわ?」


「一人飲みじゃもの、余興は聖句を唱えるくらいでのぅ。衛兵が来た時は集中しとって気付かなんだよ」


「およ? 気付かなかったのは衛兵さんの方だよね?」


「ああ、ありますね。祈りが極まると現世(うつしよ)の存在が薄くなります。天におわす神への祈りですから」


「「えー……」」



 アホから復帰した聖女も何を言ってるのかわからねぇ。【隠蔽】の魔術みたいなもんか。

 いやまぁ、少年同士の悲恋よかわかりやすくはなった。


 焼き上がった缶を皿に乗せてパセリを振りかけ、マスタードとカリカリに焼いたバゲット、焼いた腸詰めを添えたら完成。



「『オイルサーディン缶のキノコ焼き』と頂き物の腸詰めだ。司祭の爺さんも食ってくれよ」


「素朴でおいひー! これなら野営でも飽きないねっ」


「香ばしうまーいーっ!! きのこポリポリするー!」


「この修道院ビールにも合いますわ。エミールはこういう酒のつまみが上手ですわね」


「そりゃプロだからな。こいつは春巻きなんかにしても意外とうまいぜ」



 塩すら振らないのを調理と呼ぶかわからんが。

 あと聖女はまたアホになった。血圧とか大丈夫だろうか。


 司祭の爺さんはにこにこしながら、バゲットに具材とマスタードを乗せて一口。赤ビールをぐびりとやった。



「すっかり一人飲みが板に付いたと思っておったが。こういう酒盛りもあったのぅ」


「あ。ひょっとしてここにあった食料と調理器具って……」


「「「あ」」」


「わしのじゃよ。無論差し上げよう。持って帰れと言われても困るでの」



 我ながらようやく気付いたかという話だ。どうりで割と新しい型の調理器具が揃ってたわけだぜ。

 ここは爺さんの憩いの場所だったんだな。にこにこと腸詰めを囓る姿は寂しそうに見えるが、女住まいに司祭が通うなんて飲酒より体裁が悪いだろうし……。



「司祭もわたしを見習って堂々と飲みに行けばよいのです。メルセデスの店くらい知っているのでしょう?」


「そういうこった。うちなら毎晩聖女が飲みに来てるしな」


「聖女様公認とは恐れ入りますな……それでは飲みに行かぬ訳にもいきますまい」



 正気に戻っていた聖女の言葉に爺さんはにぃっと笑う。さて、この人は誰と飲み仲間になるか、楽しみだ。



「ミリスは怒るので事前に許可を取るとよいです」


「最近のミリスは手強いですな……」


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